戦士たちよ④
「若しかしたら却って、この方が良かったのかもしれないな……」
「どういう事です?」
カルナはシェイの背中に訊いた。
「目前に迫った危機が急であればあるだけ、急いでその危機に備える事になる。迷う暇さえ与えられない方が、案外、人と言うのは覚悟が決まるものじゃないかね。備えあれば何とやら……とは言うが、時間を掛けて備えていても、明日か、一ヶ月後か、一年後か、或いは一〇〇年後まで、その転ばぬ先の杖を保ち続けられるとは限らんだろう。そんな平和に慣れ切ってしまっている方が、怖いかもしれん。火事場のバカ力なんて事も言う、或いはそっちの方が、ずっと役に立つ事もある……」
「そうですね……」
カルナは難しい顔で頷いた。
「余計な荷物を持たない方が、人というのは、物事に対して冷静になれるものです。ものも、時間も……」
カルナは不意に寂しそうな口調になったが、何でもないかのように唇の端を持ち上げて、シェイの背中に言った。
「では、ここはよろしくお願いします」
「任せろ。俺が何年、ここの門番をやっていると思ってるんだ?」
カルナはそう言うシェイに後を頼んで、梯子を使って壁から降りた。
門の傍に、寝床と机と椅子だけが用意された小屋が建てられており、カルナはここで寝泊まりする事にしていた。
小屋の窓や、入口の扉の上から、明かりが漏れている。
入ってみると、イリスがいて、引き出しのあるテーブルの上に、陶器のポッドで用意したお茶を淹れている。
「お疲れさま、カルナさん! これ、気分がリラックス出来るお茶を用意したわ」
「お茶か……高いんじゃないのか?」
「そんな事、気にしなくて良いの! カルナさんは、この町を守ってくれる人なんだから」
カルナは椅子に腰掛けた。
テーブルには、白磁に蒼い装飾が入ったカップと、これとセットになっているであろうソーサーが置かれ、イリスはポッドから薄く褐色に濁った、乳白色の液体を注いだ。
湯気と共に甘い香りが広がる。
「これは……」
「えーと、東南の国から来たキャラバンが置いて行ったものよ。甘くて美味しいんだぁ!」
カルナはそのお茶を口に含んだ。
口の中いっぱいに甘味が広がる。砂糖を丸ごと飲み込んだようでもあった。
その甘い熱が、咽喉を通って腹の中に落ち込むと、身体がぽかぽかと温まって来る。これならば、ぐっすりと眠れるような気がした。
「懐かしいな……」
「え?」
「俺の故郷の茶と似ている……」
「カルナさんの故郷? それって、どんな所なの?」
「とても暑い国さ。湿度も高くて、雨が降るとすぐに洪水が起こる……」
「だったら、この辺りは快適ね。気温もそんなに高くないけど、陽の光をいっぱい浴びれるもの」
「ああ。良い場所だと思う」
カルナはその甘いお茶を飲み終えると、ほぅと一息吐いた。
「すまない、イリスちゃん」
「ど、どうしたの、カルナさん」
「俺があの時、余計な事をしてしまったから、こんな事に……」
「余計な事なんかじゃないわよ。貴方はお祖父ちゃんや私を助けてくれたわ。謝るとしたら私よ、貴方にこの町を守って欲しいなんて頼んでしまって。貴方には何か目的があって旅をしているんでしょう? それなのに……」
「君が気にしていなければ良いんだ。俺には、少なくとも時間だけは、有り余っているくらいだからな」
「そう言えば、貴方の目的って何なの? あの男に言っていた……黒い魔装? とかいう……」
イリスが質問した途端、カルナの眼付きが鋭く変わった。ぞくりと、イリスの背中が粟立った。
彼女が怯えている事に気付いたカルナは、身体の内側から漏れ出しそうになった強い気持ちを引き戻した。
「聞こえていたのか……」
「え、ええ。でも、そもそも魔装って何なの? どうしてあんな力を持っているの? 実は私、ああ言ったけど、本当は全然詳しくなくって……実物を見たのも、殆ど初めてみたいなものだったし……」
イリスは、ドンシーラ一味が魔装を持った集団であるという事は知っていたが、魔装というものが何であるか、これについての深い理解はなかった。
「魔装か。魔装って言うのは……」
カルナが、それについて語り始めた。