戦士たちよ③
すっかり日が暮れた。
ぼんやりとした町の明かりを反射する高い壁、その上に、星の砂が散らばす紺色の空があった。
刃のように鋭く、濡れたような光をこぼす三日月が浮かんでいる。
カルナは、東の門の裏側に作られた梯子から、壁の上に上がった。
壁の上部には、人一人が歩けるくらいの空間があり、内外には等間隔に窓が設けられていた。
そこで、襲撃がないかを見張る事になっている。
カルナを含めた一五人の内、八人が、月が頂点に昇るまでの時間、この門の上にやって来て、町の外を警戒する。
東のカルナから、時計回りに、サルバー、ビルマン、ガバーレ、ジャスク、タルセーム、バンナゥ、エイヴァンが、各方向に眼を光らせていた。
時間になったら、ワライダを除く男と、戦士に立候補したメンバー以外で普段から門番などを務める誰かと交代する。
武器は、弓矢と小型の投石器。
弓矢に関しては、この町を訪れる兵士たちが修理を依頼する事もあったので、製造のノウハウは完成されていた。投石器も、これを応用して、拳大の石をなるべく素早く、遠くまで、威力を保って飛ばせるものを作り出している。
海を隔てた遥か遠くの異大陸で栽培されているゴムを、二股に分かれた木の枝を手折ったものの二つの頂点に結び、このゴムの伸び縮みする力を利用して石を飛ばす簡単な武器も、幾つか作っている。
簡単に使い方を皆と共有したものの、今日の明日でドンシーラの襲撃があったとして、町を守り切る事は出来ないだろう。本格的な訓練は、明日から始まる事になる。
カルナは地上を見下ろしながら、どのような敵がどのように攻めて来るのか、それらのシミュレーションをしていた。
町の東側は、遮蔽物のない平原である。
大きな車や、大勢の人たちが、この二〇〇年の間、何度も行き来していた道は、車輪と靴とで慣らされて、雑草さえ生えないまでに固まった砂色になっていた。
馬ならば半日、徒歩でゆけば一日近く掛けて辿り着くのが、マクール高原だ。カルナであれば、もう少し時間を短縮出来るだろう。
一面の芝生が広がるマクール高原に、ドンシーラ率いる盗賊団が蔓延っているという。そしてキャラバンを発見しては、何処からか集まって人を殺し、物資を奪い取る。一方、自分たちが狙われたとなると、方々に散って姿を隠してしまう。
話では、三〇人くらいの集団だという。
それでも、クライス公国の騎士中隊を壊滅させる事が出来ている。それだけの力を持つ魔装を、彼らが保持しているのがその理由であるらしい。
たった三〇人の敵に、非戦闘員を合わせても三〇〇〇近くの人間が総力を決さなければ、征服される危険性がある。
カルナは不思議な気分であった。
旅の途中、訪れた町で、まさかこのような事態に直面するとは、考えていなかった。
だが、或いは――このような状況にあってこそ、自分の本来の目的に近付けるのではないだろうか、という思いもあった。
――それは、二の次だ。
この場で自分がやるべき事は、ジルダを刺激して、ドンシーラ襲撃のきっかけとなるかもしれない事件を起こしてしまった自分の、責任を取る事だ。
自分の目的は大事だか、その為に他人を巻き込む事はしないと誓っている筈なのだ。
そう、自分自身の目的……
「カルナくん」
と、呼び掛ける者があった。
昼間、アムンにやって来た時、北側の門番をやっていたシェイだった。
「交代の時間だ。朝までゆっくりと休みなさい」
「ありがとう御座います」
「しかし驚いたなァ。まさかこんな事になるとは……」
「とんだ疫病神を招き入れてしまったようですね」
「そんな事はないさ。ダイパンさんも言っていたじゃないか、遅かれ早かれ、ドンシーラたちはアムンを襲撃に来たかもしれない。これを事前に察知出来ていたとしたら、少しは覚悟が出来る」
「覚悟……」
「変化を受け入れる覚悟を、だよ」
窓の外に顔を出して、夜の空気を吸いながら、シェイは言った。