不戦の契り④
町の者たちから、全ての不満が消えたという訳ではない。だが、ダイパンでさえそのように言うのだ、彼らも薄々は、戦いの接近を肌で感じ取っていた。
「でも、一体どうすると言うんです?」
「奴らはいつ襲って来るんですか!」
「それまでに俺たちに、何が出来ると言うんですか!」
アムンでは今まで、戦いが発生した事はない。
子供同士の掴み合いはあるだろうし、立ち寄った騎士たちが訓練をしているのを見掛けた事もある。
しかし彼らが、自発的に戦いを想定した訓練をした事は、一度もないのである。
そんな自分たちが、最悪の場合、翌日かもしれない盗賊団の襲撃に備えようとしても、付け焼刃すら用意出来るとは思えなかった。
ダイパンは彼らを一旦黙らせると、イリスに目配せをした。
イリスは頷いて、壇の下を振り向いた。
そこに控えていたカルナが、壇上にやって来る。
「この若者は、心優しく、勇敢な、異国の戦士である。彼はこの細い身体で、屈強な蛮人を追い返す事に成功している」
ダイパンはカルナを、細い身体と形容した。全身に均整の取れた筋肉を纏ってはいるが、工事などの力仕事を担当する男たちと比べると、背も低く、肉の分厚さが足りないような印象である。
「あんな身体で……?」
「俺、見たぜ」
「私も見たわ、彼があの男を倒す所を」
「刃物の前に素手で立つなんて、凄い奴だったぜ」
カルナとジルダの戦いを見た事がある者が、見た事のない者にその様子を語っていたりする。
カルナへの評価が上がってゆく一方、
「外国人だってよ……」
「正直、信じられないよな」
「若しかしてドンシーラの仲間なんじゃないか」
「彼が盗賊の一味じゃないっていう保証はないわ」
そうした意見も出た。こちらの方が多数であっただろう。
生まれも育ちも、使う言葉も、肌の色も、纏う衣服も、食生活や信仰心すら違うであろう人間を、すぐに信頼出来る者はそうそういない。イリスのように自分の霊感を信じる人間の方が、少数である。
「彼の名はカルナ。彼は優れた武術の達人である。これからは我々も、我が身を守る為に力を身に着けなければならない。町の警備体制を万全にすると共に、彼の指南を受けて戦いを行なう者を選出し、ドンシーラたちに対する抑止力となって貰いたい。誰か、この町を守るべく身を挺してくれる者はあるか!?」
ダイパンは言葉を止め、集まった人たちを見回した。
彼らの多くは眼を逸らしたり、カルナとダイパンに不審の眼を向けたりしていた。
ダイパンがカルナに騙されているのではないかという思いを抱いた者もある。
――危険だな……。
カルナは、町の人々が本能的に察しているであろう危険について、考えた。
突然、異国の人間に自分たちの町の守りを頼むなどと言い始めたダイパンの、今まで築いて来たであろう信頼が揺らいでいる。
ここでカルナが、何らかの技を披露する事は容易い。しかしその事によって、自分が誇示した力に妙な幻想を抱く人間が、いないとは限らない。
幻想を抱いた人間は、怖い。
その行き着く果てが、幻想への殉教だからだ。
命を守る為に戦うという表題に対し、命を懸けさせる事はしてはならないのだった。
「――お、俺はやるぞ」
一人の男が歩み出た。
男と言うよりも、若い――いや、幼いと言った印象が先に立つ、少年だった。
食堂で餓えていた子供たちよりは歳が上で、もう働くには充分な歳であり、実際にこの町で何らかの労働を行なってはいるのだろう。だが、それでもイリスと同じか、それよりも一つか二つは下というくらいだ。
「俺、あいつらにこの町が壊されるなんて、我慢出来ないよ! ここには俺の大切なものがあるんだ」
「俺もやるぞ!」
別の男が手を挙げた。
優しそうに垂れた眼を、精一杯に吊り上げている。体格は立派だが、喧嘩などはした事がないだろう。
「僕も……」
「俺も!」
「私だって」
「この町を、悪い奴らの好きにはさせないぞ」
「祖父さんや祖母さんだっているんだ!」
合わせて一四人の男女が、人波を掻き分けて壇の前にやって来た