不戦の契り②
その魔装使いのならず者の集団は、マクール高原に陣取り、調査小隊の報復にやって来たクライス公国の騎士中隊までも返り討ちにしてしまったという。又、西側からやって来た別の国の騎士団が、その話をアムンの町で聞き付け、クライス公国に恩を売ろうと盗賊団の討伐を買って出たのだが、これも失敗に終わった。
彼らは遊牧民の特性を持っているようで、大挙すれば忽ちその区域から姿を消してしまう。
それ以上の戦力の疲弊を嫌がって、何処の国も、この盗賊団と争う事を避けるようになってしまった。
幸いにも、アムンの町を迂回すれば別の町や村がある為、休養や補給などはそちらですれば良いという事になった。
中立地帯故に、アムンは何処の国からも守られる事がなくなってしまったのである。
それでも時折、カルナのように独りか、極少人数での旅人がアムンを訪れ、時間を使う事を拒みマクール高原を抜けて別の国へ渡ろうとする。こうした者たちは格好の餌食となった。
結果、アムンの町に立ち寄ろうという国は少なくなり、彼らの物資を当てにして生活していたアムンは衰退の一途を辿っているのであった。
「その盗賊団から、町を守って欲しいと、そういう事かい」
イリスの提案がそうしたものであったとすれば、ダイパンが止めるのは尤もである。
確かにカルナは、魔装を用いたジルダを打ち倒している。他の誰かを人質に取られなければ、もっとスムーズに彼を御する事が出来ただろう。
しかし、件の盗賊団というのはクライス公国の騎士中隊を壊滅させる程の戦力を誇るという。如何に戦後で、力の回復しない状態であったとは言え、最低でも六〇名はいたであろう騎士たちを、その半分の人数で返り討ちにしているのだ。
「それもあるけど、戦い方を教えて欲しいの」
「戦い方を?」
「ええ。あいつらにこれ以上、好き勝手な事をさせないように、私たちに戦う方法を教えて欲しいの。私たち自身の手で、私たちの町を、平和の町を守る事が出来るように!」
イリスはカルナの顔を、真っ直ぐに見つめて言った。
カルナは、彼女の背後に控えるダイパンの顔を見上げた。ダイパンは、
――しようのない子で申し訳ない。
そういう顔をしている。
カルナは続いて、食堂をいっぱいにした人たちの顔を、出来る限り全て眺めようとした。
イリスの発言を受けて、困っていたり、恐れていたり、呆れていたりする人もいれば、彼女の言葉に感銘して真剣な表情を作っている者もいる。
カルナは腕を組んで、頭の中で何事かに思いを巡らせているようだった。
そのカルナに、イリスが言った。
「あの男、きっとドンシーラの手の者よ」
「ドンシーラ? それが、盗賊団の名前か?」
「盗賊団の頭領が、そういう名前らしいわ」
「今までにも、こういう事はあったのか?」
「若しかしたら、奴らの一味なんじゃないかって疑わしい人たちは、何人かいたわ。多分、旅人を装って、この町の様子を探っていたんじゃないかしら。この町を旅行者や商人たちが避けるようになって、彼らも仕事が出来なくなっているだろうし、ここが猟場として良くないと分かれば、この町を襲って、別の場所へ移動してしまうかもしれない……」
「だとすれば――」
イリスの推測が当たっていたとすれば、今回の一件が引き金となって、町の人たちが恐れる事態に発展するかもしれない。ドンシーラ率いる盗賊集団が、アムンの町に押し寄せ、騎士中隊を壊滅させた蛮行に出るやもしれないのだ。
平和の町として戦力を持たないこのアムンの人々は、あっと言う間に虐殺の目に遭うだろう。
その時は遅かれ早かれやって来たとは思われるが、ジルダの一件が契機となると考えれば、それは自分の責任である。
カルナは胸の前で組んでいた腕を解き、すっと立ち上がった。
「俺にどれだけの事が出来るかは分からないけれど、力の限り協力はしよう」