不戦の契り①
アムンは、クライス公国を始めとする、世に言う“一四国”の境界線上に存在した。
かつては、その広大な平野を巡って、国同士が争いを繰り広げる事も多かった。
この戦争によって不毛な犠牲が出る事を厭った各国は提携して、現在アムンがある小高い丘の周辺を数里に渡って中立地帯とする事を決定した。
これは、丘を臨む巨大な盆地の森の存在もあったかもしれない。
一つの国に匹敵する大きさの深い森は、調査隊が立ち入る事も難しく、第一級の魔界として立ち入る事を禁止されていた。森の中には魔族が棲んでおり、その面積が大きければ大きい程、生息する魔族の種類が増え、使途などの上級のものたちが跋扈すると考えられていた。
ただでさえ牽制し合い、いつ大戦争が勃発してもおかしくはない緊張状態の中で、魔族を刺激して余計な争いを引き起こしてしまっては兵力が持たない。これは各国の共通認識であった。
その為、クライス皇帝、モグログ国王、ブヅナ大帝、ダグマン王、ザン・ダグマン領主、ネオリアス帝、ベルザー帝、バグデーモン王、ガルゼロ大帝、スルゴーグ王、オーンダム帝、スローンデス王、ガロドマ首長、カラジャナ大総統らが一堂に会した場に於いて、アムンの町付近に於ける不戦の調停を交わしたのであった。
一四国は表面上協力し、アムンという町を作り上げ、ここを旅の要衝として制定する事で、様々な国への交通や、異国の品を仕入れ、情報を交換する場所としたのである。
又、不戦の契りを交わしたこの町の性質を利用して、各国から亡命する者も少なくなかった。そういう人たちが手を取り合ってアムンの町を盛り立てて行ったという歴史もある。
それが、二〇〇年くらいは前の話だろうか。
それからも各国は戦争を続け、一つの国が滅び、そのたびに戦争に勝利した国が領土を拡大していった。それでも、各国の内紛によって新たな国家が樹立されたりして、戦争はなかなか終わる事がない。
現在、最も大きな勢力を誇っているのはクライス公国である。次いで、ネオリアス帝国とガロドマ族、スローンデス王朝を征服して合併させたカラジャナ国。モグログ国は領土を縮小して細々とやっていたが、戦力を持ち過ぎたクライス王国に立ち向かうべく他の国と連合して大戦争を起こしたものの敗北している。
しかしアムンはこれまで、外の戦争の事とは殆ど無縁に、平和の町であった。
状況が変わったのは、三年余り前の事だ。
丁度、モグログ国が大敗を喫し、半ば滅びるような形でクライス公国の植民地となった頃。
アムンの町の東にあるマクール高原に於いて、クライス公国の大隊が壊滅させられた事件があった。
アムンの町を中継して、西にある旧スルゴーグ王朝跡に、クライス公国の使者を送る為の部隊である。
戦争の被害者たちを救済するべく、大量の物資を運ぶ者たちと、これらの荷物を護衛する騎士たちで構成されている部隊だ。戦争も下火になっていた事と、クライス公国自体が疲弊していたという事もあって、物資運搬を行なう非戦闘員三〇〇名に対し、一五名の騎士から成る護衛班が同行していた。
その物資が全て奪われ、二四一名の死体が、マクール高原で発見された。
残る七四名は、女であった。女たちは、その場から連れ去られてしまったようだった。
これを発見したのは、アムンの町の人間であった。その人物はクライス公国へ渡り、その状況を報告した。
調査の為にクライス公国は、一〇人の騎士から成る小隊を送り込んだ。
その内の一人は、魔装を扱う事が出来る人物であった。
この調査小隊も、二人を残して壊滅した。一人は両腕を斬り落とされ、もう一人は片足を切断されたが、どうにか本国に帰還する事に成功した。
犯人は、約三〇人から成る盗賊集団であるという事であった。
彼らは遮蔽物のない高原にありながら、驚く程巧みな迷彩術を用い、アムンの町へ向かう人々に奇襲を掛け、食料や貴重品などを略奪する事を繰り返していたのだ。
「三〇人程度の野盗……?」
その話を聞いたカルナは、妙な顔をした。
「クライス公国程の大国が、幾ら戦争で疲弊していたからと言って、そんな連中に対して二度も撤退を余儀なくされるだろうか」
「その盗賊団って言うのが、何でも、魔装を持った、ならず者の集まりだったらしいの」
イリスが言った。