セヴンズ・トランペットを知っているか?②
ジルダは、腰部を中心に自分の肉体を苛む激痛に苦悶していた。
奥歯を噛み締めても耐える事の出来ない激痛だ。内臓の中から、無数の小人が攻撃を加えているかのような痛みであった。
全身が痺れて、とても立ち上がれない。先程の足刀による腿のツボへの蹴りなどは、この痛みと比べれば羽根でくすぐられるようなものである。
「な……何を、した……あ、あんな、の、魔装、を、使った、俺に……うぐぅっ! 効く訳が……はぁっ!」
あんなの、とは言ったが、ジルダにはカルナに攻撃をされたという感覚はなかった。間合いに入られはしたものの、カルナの身体は自分に触れていない。不意に襲って来た痛みに倒れている自分をカルナが見下ろしているから、痛みとカルナとが点と線で結ばれたのだ。
だからと言って、皮膚や筋肉を頑丈にするデルタグランドの魔装を発動しているのに、これ程の痛みを受けた理由が、ジルダには分からない。
「ヴァルナだよ」
「な……に……」
「彼女の身体を通して、君の身体に掌打の衝撃を打ち込んだんだ。人間の身体の六から七割方は水で出来ている。その水に、衝撃を伝導する触媒になって貰ったんだ。君の身体に浸透した衝撃は君の体内で内臓や背骨に反射して増幅され、そうした痛みを与えているという訳だ」
「み、水……さ、さては、てめぇ、ムーンアクアの魔装を……」
「残念ながら君の予想は外れだ。俺は魔装を持っている訳じゃない。この国の人間には分からないだろうが、俺の故郷の拳法さ。……さて、話題を変えようか。と言っても、その魔装の事だ。君を魔装使いと見込んで訊きたい事がある。セヴンズ・トランペットを知っているか?」
カルナは訊いた。
その眼が、刃のように鋭い光を放っている。
イリスに見せていた温厚そうな顔は、カルナの表情から消え失せていた。
「セヴンズ……何だって?」
「クラウンクラスの黒い魔装だ。知っているか?」
「く、クラウン……だと!? あらゆる魔装の、頂点に立つ……な、何故そんな事を……」
「知らないらしいな」
カルナはすっくと立ち上がると、再びあの呼吸を繰り返し始めた。
ジルダが顔を引き攣らせる。
「や、やめろ……やめてくれ、あ、あ、あんな事、もう一度、されたら、し、し……」
「むん」
カルナは左の掌を、ジルダの腰の辺りに落とした。さっきは、左足を起点に全身をひねって、そのひねりの力を右手まで伝導させていたが、今度は右足のひねりを左手に伝えて技を繰り出した。
「ひぃっ!」
またも、身体をぴぃんと張って眼を瞑ったジルダであったが、先程は地面に倒れ込んだのに対し、今度は地面から立ち上がっていた。
驚いて自分の身体をぺたぺたと触ってみるのだが、全身の痺れはすっかりなくなっていた。
「俺は人殺しはやらない。……さっさと消え失せろ!」
カルナが言うと、ジルダは悔し気に唇を噛み締めて、脱兎の如く駆け出した。
「憶えていやがれ、小僧!」
そうして振り返る事なく、町の外まで逃走して行ったのである。
カルナは、ジルダが落とした剣を拾い上げ、これを肩に担ぐと、
「しょうがない奴だな」
と、深く溜め息を吐いた。
その周囲に、町の人たちがじりじりと集まり始めている。
彼らはすぐに何かを言う事はなかった。カルナに対して、強い警戒心を抱いているようであった。