セヴンズ・トランペットを知っているか?①
ジルダはイリスを人質に取ったのだ。
「良いか、俺さまに何かしようとしてみろ。この娘を殺す! 望み通り、この町から出て行ってやるよ、だが、この娘が人質だ! 妙な事をしようとしたらどうなるか、分かっているだろうな!」
イリスの耳元で、ジルダは唾を飛ばして叫んだ。
カルナは侮蔑を込めた視線でジルダを射抜き、しかし彼の言うなりにはならずに前に踏み出した。
この時にカルナは、一度腹の中の空気を全て吐き出している。
くっきりと筋肉の浮かんだ腹が、餓死寸前かと思われる程に窪んでゆく。
「来るな! 来るなって言ってるのが分からねぇのか!」
カルナは大きく息を吸い込み始めた。
空気は食道をそのままするすると降りてゆくとお腹に溜まり、子でも孕んでいるように膨らんだ。
それだけの空気を、万力を絞るようにゆっくりと、力強く吐き出してゆく。
「こ、この野郎! 脅しじゃねぇぞ、本当に殺すからな!」
カルナの腹から排出された空気は、地面を強く踏み締める彼の身体に絡み付いた。歩を進める際の空気よりも強い呼吸が、大気中の埃を舞い上げて、カルナの身体の表面を覆うようであった。
カルナとジルダが、イリスを挟んで腕を伸ばせば触れ合う距離にまで、近付いていた。
ジルダの鉄色の皮膚は、すっかり血の気がなくなっている。これでは土気色だ。
一方、カルナは力強い呼吸の為か、皮膚に太陽のように輝く艶を帯びたように見えた。
「殺す!」
ジルダが右手の中で、剣の柄を反転させようとした。カーブした峰で、なだらかな乙女の咽喉元を押さえ付けていたものを、刃で引き裂こうとしたのだ。
それよりも早く、カルナの右手が繰り出された。
左の踵を跳ねさせつつ、母指球を支点に外側に足をひねる。このひねりが膝に伝わり、股関節に伝わり、腰に伝わり、肩に伝わり、肘に伝わって、掌に到達した。
カルナの右手が、ぽん、と、イリスの胴体を打った。
刹那、悲鳴を上げたのはジルダであった。
ジルダはぎっくり腰にでもなったかのように背中を張り詰めさせた後、身体を丸めて倒れ込んだ。剣が手から取りこぼされて、三角形の宝石が発していた黄色い光が消え失せる。
脱力したジルダの腕から、カルナはイリスを奪い取った。
「平気かい」
と訊けば、イリスはゆっくりと首を縦に振った。
「痛みはある?」
「――ううん、全然……」
イリスに掌を当てられたのは、胴体の真ん中である。しかし、誰かに触られたという以上の感覚はなく、痛みなどは欠片も感じていなかった。
「怖い思いをさせたね……」
「そんな事……」
「あいつが君を殺さない事は分かっていた。しかしあのまま町の外まで逃がせば、彼はその時点で君を殺して邪魔者を排除するだろう。君を解放する保証もなかったし、そのまま連れ去られていた可能性もある。そうなれば、死ぬよりも酷い事になっていただろう。だから……」
ジルダの警告を無視して、近付いたのだという。
「でも、一体、何をしたの?」
カルナは、人質を取ったジルダに指一本触れていない。触ったのはイリスの身体だけだ。
カルナはにこりと微笑むと、イリスを下がらせて、悶絶するジルダに近付いて跪いた。
「君を魔装使いと見込んで訊きたい事がある。セヴンズ・トランペットを知っているか?」
囁くように、カルナは言った。