カルナ対ジルダ⑤
「――ふんっ」
カルナはジルダに歩み寄ると、素早く右の拳を打ち込んだ。
ジルダは二、三歩後退するのだが、傷付いたのはカルナの拳の方であった。
平らになった拳の先の皮が、べろりと捲れ上がっている。
ジルダは額に汗しながらも、カルナの攻撃が自分には通じない事を確信している。
デルタグランドの魔装は、筋肉や皮膚の強度を上昇させるものだ。これに伴って膂力がアップして、石畳に斬り込み、風圧で人を殺傷する威力の斬撃を放つ事が出来るようになる。
カノン砲――人頭大の鉄球を、火薬によって遠距離まで投擲する銃火器の攻撃にも、ジルダは耐えた事があった。それと比べれば、カルナの攻撃は子供が我儘を言う時の弱々しさしか感じない。
カルナはジルダに連携攻撃を加えた。突きや蹴足を風のように繰り出して、ジルダの身体を打ち据える。
この時に、拳や足の甲などの、素人でも扱えるパンチを繰り出してはいなかった。手に奇妙な形を取らせて、親指の付け根の骨や、小高く突き出した人差し指の第二関節、手首の丸い骨、掌の側面、指の間など、鍛錬を積んでいない人間が使えば間違いなく自滅する手技を披露していたのだ。
「そんな、はぁ……小細工……ふぅー、この俺に、通じる……はっ、ものか……!」
ジルダは呼吸を整えながら、細かい技を繰り出すカルナを嘲笑った。
しかし、カルナは左手の指を揃えると、指先に若干の角度を付けた手を、ジルダの胸の下に打ち込んだ。
「げぇーっ!」
ジルダは不意に声を張り上げて、身体のくの字に折り曲げた。
カルナが手を引くと、貫手を刺し込まれた部分を押さえて後退った。
「頑丈だな……」
カルナは右手で左の指先を揉むようにしながら、眉を寄せている。本当ならばあれで内臓を直接打撃して、とても意識を保ってはいられないくらいの激痛が走る筈なのだ。
それでもまだ立っているジルダを見て、カルナは“頑丈だな”と漏らしたのである。
「糞が、この、糞ガキが!」
ジルダは唾を吐くと、横に飛び込んだ。
ジルダのすぐ横には建物があり、その壁を突き破って内部に侵入した。
恐る恐る中から様子を窺っていた子供が、傍観者から当事者になった現実を受け入れられずに、唖然としている。
「ひゃはっ!」
ジルダはその子供に向かって剣を振るった。
回避など考えられない子供に、カルナが飛び込んでゆき、身を挺して凶器から守る。
その背中に、斜めに走る赤い傷。
ジルダはすぐに建物から抜け出すと、剣を振り回しながら道を駆け出した。
町の人たちが悲鳴を上げて、逃げたり建物の中に引っ込んだりする中、現場からそう離れていなかったイリスの祖父は再び杖を落として、その場に尻餅を付いた。
「お祖父ちゃん!」
イリスも祖父を見捨てられる訳がなく、その傍にいた。
ジルダは眼を邪悪に光らせると、イリスの身体を左腕で引っ掛けて、胸元まで引き上げた。
カルナが建物から出て来る。
ジルダを追い駆けると、ジルダは胸に抱えたイリスの首筋に剣の峰をあてがった。
「来るな! この娘が死んでも良いのか!」