カルナ対ジルダ④
「がははははっ、どうした小僧! さっきまでの勢いは!」
ジルダが哄笑した。
土埃を上げて、石畳の地面に転がるカルナを眺めて、悦に浸っていた。
「とどめを刺してやるぜ……」
ジルダは刀身を見せ付けるように持ち上げ、銀色の表面を舌で舐め上げた。
そうして上体を起こし始めているカルナに歩み寄ると、断頭台の如く刃を振り上げる。
「やめてーっ!」
イリスが叫びながら、ジルダとカルナの間に割り込んだ。
「もうやめて! この人は関係ないでしょ!」
「へ……泣かせるじゃねぇかお嬢ちゃん。だが、俺に向かって唾を吐いたのはその小僧だぜ!」
「この人は関係ないわ! ……私と、貴方の問題でしょ……!」
眼を伏せ、絞り出すような声で、イリスは言った。
ジルダは、彼女が自分の要求に応えるつもりだと分かって、にっと唇を持ち上げた。
しかし、その少女の肩に、カルナが手を掛けている。
「その必要はないよ」
カルナが、イリスを横に退かせて立ち上がった。
上半身に身に着けていた衣を、ぱっと脱ぎ、くるくると丸めて、イリスに手渡した。
「一張羅だ、汚したくない」
イリスは既に見ているが、カルナの肉体は美しかった。
何処を切り取っても上等な筋肉で、全身を覆っている。
この町に住む以上、各国の兵士や騎士の姿を見た事は一度や二度ではない。彼らの鍛え上げられた、巨岩のような筋肉に、イリスはいつも威圧感を覚えていた。
しかしカルナの身体は違う。何処となく柔らかさを感じさせた。それと共に、その柔肌の奥の血潮が、事に臨んでは鉄の刃となる事も感じさせる。
「離れているんだ」
カルナに言われ、イリスがそのようにする。
「強がりはよせ、小僧!」
ジルダは剣を振り回した。
唐竹、袈裟懸け、切り上げ、突き、逆流れ――
考え得る全ての種類の斬撃を、カルナの身体に刻み付けようとしていた。
だがカルナは、その場から一歩も動いていないにも拘らず、どのような攻撃も喰らっていない。
時折、その皮膚が裂ける事はあっても、戦闘に支障はない程度だ。
ジルダの剛力が繰り出す鉄剣の暴風の中で、カルナは身じろぎもせずに斬撃を避け続けているように見えた。
まるでジルダの剣が、自らカルナを避けているようにも思われた。
だが、そんな事がある訳がない。カルナは確認する事が難しい程度の最小限の動きで、ジルダの剣を躱しているのだ。
カルナもジルダも、その場から殆ど動いていない。そして攻め立てているのはジルダの筈なのに、顔に苦しみの表情を浮かべているのはジルダの方であった。
「こ、この野郎! はぁっ、ぜぇっ……」
埒が開かないと、ジルダは一旦剣を引いて、後退した。
鉄色の肩が大きく上下しており、その口からは大きな息と共に白い蒸気が発生していた。
一方、カルナの方は、小さな切り傷を負ってはいるものの、やはり呼吸の乱れは見られなかった。
「身体を大きくする事ばかり気にして、こっちの方は鍛えていないらしいな」
カルナは自分の胸を指差した。
心臓と、肺の事だ。
イリスは、カルナが泉の底で、長い時間身体を横たえていた事を思い出した。
凄まじい肺活量を、カルナの肉体は宿しているのだ。