カルナ対ジルダ③
「ツボというやつさ。まぁ、筋肉や骨を破壊する事だけに特化したあんたの拳法じゃ、分かるまいが……」
カルナは言った。
カルナの蹴りは、ジルダの極太の脚を破壊する為に放ったものではない。その内側に走る微細な神経の束に打撃を加え、これによって肉体に衝撃以上のダメージを与えるものだ。
「こ、小僧……とうとう、俺を本気で怒らせちまったみたいだな!? 殺してやるぜ……」
ジルダは蹴足を受けた腿の、骨と筋肉に異常がない事を確かめると、近くの建物の壁を支えにして立ち上がった。
そしてとうとう、左腰の剣をぞろりと抜き放ったのだ。
陽光を浴びてぎらぎら輝く湾曲した刃に、流石にカルナの美技に見惚れていた町民たちも、現状の恐ろしさを思い出したようだった。
「か、カルナさん!」
イリスが悲鳴のような声を上げた。
彼の挙動は全てに於いて見事であった。しかしそれでも、カルナは丸腰だ。徒手空拳同士のやり合いならば優位に立てても、触れれば斬れる刃をちらつかされては、明らかに不利である。
あの剛腕で振るわれる刃は、掠めただけで内臓まで達し、カルナは臓腑を散らして死ぬだろう。
「にわか剣術じゃ、俺には勝てないよ」
「剣術だけならな……」
ジルダは不敵に笑った。
そうして、むん……と全身に力を込める。
するとどうした事であろうか、その手にした剣が黄色い光を放ち始め、その光がジルダの身体に絡み付いた。ジルダの皮膚の色が、見る見る変わってゆく。まるで鉄のような光沢を持っていた。
「魔装だ……」
町の誰かが言った。
「魔装……」
「魔装ですって?」
「どうしてあんな男が……」
住民たちは口々に言って、更にこの揉め事の中心から距離を置き始めた。
鉄の皮膚となったジルダは、にんまりと唇を持ち上げて、カルナに迫った。
剣を振り上げ、ちゃっ――と、気合を迸らせながら、刃を唸らせる。
カルナが後方に跳んだ。
それまでカルナが立っていた地面に、深々と刃が斬り込んだ。
いや、それ以上に、ジルダが踏み込んだ石畳が、亀裂を走らせて陥没させられていた。
「身体強化……デルタグランドの魔装か」
カルナが呟いた。
ジルダの剣の鍔元に、剣とジルダ本人を包んだ光の発生源が確認される。
黄色い光を放つ三角形の宝石であった。これが、剣の鍔に埋め込まれているのだ。
「ほぅ、魔装に関する知識まで持っているのか」
ジルダが感心したように言う。
「だったら、もう分かるだろう? 貴様じゃ、俺には勝てないって事がな!」
ジルダが咆哮した。
剣を振り上げて、カルナに向かって打ち下ろす。
カルナは大きく距離を取るのだが、刃は近くの建物の壁を容易く切り裂いてしまった。
「うらぁっ!」
上から斬り付ければ地面まで断ち、下から斬り上げれば巻き起こす風圧が見物人の身体を傷付けた。
「しまった……」
遠くから聞こえた悲鳴に、カルナが意識を逸らしてしまった。
その一瞬の隙を突いて、ジルダがカルナに肉薄し、先程は不発であった蹴りを打ち込んだ。
カルナは躱す事もカウンターを取る事も出来ず、両腕を胸の前で交差してブロックするしかない。
そのブロックも意味をなさず、カルナの身体は空中で回転して、建物四つから五つ分吹き飛ばされてしまったのであった。