表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/104

魔装を巡る冒険、その始まり

「西か……」


 カルナは空を見上げた。

 まだ空に残った月の位置から、自分が向かうべき道を探している。


 黒騎士(カーラ・クシャトラ)――ドンシーラに羨望の斧鑓を授けたという男は、ドンシーラに西へゆくと言い残したらしい。その人物が、現在のクライス公国の領地である元ブヅナ帝国があった場所から、アムンを通らずに西の国を目指したという事は、今からその元ブヅナ帝国領に行ってみなければならない。


 ブヅナ帝国はマクール高原から馬車で四日か五日は必要になる。徒歩で向かう事を考えるとその倍以上であった。


 カルナ一人であれば、それくらいは構わないのだが――


「帰らなくて良いのかい、アムンに――イリスちゃん」

「うん。もう決めた事だモン」


 カルナとイリスは、ドンシーラ一味を打ち倒し、拘束して、彼らをアムンの北門の前に置いて来た。ああして置けば、アムンからクライス公国なりに連絡がゆき、彼らを捕らえる手筈が整えられるだろう。そうなればアムンに報奨金が出るし、流通も再開する。失われた命は戻らないが、この三年間の経済的損失を、多少なりと回復する目途が立つであろう。


 その後、二人は森へ戻り、あの泉を経由して、イリスがドンシーラたちから逃げて来た戦車で転がり落ちた土手を登った。


 イリスが奪った戦車は、土手の途中で横転していたが、ドンシーラたちが使用していたものは殆ど無傷である。中でもドンシーラが乗っていたものは、内側に保存食が入った箱や、雨風を防ぐ大きな布もあり、戦う為ばかりではなく移動手段としても使い勝手が良さそうであった。


「カルナさんって、意外と熱くなり過ぎちゃう所があるみたい。だから、私のように冷静な人が一緒にいた方が良いんじゃないかしら?」


 イリスは胸を張って、そんな事を言った。


 カルナは苦笑いで応えるのだが、それは事実だ。イリスが止めに入らなければ、間違いなくドンシーラにとどめを刺していただろう。自分が課した不殺の誓いを、自ら破る事になってしまいそうだった。


「快適な旅にはならないよ。それでも俺に付いて来るのかい」

「分かってるってば! それに私、本物のディアナお姉ちゃんを探しに行きたいの!」


 イリスの前に現れたディアナは、魔装の力によって変身した別人だった。だが、記憶を模倣したと言っても、それにはディアナ本人と巡り合っていなければならない筈である。彼女は何処かでディアナと出会っており、或いは、ディアナと一緒に修行の旅に出た青年たちも、本当は死んでいないかもしれない。


 アムンに戻れば、きっとその機会は失われてしまう。だから、寂しいけれど、仲間や友達には別れを告げずに、このままカルナの旅に付いてゆくしかない。


「それじゃあ行きましょ、カルナさん!」


 イリスが、ぴょんと戦車に飛び乗った。

 カルナは、ドンシーラから取り戻した“羨望の斧鑓”を布でくるみ、戦車の床に横にして置いた。そうして操縦席に乗り込むと、イリスが盾の上から顔を出し、号令を下した。


「出発進行―っ!」


 カルナはレバーを前にやり、ペダルを踏み込んで、戦車を発進させた。

 がたがたがた……と、車輪が音を立てて回り始め、二人を乗せた戦車が走り出す。


「先ずは何処へゆくの、カルナさん?」

「一度、マクール高原に戻る。ファイヴァルさんたちの遺体を弔わなくちゃいけない。それから元ブヅナ帝国領を経由して、更に西へ移動する」

「……大変な旅になりそうね」

「引き返すなら今の内だよ」

「もぉ、何でそういう事を言うかなぁ! 一緒に行くわよ、カルナさん!」


 イリスは操縦席のカルナを見下ろして、健気に笑った。

 彼女の笑顔を見ていると、自然とカルナまで表情を綻ばせてしまう。


 その、劇的な出会いを果たした二人が乗る戦車が、広大な平地を駆け抜けてゆくのを、後ろから眺める人物が一人……


「……カルナ……それに、イリス。良くも、あたいをこんな……!」


 森から這い上がって来たのは、偽のディアナである。


 カルナに鎧を砕かれ、剣を折られはしたものの、イリスに奪われたものも含めて二の腕の手甲は残っており、折れた剣は鞘に納めて誤魔化し、鎧からは風の魔法石だけを取り出して持って来ている。


 カルナが手加減したのか、彼女は比較的すぐに意識を取り戻し、カルナとドンシーラが戦っている間、森に逃げて息を潜めていた。


「絶対に許さない! このあたいにここまでの屈辱を与えておいて、おめおめと逃がしてなるもんかい。何処までも追い詰めて、そして殺してやる! ついでに……奴が欲しがっているクラウンクラスの黒い魔装も奪い取っちまえば、あんな奴……ふふふふふ、あはははははははは!」


 偽のディアナは、眼を三日月状に歪め、カルナへの復讐に燃えた。女としても戦士としても侮辱された気分の偽りのディアナは、旅へ出たカルナとイリスを執拗に狙う事となるだろう。その邪悪な願望が成就される時を夢想し、偽のディアナは二人を追い駆けるように、森から飛び出した。






 ――こうして。


 亡国の王子カルナと、平和の町で育った少女イリスの、七つの魔装を手に入れる為の冒険が始まった。

 この二人がどのような旅を経て、何を知り、何処へ辿り着くのか、それはまだ誰も知らない事である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ