朝陽に去りゆく二人の背中に
「本当に良かったのかよ、あれで――」
アムン――
北の門の傍に建てられた小屋で、ジャスクが酒を飲んでいる。
カルナが使っていたのと同じような造りで、ベッドが一つあり、部屋の中央にテーブルが置かれ、二つの椅子が向かい合っている。片方にジャスクが座り、相手をしているのはガバーレだ。
「あの人が、俺たちを裏切る訳はないんだ。そりゃ、確かにあの人は俺たちとは違う国で生まれた。でもそれは、俺やあんただって同じ事だろう? 俺には分かるんだ、あの人は絶対に、人を裏切るような事はしない男だって」
「それは俺にだって分かっているさ」
ガバーレもグラスに酒を注いで、口に含んだ。
町の人たちから迫害されたカルナとディアナが出て行ってから、ジャスクは一人で酒を飲んでいた。昼前には一旦眠ったのだが、夕方に起き出して、再開した。この時には様子を見に来たガバーレも付き合わされて、睡魔と戦いながらもサシで飲み続けている。
「だが、君たち戦士の在り方を、今まで武器一つ握った事のない人たちが理解出来る訳もない。彼を悪者にして、出て行って貰わなくては、町の人たちも心落ち着いて生活を立て直す事が難しくなっただろう」
夜が明けてから、生き残った人たちは町の復興に向けて早速動き出している。ドンシーラ一味が残して行った戦車を資材運搬用の車として、巧みに利用する者もあった。ドンシーラ一味と戦い、その使者としてカルナやディアナを共通の敵と見立てる事で、皮肉にも彼らの団結は強まったようだった。
ジャスクはこれに参加せずに、ガバーレを相手にくだまいている。
「こうなっちゃ、平和の町もお終いだな……」
「滅多な事を言うな、ジャスク」
眼を真っ赤にしているジャスクを、ガバーレが諫めた。
そんな明け方、小屋の戸を叩く者があった。
「誰だ?」
「ワライダです」
「入りなさい」
ワライダは、額に汗を掻いて、息を荒くしながら小屋に入った。
背中を斬り付けられ、大量に失血し、生命を危ぶまれたワライダであったが、敵が残して行った魔装の内、ムーンアクアのものをジャスクが使用して傷を癒している。それからほぼ一日中眠り続けていたのだが、眼を覚ましていたらしい。
「まだ病み上がりだ、無茶はするなよ」
ガバーレは、ワライダの息が荒いのが、体力を消耗した状態で自分たちに会いに来た事が原因であると思い、労わりの言葉を掛けた。
しかし、少年の眼の輝きは、ジャスクとガバーレを訪ねた理由が他にある事を知らせている。
「どうかしたのか?」
「も、門の外……二人とも、ちょっと来て下さい!」
ガバーレは眠いだけで酔っていなかったが、ジャスクはまともに立てないくらいへろへろになっていた。そんなジャスクにガバーレが肩を貸しているのを見て、もどかしそうにワライダが言う。
「ったく、大人二人が情けないなぁ。それに、何だって見張りの一人も立てないんだよぅ」
「お前、壁に上ったのか?」
町の混乱を納め、誰もが復興に尽力し、働き詰めだった人々はもう殆ど眠りに就いている。外の見張りに人員を割く事が出来なかった。それを、少し前まで眠っていたワライダが知っているという事は、わざわざ朝早くに壁の上に上ったという事だ。
「良いから、ちょっと来てよ!」
二人を急かして、ワライダが言う。
ジャスクに肩を貸したガバーレは、ワライダの後に付いてゆき、北の門までやって来た。
大きな門の横に、人が二人か三人まではどうにか出入りする用の小さな戸があり、ワライダはこれを開いた。
「これは……」
「若しかして――」
門の前に、ぎちぎちに縛り付けられた野盗たちが転がされていた。みな、何処かしらに大きな負傷をしており、意識を失っている。特に驚かされたのはドンシーラの異形である。左右の脚が絡み合って、一本の胴体のようになっていた。
ジャスクの酔いも覚める衝撃的な光景だった。
「どういう事なんだ、ワライダ?」
「カルナさんだよ! カルナさんとイリスが、森からこいつらを連れて来たんだ。俺、声を掛けようとしたんだけど、二人とも行っちまって……」
「何だと!」
ジャスクはガバーレの手を払うと、森を目指して走り始めた。
ガバーレが腕を掴んで引き留めなければ、森へ続く坂を転がり落ちてしまう所であった。
「カルナくん……」
「見ろ、やっぱりだ! センセは……カルナは、俺たちを裏切っちゃいなかったんだよ! カルナ……カルナーっ!」
ジャスクは、夜の森に、男の名を呼んだ。しかし彼の声は、森に呑み込まれて掻き消えてしまう。
森の向こうから、太陽が昇り始めている。瑞々しく光る緑の先に、戦友を失ったような男の啜り泣きだけが小さく響いていた。