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その名は黒騎士

 文字通り、火を吐くような呼気だった。その瞬間、全身の筋肉が微細な振動を連鎖する。一つ一つの運動は確かに小さなものだ。だが、それらが連続して発生し、互いの動きを倍増させ合っているとすれば、大振りな動作で威力を高めるのと同じか、それ以上の威力を発揮する。


 その動きが威力となって放出される場所は、主に肉体の先端――ドンシーラが呑み込んでいる左腕と、彼の身体にカルナを通じて突き刺さった槍を持つ右手。


「べばぁぁぁぁががががが~~~~~っ!」


 ドンシーラが絶叫と喀血をしながら、カルナの腕を吐き出し、ハルバードを手放した。穂先が抜けた傷口から、沸騰したような血液がばら撒かれる。


 左手の先から発せられた振動と、右手から槍を通じて送り込まれた力が、体内を上下から挟み込むようにして衝撃を与えた。人体の水分を利用して反響する衝撃は内臓や背骨をずたぼろに破壊し尽くす。これに加えて、衝撃による振動を金属の穂先が増幅して、何倍もの激痛となってドンシーラを襲ったのだ。


 巨大な蛇はその場でのた打ち回りながら血を吹き上げている。この事が、彼の身体から異形の細胞までも排出してしまったのか、ナーガ・ドンシーラが見る見る縮んでゆき、元のドンシーラの身体に戻ってゆく。“羨望の斧鑓”の影響で変化した全身の鱗も剥がされるのだが、カルナによって傷付けられた腰椎や、混じり合った脚、二つに割れた下顎などは戻らず、鱗がない、人の顔を持った蛇のような奇怪な物体が、そこに残るだけとなった。


「さぁ……答えて貰うぞ、ドンシーラ……!」


 カルナは“羨望の斧鑓”を唾液まみれの左肩に担ぎ、右手で横に裂けた脇腹を押さえながら、ドンシーラに歩み寄った。


 穂先を敵に突き付けながら、憎悪の眼で盗賊団長を見下ろし、詰問した。


「貴様は何処で、この魔装を手に入れた!? 答えろ‼」


 ドンシーラは両手で下顎を中央に寄せると、ぱくぱくと口を開いてどうにか返答した。


「あ、或る男から、貰ったんだ……」


 ドンシーラの言葉はとても文字に表せるような発音ではなくなっており、ここから先の内容はカルナが何とか聞き取ったものである。


「マクール高原にやって来る前、俺たちは西の地で主に行動をしていた。アムンを通った時に、ここいらでひと稼ぎしようと考え、俺たちは東へ向かった。クライス公国の領地となった元ブヅナ帝国の中で物資を調達した。そこで部下の一人が面倒を起こしやがって逃げざるを得なくなったんだが、その時に協力してくれた男がいた。そいつは俺たちに魔装を渡し、更に、山を二つも超えなくちゃならなかったが、腕の良いドワーフ共の棲む山を紹介した。あの戦車はそこで造られたものだよ。その男が、俺にその黒い魔装を寄越したんだ」


「その男の名前は? 顔や特徴は憶えているだろう? その男はまだブヅナという国にいるのか?」


「それが、奴は全身を真っ黒い衣で包んでいたし、顔にも布を巻き付けていた。だから声も分かり難かったし、どんな身体つきをしているのかも分からねぇ。ただ、眼の色だけは、蛇みたいな赤色をしていたように思う……名前は……そうだ、確か……カーラクシャトラ……そんな風に名乗っていた。多分、もうブヅナにはいないと思う。奴自身、旅人だと……西へゆく、アムンを通るのとは別の道で西へゆくと、言っていたかな……」


「カーラクシャトラ……カーラ・クシャトラか。……それは名前ではないな」


 カルナの国の言葉だ。カーラとは、黒色という意味である。又、クシャトラは権力を持つ者を意味し、国では王侯貴族たちの事を差す言葉の語源となっている。


 武装した、黒い権力者――即ち、


「黒騎士……」


 そのように訳す事が出来る。


「知っている事は、それで全てだ! 他には何も知らないんだ。もう良いだろう、もう許してくれ! 助けてくれ、俺の身体を戻してくれ!」


 ドンシーラは言った。

 カルナはふんと鼻を鳴らすと、冷たい炎を灯した眼でドンシーラを見下ろした。


「言った筈だ。四度目はない。これ以上は、分かるな」


 カルナはドンシーラに歩み寄り、左手で彼の顔を押さえ付けると、右の拳を振り上げた。鎧を纏った拳で、地面に向かっての突きを入れられれば、ドンシーラの頭蓋は割れて脳が飛び散る。


「やめろーっ、やめてくれーっ! 嫌だ、死にたくない、許してくれーっ! 殺さないでくれーっ、いやだ、いやだぁーっ! わぁぁぁぁぁーっ!」


 ドンシーラはじたばたともがきながら命乞いをした。カルナは迷わなかった。ドンシーラの頭部に向けて、振り上げた拳を叩き付ける――!

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