Ep.01
―男同士の恋愛。ありだと思いますか?
高校一年生の僕は、人見知りで。部活も特に入っておらず、放課後は真っ直ぐ家に帰る帰宅部というもので。なんの変哲もない普通の男子高校生…というものだった。
そんな人生面白いかと聞かれたことがあるが、僕は人生に面白さなんて求めてない。人生なんて神様がすべて決める。抗うことなく流れるように過ごすのが得策なんじゃないかと。
でも、僕にだって楽しみはある。図書室にある「写真集」をみること。写真部が撮った写真をアルバムにしてあって、僕はそれを見ている。冒険家ではない僕はあまり外へは出歩かない。写真には外の景色が写っている。花や虫、動物や学校の生徒。僕はそれを眺めてふと思う。
―いつからだろうか。「虚」になったのは。
なにも感じない、なにも求めない。ただ息をして勉強するようになったのは。みんな僕の事を「人形系男子」と呼ぶけど、否定はしない。というか気にしてない。…この時点で人形。
学生寮に入らなかったのは、ただ単に自分の家が落ち着くから。学校まで電車で二十分ほどだし。家に親はいない。色々あって。
気にしてない。そう、なにも気にしてない。
―神様が落とした石が、僕に当たる。
写真部のアルバムを図書室で見ていた。静かな図書室。廊下でドタバタと足音が響く。
「かおりーーん!」
図書室の先生、戸田薫先生を呼び捨て…しかも愛称で呼んでる。制服の学ランのボタンはせず、ワイシャツではなく、普通のシャツをきている、なんとも不真面目な生徒だ。
「フィルムなくなっちまった!」
と、首にかけていたカメラを机においた。戸田先生は仕方ない子だね、とフィルムを取り替えている。
「お」
生徒が僕に気がついて、馴れ馴れしく隣に座ってきた。
「写真部のアルバムだよな、それ」
僕が見ているアルバムを指差す。
「なぁなぁ、どれが好き?」
本当に人懐っこい人だ。僕はアルバムを畳むと、本棚にしまった。
「おい待てよ!」
バックを持って帰ろうとする僕を呼び止めた生徒は、フィルムを替えてもらったカメラを持つ。
「写真とってほしいんだ!」
なんで?と言う前に腕を引っ張られて外に出た。
「ここで俺の後ろ姿撮って!」
立ち位置を指定され、カメラを覗く。背景には夕日。逆光で後ろ姿がハッキリとする。早く撮って帰ろう。僕はシャッターをきって生徒に渡した。
「サンキュー」
満足したような笑顔を見せる。
「なぁ、お前一年?」
頷くと、生徒は俺は二年生、と言った。
「二年三組の稲葉友だ。お前名前は?」
先輩にはちゃんと接しなくては…名前だけなら…教えてもいいか。
「…榊原…燐…」
「榊原…か…」
「…帰ります」
「あぁ待てよ!」
先輩の声も聞かず、僕は駅に向かった。
次の電車は…15分後か。駅のホームの椅子に座り、バックから本を取り出した。小説とかではなく、テスト用に纏めたノートだ。特に行きたい大学もないけど、勉強は大事。というより、僕は色んな事を知りたい。だから勉強する。赤いシートをノートに翳しながら見ていると、隣に誰か座った。
「うっわ、がり勉!」
「!」
び、ビックリした…声出るところだった…
「お前電車通学なんだ?」
なんなんだ、この人…
「でさ、質問なんだけど、どのアルバムが好きなの?」
写真部のアルバムのことだろう。あれは撮った人ごとに纏められている。本名の人もいれば、ペンネームの人もいる。答えたらもう放ってておいてくれるだろうか…
「…ウサギのフレンズさん」
「っはっはー!やっぱり!?」
…駅のホームなんだから声考えてください。
「はい問題!俺の名前は?」
「…稲葉友さんですよね」
「うん。で、お前の好きなアルバムの作成者は?」
「…」
ウサギのフレンズさんですけど。…ん?ウサギ…?ウサギ…イナバウサギ…
「…え?」
「お察ししましたか~?」
「…もしかして…」
「ピンポーン!俺です★」
稲葉↓イナバウサギ↓ウサギ
友↓ともだち↓フレンズ
僕はなんて人に目をつけられたのだろう…
「俺ってやっぱ才能あるよな」
自分で言っちゃうあたり、ナルシスト。そこへ電車が来た。この人と帰ると電車の中で勉強出来ない…と思い、一本ずらそうとして時刻表をみると、次は三十分待ち。
仕方ないか…今日だけ我慢しよう。
電車に乗ると、隣に先輩が座った。先輩は斜めがけのバックから高そうなカメラを取り出した。
「それ見てみて」
と、僕に画面を見せる。
「…」
正直なところ、すごいきれいに撮れてる。遠近感もあるし、色のバランスもよくて。アングルも最高。
「…」
プロか?
「感想は?」
「…凄いと…思います…」
「はっはっー、お前、人見知りか?」
分かってるなら声をかけるな…
「気に入ったぞ、お前」
「…僕は全然」
「んなこと言うなって、燐」
…「燐」僕の名前。久しぶりに呼ばれた気がする。人と関わらないから距離をおかれて、名前呼ばれないし、呼ばれても名字だし…
降りる停車駅になったようで、先輩がカメラをしまって立ち上がった。
「またな!燐!」
そう言って人の波と共に降りていった。
「…」
僕は不思議な気持ちだった。
人と話すときはいつも、人の顔色を伺いながら。話題をあわせて頷いて、相手のペースに合わせる。好き嫌いもない。「へぇ」「そうですか」と相槌を打つ。
だから嫌いだった。話すことが。でも先輩は違かった。
「燐~」
あれから、僕が図書室にいる昼休みと放課後に、先輩は必ず来るようになった。
「燐が撮った写真!」
それは、逆光を利用した夕日と先輩の後ろ姿の写真。先輩はアルバムを取り出すと、写真をホルダーにいれた。
そういえば、写真部のアルバムの中に「ウサギのフレンズ」のアルバムは二つある。どちらとも先輩のだと言うことは…
「…どれだけ撮ってるんですか?」
「ん?そうだな…アルバムに三百枚はいるからな」
三百と、もうひとつのアルバムは半分くらいだから、四百枚くらいか。暇なのか…
「燐は?部活入ってねぇの?」
「…興味ないので」
先輩と話すのは楽だ。自分の事を言っても会話が途切れないというか…話しやすい。
「写真部入れよ~」
「見る専なので」
「えー…」
あからさまに残念がる先輩。僕がオーケーするとでも思ってたんですか。
「あ、今日放課後図書室来る?」
「はい、暇なので」
「じゃ、一緒に帰ろうぜ」
「じゃあ先帰ります」
「なんでだよっ」
テスト勉強、出来ないからです。口ではそう言ったけど、ちゃんと来る予定だった。
のに、放課後先生に捕まった。テスト対策プリントを纏めてほしい言われ、一年の教室に居残りすることになった。
時刻は五時を回っていた。ほとんどの生徒は部活か帰宅。僕一人で教室にいた。プリント…明日の朝早くきてしようかな…
「あ!いた!おい燐!」
先輩が平然と一年の教室に入ってきた。
「へぇ、お前一年一組なんだ~」
と、僕の前の席に座る。
「なんで来ないんだろうと思ったら、雑用?」
プリントの束を見る先輩。そうですけど、とは言わずに無視してホチキスで止める。
「断ればいいのに」
「…断る理由、ないですから」
「俺との放課後トークは?」
「そんなのしたくないです」
「ひっでぇやつだなぁ」
すると先輩が隣に座り、プリントを何枚かとった。
「ち、ちょっと…」
「手伝ってやるよ」
そう言って、ホチキスで止め始めた。なんだろう、なんか…優しい人だな…
「…すいません…」
こういうときには、何て言うんだろう?
「やーっと終わった~」
プリントを纏め終えて、時計を見たときは六時半過ぎだった。
「すいません、手伝ってもらって…」
「いーっていーって」
すると教室に一人先輩が入ってきた。
「おい友、図書室に鞄置きっぱだったぞ。かおりん図書室閉めれなくて困ってたんだからな」
「あ、わっりぃ~サンキュー」
と、斜めがけのバックを貰う先輩。…本当に、図書室にいたんだ…
「じゃ、帰るからな」
「おう!ありがとな」
断るべきだったかな…待っててくれたのに。先輩に悪いな…なんか…
「燐?」
「はい」
「それ渡して帰ろうぜ」
「あ、はい」
プリントを先生に渡して、先輩と並んで駅へ向かう。
「…先輩、手伝ってもらって本当にすいません…」
「…あのな、こう言う時は謝るんじゃなくて、ありがとうって言うんだ」
「…」
「ほれ、言ってみろ」
僕は立ち止まった。先輩も少し先で立ち止まり振り向いた。
「…………ありがとう……」
「ははっ、よしよしいい子だ」
「子供扱いしないで下さい」
「んーだよ~可愛くねぇな」
そんなこんなで、今日もテスト勉強は家ですることになった…