フィリアンスの語る、事件。
王太子、フィリアンス・ディ・クルステット視点です。
人の感情を読むのは、どっちかといえば、苦手の方だった。でも、人の感情をうまく読み取れなければ、自分の立場的に損が大きい。だから、他の方法がないかと調べていたら、出した答えは、魔力の流れを読む方法だった。
人の表情と態度だけでは、演技で誤魔化せられる。でも魔力の流れは、何時も素直だ。そして完全に操るのは人間の限界を超えるので、誤魔化そうとしても、誤魔化せ切れないだろう。その流れを読み取る事が出来る俺も人間の限界を超えてると言われているけど。
それで人の魔力の流れを言えば、それは“魂の色を表す糸”が魔力で、その“糸が体内で回る回路”が流れと呼ぶ。魂の色とは髪や瞳の色にも現れるから、魔力の糸の色と髪か瞳の色が同じ色の人がほとんどだ。そして人が嘘をついた時、流れの回路は、見えなくなるほど歪むんだ。
でも、俺の婚約者であるフィオは、他の人達とは違った。フィオの体内で回っている糸は、一つじゃなく、二つだ。金色と黒色のその二つの糸は、レースをしているかのように、フィオの体内で駆け回っていて、見てるだけで楽しくなる。そして、美しい。
でも、時々、その楽しいそうな魔力の流れが楽しくなくなる時が多い。その時は、二つの色が混ざっているようで、見てるだけで気持ち悪くなるように、回路が歪んだ。だから俺は知ってる。フィオが俺にたくさん嘘をついてる事。それでも俺は、あえて言わなかった。フィオが素直に、すべてを俺に教えてくれるまで、待つつもりだった。
でも、俺にも限界がある。どう見ても『苦しい』と訴えてるフィオの魔力を見て、俺は耐えられなかった。今すぐにでも、フィオのすべてを知りたい。
***
あの気まずい食事から、五日が経った。フィオは相変わらず、何も言ってくれない。それどころか、本気で婚約解消を進めようとするらしい。あの時とっさの事で承諾した契約で、ついこの間までは忘れていたのだ。今となっては、この婚約を解消したくない。今まで気づかなかったが、どうやら俺は本気でフィオを好きになったらしい。そして俺が自意識過剰でなければ、フィオも俺を好いてくれるはず。ならなんで、こんな事に?
「なあ、エルン。四年前から頼んだ、レッセンス家への調べものは、本当に何も成果がないのか?」
クラスに向かっている間に、一緒に歩いているエルネストに聞く。
「ああ、あの家の警備が非常に分厚いんだ。使用人の口も堅いし、何もつかめなかったよ」
「レッセンス公爵は、あれでも腹が立つくらいに頭が回る人だからな」
レッセンス公爵は、一言でいうと、贅沢三昧な人だ。あの膨らんだ腹と体のあっちこっちに輝く装飾品が彼の金遣いの荒さを示している。その夫人も、似たような恰好だ。だが夫人はともかく、レッセンス公爵は馬鹿ではなく、頭の回る人だ。そんな生活を続けられるくらいの金を稼ぐことができるってわけだ。公爵の領民が税で苦しまれていることは、聞いた事ない。だから、レッセンス公爵に不穏な気配が漂うという噂は、ただ嫉妬している貴族たちが勝手に流した噂じゃないか、と今はそう言われている。
「ま、手掛かりくらいなら今追っているよ」
「手がかり?」
「そう。ほら、前にフィオナ嬢の入学に合わせてフィオナ嬢の乳母が引退しているって話があっただろう?それで俺は部下に追わせたんだけど、いざ話を聞き出そうとしたら、彼女も中々口を開かないんだ」
「ここまでして何もつかめないというのは何もないって信じそうになるが…」
「まだ何かが引っかかっているってこと?」
「ああ。フィオは最近、俺と会ってくれないんだ。それにアクトとマリアも、フィオに話しかけても無視されているらしい。だが、気になるのは、最近フィオの顔色が悪いって、マリアが言ってた」
「前々からリブも何かの病気じゃないかって言ってたしな」
「そうだ、だから俺は…」
「おはようございます、殿下!」
俺の言葉は、女に遮られた。いつの間にか教室に着いたらしい。仕方ない、フィオの話はここまでだ。
「ああ、おはよう、リリアネス嬢」
俺に話かけたのは、リリアネス・フォーリン。侯爵家筆頭のフォーリン侯爵家の次女だ。俺の婚約者になるべきのはフィオじゃなく自分だとずっと言いふらしているらしい。さすがに俺の前じゃ言わないけどな。だが、彼女がフィオの事を目の敵にしているのは分かっているから、フィオには俺の教室に来ないようにと入学初日から釘を刺したんだ。
「殿下、昨日も招待状をお渡ししましたが、今日の放課後にわたくしはお茶会を開いてますの。宜しければ来てくれませんか?」
招待状?ああ、確か昨日一つ来たな。でも俺はフィオの事で頭一杯だからそんなことまで気が回らない。それに、今はそんな気分じゃない。
「いや、それはこと…」
「フィリアンス殿下!」
また俺の話が女に遮られたぞ!
「ちょっと、貴女、どなたなの?殿下は今、わたくしと話しているのよ。無礼だなんてわかっていないのかしら?」
おいおい、お前もさっき俺の話を遮っただろうか!
「いいえ、すみません、でも、速く、殿下に伝えないと…」
おや、今度はマリアじゃないか。マリアもフィオと一緒にここに来るなと言っていたはずだが。
「落ち着いてマリア嬢。フィルは気にしてませんから、先ずは何があったのか話して」
俺が言う前に、エルネストが言ってくれた。今の俺がイライラしてて、酷い事を言うかもしれないって気づいてくれる。さすがエルン。
「あ、そうです。殿下、速く着てください、フィオナ様が倒れたんです!」
え?今、マリアなんて言った?
目の前が真っ暗になる気がする。
「フィル、しっかりしろ!マリア嬢、フィオナ嬢は今どこに?」
「その、アクトリオ様が医務室に運んでくれたので私が殿下にと…」
「そうか。ほらフィル、アクトが良くやってくれただから、フィルもしっかり!医務室に向かうぞ」
エルネストのおかげで、少し落ち着いた。今は、フィオの所に行かなければ。
「そうだな。悪いが、リリアネス嬢。君のお茶会には行けないようだ」
リリアネス嬢は何か言いたそうな顔だが、俺は彼女を無視し、エルネストとマリアと一緒に医務室に向かう。
俺たちが医務室に着いた時、フィオはすでに起きたようで、良かった。そしてそのフィオは何故か、医務室の女医、クラニーア先生に説教をされている。
「いいですか、フィオナ様。貴方は、もう少しで死ぬかもしれませんよ?そうなったら、ただの好奇心だなんて片づけられませんよ。そんなことのために五日も何も食べないなんて、もうしないでください!」
え、クラニーア先生、今なんて言った?フィオは、五日も何も食べてない?なんで?
「いやだから、ごめんなさいです、先生。つい、夢中ですから」
「だから、そんな言葉で片付けられない事態になってるって言ってるでしょ!なんで貴方はいつもこうなの!」
え、フィオとクラニーア先生って、親しいなのか?俺、知らなかったぞ…
「フィオ?」と思わず声かけた。
フィオは、恐る恐るとこっちに向いた。クラニーア先生も、こっちを見て、そしてすぐ挨拶をする。律儀な人だ。
「おはようございます、アンス様。お見苦しいところを見せてすみません」
フィオは、らしくない謝罪を口にする。
「さっき、五日も何も食べてないと聞いたが、どういう事だ?」
頼むフィオ。今、俺はとてもイライラしている。だからいつもの嘘は、しないでくれ。
「それは…その…最近、夢中になっている研究があって、食事に割く時間が惜しいと思って、数日くらいなら大丈夫と思って…」
明るく振舞おうとしたが、罪悪感があるから顔は罰が悪そうな表情をしている。という態度を、フィオが取っている。フィオは、演技がとてもうまい。表情と態度を見るだけじゃ、その言葉が嘘だと誰も分からないだろう。魔力の流れでそれが嘘だと知ってる俺でも、信じさせそうほどの演技だ。
「俺には嘘をつくなと言っただろう」
自分でも、低い声を発してた自覚がある。フィオが怯えたようで、少し焦った。でも、こうでもしないと、フィオは何も言ってくれない気がする。
「フィオナ様、嘘をついてたんですか?」
クラニーア先生が、フィオを諭すように言った。
「えーと。ごめんなさい、ニーア先生。ちょっと、関外してくれません?他の方々も、私とアンス様を二人きりにしてくれませんか?」
フィオが俺と二人きりになりたいなんて、初めてだ。何かを察したようなクラニーア先生は、失礼すると言ってから部屋から出た。エルン、アクト、とマリアは俺に問うような視線を向ける。俺がうなずいてから、三人は部屋から出た。実は、エルンくらいは残って欲しいが、そうしたらきっとフィオはまた嘘をつくだろう。
「それで?」
みんなが部屋から出ても何も言おうとしないフィオを、急かす。したくないけど、俺をこんな事をさせるのは、君自身だよ、フィオ。
「あの…その…私には、私じゃない人の記憶がある…って言ったら…アンス様は、信じてくれますか?」
途切れ途切れに言っているフィオは、不安で一杯そうだ。だけど、フィオの魔力の流れに、歪みはない。それに、そういう事なら、あの二つの糸(魔力)に説明がつく。だから俺の答えは決まっている。
「信じる」と。
「そうよね、信じる…って、信じるって言いましたか?」
読んで下さってありがとうございます。