フィリアンスの語る、婚約の契約。
王太子、フィリアンス・ディ・クルステット視点です。
俺の名前は、フィリアンス・ディ・クルステット。一応、このクルステット王国の王太子だ。適当に言ったけど、実は俺はこの地位に満足している。民も国も愛しているから。だから俺は幼い頃から勉強に励み、婚約者という邪魔そうなものをずっと断っていた。
だが、十三歳になった今、俺は家庭教師から『もう学べるものはありません』というお墨付きを貰った俺は、速く婚約者を決めるようにと父王に急かされる。それで、俺の年齢四年前後に婚約者がいない令嬢たちは、俺と個人対面に招待された。正直面倒くさい。
順番は身分の順で、最初三人は公爵家の令嬢で年齢の順で来るらしい。この三人のうちに誰かを婚約者にすれば、後々の令嬢たちは来ないで済むになるだろうか、と俺は目論んでいる。
最初に来たのは、コルティス公爵家のビアンカ・コルティス嬢だ。彼女は条件ギリギリの十七歳。この年齢の令嬢が婚約者がいないのは珍しいだが、彼女の場合は半年前、婚約者が事故で無くなっていたのだ。その婚約者を愛している彼女はまだ新しい婚約に心の準備が出来ていないのでどうか選ばないで欲しいとお願いされた。俺も無理やりはしたくないので承諾した。それでビアンカ嬢は、俺の婚約者候補から外された。
二番目に来たのは、ジョセフィン・プラートヴェイル公爵令嬢。俺より二歳年上の彼女は、幼い頃からの付き合いだ。実際は俺の親友であるエルネスト・プラートヴェイルの実姉で、俺にとってももはや姉のような存在だ。彼女との結婚は、別にできなくはないが、俺が彼女にからかわれるばかりの未来が目に浮かぶ。うん、彼女は止めよう。彼女も別に俺の婚約者になりたいわけじゃないし。
三番目に来たのは、フィオナ・レッセンス公爵令嬢。正直彼女の事は、何も知らない。レッセンス公爵家は、最近不穏な雰囲気が漂うという噂が広がっているけど、令嬢の事は全く聞いた事ない。強いて言えば、家から出たことのない令嬢、だろうか。そんな令嬢を婚約者にするのはなんだか不安だが、とりあえずは会ってみるか。
それでやってきたフィオナ・レッセンス嬢。彼女の第一印象は、小さい、というんだった。俺より二歳年下なので俺より小さいのは当たり前だが、なんだか普通の十一歳子より小さい気がする。だけど、蜂蜜色の髪を揺らすながらの礼をしてから、顔を上げた彼女の紫の瞳には、ただの十一歳の子供じゃない何かを感じさせる。
「初めまして、フィオナ嬢。私はクルステット王国王太子、フィリアンス・ディ・クルステットです。どうぞ座ってください」
先ずは彼女が先にしてくれた挨拶を返す、と。俺の言う通りに座った彼女は、ずっと俺をまっすぐにみている。
「それで話なんだけど」
実は口下手の俺は、初対面の彼女にどう切り出すべきか悩む。
「失礼ながら殿下、先ずは私の話を聞いてくれませんか?」
と、彼女は提案した。おお、これは助かる。
「いいよ。話してみて?」
「では、単刀直入に言います。殿下は、私と婚約すべきです。他の令嬢とではなく、私とです」
彼女の言い草に、何となく違和感を感じた。その声に含まれているのは、焦燥?まさかね。いや、俺の気のせいだろう。
「それは随分の言いようだね。何故だ?」
「えーと、マリア・ヴェルガー、でしたか?」
その名を聞いて、私は目を見開く。マリア・ヴェルガーといえば、ヴェルガー男爵が最近養子として引き取った女の子の名前だ。貴族なら彼女の名を知っても何らおかしくはない。おかしくはないが、その名をここで語る事がおかしい。彼女に俺とつながりがあると知ってるのは、彼女自身とヴェルガー男爵だけのはずなのだ。
「うん?ヴェルガー男爵の養子になった女の子の名前だよね。彼女がどうして?」
とりあえず、白を切る。
「私、知ってますよ。殿下と彼女の関係が」
何だ、俺を脅そうとするのか?いや、それなら口調には違和感が…
「へえ、そうなんだ。どうやって、と聞いても?」
「城下町にお忍びに行く趣味を持っているのは、殿下だけではないってことですよ。一年前くらいかな、私も城下町にお忍びに来ていて、そして見ました。殿下が花屋の娘と楽しそうに話していた事を。それからしばらくしたら、ヴェルガー男爵が養子を取ったという話を聞いて、養子の特徴も聞いて、時期も合わせればもしかしたら、ってかけてみただけですよ。やっぱり私の推測通りですね」
俺相手に鎌をかけたとはやるな、このフィオナ嬢は。
「それで、彼女の事と君との婚約はどう繋がるんだ?」
「殿下は、彼女と結婚したいんじゃないですか?でも彼女はまだ男爵令嬢という身分なので、いくらこの個人対面に招待されても、実際に婚約者にするのは難しいんじゃないですか。だから今は私が婚約者になって、彼女が王太子妃に相応しくなったら、私は大人しく退きますよ。私となら、婚約の解消をするのは簡単になります」
推測というわりには、彼女は妙に自身満々だ。そしてそこに間違いがあるなんて、全然思っていないようだ。
怪しい。
「つまり君は、解消を前提に俺と婚約をしたいのか?その事に君には何のメリットがあるんだ?」
王太子の婚約者という地位はメリットばかりだが、婚約を解消される令嬢は自分の一回り以上の男の後妻になるのがほとんどだ。このリスクはメリットに等しいとは思えない。
「え?王太子の婚約者とは、すごいじゃないですか。それに実は、私は誰とも婚約したくないので、すでに思い人がある殿下と婚約したら、良い断り文句になりますし、楽です」
一瞬だけだけど、答える前に彼女の魔力は乱れていた。彼女は、何か隠している。でも、今追及しても、彼女はきっと答えないだろう。なら俺の答えは、一つ。
「そうだね。正直を言うと、君と婚約すれば俺も色々楽になる。だから俺は、君の提案に乗ろうと思う。これから俺と君は、婚約者同士だ」
ついさっき気づいたけど、彼女が小さいのは体だけじゃなく、魔力も少ない。貴族というのは爵位が高いほど魔力が多くなるはずだから、彼女の魔力がこんなに少ないのは変なのだ。それに、彼女の言った事と色々に違和感を感じる俺は、彼女を婚約者に選ぶ。彼女のすべてを知るために。
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