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すみません。1話分飛ばして投稿してました・・・
第二章、第29話から御覧ください。
「何が、起こっているの……?」
怯えと焦燥、そして怒りがない交ぜになった声でサクヤは呟いた。
「国家維新、御国再建のために近衛が行動を起こしたのですよ。帝主陛下の統帥権を干犯し、その玉体を臣民より遠ざけてきた不忠の輩を排し、汚職で私腹を肥し続ける奸臣を誅して、貧困に喘ぐ国民を救済すべく、新たな帝主親政の世へと、この国を導くために」
答えたのはヤトだった。
「主だった目標は、首相を始めとした政府要人。さらに陸軍参謀総長や、帝国議会の主だった陸軍派議員、侍従、元老と……まぁ、大掃除ですね」
はははと笑い声をあげて説明を続けた彼に、サクヤは不愉快そうな表情を作った。
「なるほど。流石、近衛ね。言葉と志だけは立派だわ」
「これは手厳しい」
切り捨てるように言った彼女へ、ヤトが失笑のようなものを漏らした。
「彼らは彼らで、純粋な思想を持つ、理想的な青年将校ですよ?」
庇っているのか、揶揄しているのか。いまいち判断の付かない口調で言うヤトへ、サクヤは厳しい視線を向けた。
「だとしても。自らの目的のために武器を取り、暴力に訴えるような浅慮さを、私は到底受け入れられないわ」
「それの、いったい何がいけないのでしょうか?」
一転して、ヤトが純粋な疑問と興味の浮かぶ顔で問い返した。
「我々人類は、武器とともに歴史を作ってきたようなものでしょう? かつては石器によって打ち砕き、下っては刀によって切り開き、そして現在は銃口から撃ち出される鉛の弾が先導してきた」
「歴史の授業ならば、必要ありません」
サクヤは頑なな声で彼に応じた。
「ええ、確かに。確かに、私たち人類の歴史は争いの歴史だったといっても過言ではないのかもしれない」
それは、どうしようもなく悲しい真実だろう。有史以来、文明を得た人類の歴史は数多の戦乱と共に綴られてきた。
それでも。
彼女は厳しい表情でヤトに向き合った。
ある識者は言った。平和とは、人間にとって不自然な状態であると。
自分という存在は常に、他者との戦争によって脅かされていると。
「あらゆる動物には、生存本能としての闘争心が備わっているように。人間もまた例外ではない。どれほどの善人であろうと、他人が土足で家に乗りこんで狼藉を働けば、これに報復したいという考えを抱いても、なんらの不思議はありません」
その仮説を裏付けるように、ヤトが言った。
サクヤは悲しそうに頷いた。
けれど。
けれど、それでも。
それでもと、彼女は思う。
「戦争が、もしも真実、人間に備わった闘争本能によって引き起こされるのだとしたら。いいえ、そうであるのならば、なおさらに。私たちはその本能に対して、理性をもって抗わなければならない」
サクヤは言った。
決断するように。確信するように。
歴史と事実を根拠として語るヤトへの、精一杯の反論を。
「――その反抗こそが、平和と称されるのよ」
口にした後で。
ああ、私は結局。平和すらも、戦うという言葉でしか表現できないのね。
そう自嘲して、サクヤは顔を俯かせた。
サクヤの言葉を聞いたヤトは、雲の切れ間に星々の瞬きを見つけたような目で彼女を見つめていた。
「なるほど……本能に対する、理性の反抗、ですか。そんな風に考えたことは無かったな」
やがて、どこか上の空で呟いて。彼は誘うように、サクヤへ片手を伸ばす。
「さて。何はともあれ、御国の危急です。帝国陸軍軍人として、この事態にただ手をこまねいているわけにもいかないと思うのですが」
そう言って差し出された手から、サクヤはふいと顔を背けた。
「好きにしたらいいのではないかしら。私は今、一介の士官学校教官に過ぎないもの」
「この国で最強の戦力をその手に握っておきながら、随分と謙虚なお言葉ですね」
口元をにやけさせながら、どこか嫌味のようにヤトが言った。
「彼らはもう、私の部下じゃない」
サクヤは断固たる口調で応じた。
「私はもう、誰の指揮も執らない」
私には、その資格がない。
彼女は心の中で、そう付け足した。
「それは残念だ」
本当に残念そうに息を吐いて、ヤトは軍帽を被りなおした。
「では。自分はそろそろ行かせていただきます」
そう一礼をした彼へ、そもそも、なぜここへ来たのかという疑問をサクヤは飲み込んだ。
わざわざ引き止めてまで聞きたい話ではないように思えたからだった。
「くれぐれも、お気をつけて」
そう言い残して、ヤトは去っていった。




