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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(後) 近衛叛乱
82/205

001

 夢見が最悪だったこともあり、その日、サクヤは夜も明けきらぬうちに起き出していた。

 突然、昔の夢を見るなんてどういうことかしらと、そこはかとない不安に襲われながら、いつもよりもさらにぐちゃぐちゃになっていた髪の毛をどうにか整えて部屋を出る。

「あらまぁ、おはよう、大佐さん。今日はもう、お出かけなの?」

 どうにも、最後まで言うことを聞いてくれなかった前髪を気にしつつ階下へ降りると、ちょうど玄関で掃き掃除をしていたらしいハツが驚いたように声を掛けた。

「うん、まぁね」

 サクヤは曖昧な笑みを浮かべながら答えた。

 普段ならば、講義のある日でもギリギリまで布団の中で過ごしている彼女が、まだ日も昇らぬうちからすっかり身支度を整えているからだろうか。随分と不思議そうな顔をしているハツへ、サクヤは憂鬱そうに口を開いた。

「ほら、今日はあの、祝賀式典の予行演習があるでしょ?」

「まぁ」

 言い辛そうに早起きの理由を説明した彼女へ、ハツは嬉しそうに顔中をしわくちゃにして両手を打ち合わせる。

「やっぱり、大佐さんも参加するのね!」

「う、うん……まぁ、ね」

 どうして、私の周りの人たちはみんな、私が注目を集める場所に出ることをこうも喜ぶのだろうかとサクヤは小さな溜息を漏らした。


 サクヤがその辞令を受け取ったのは、今から一週間ほど前のことだ。

 戦勝と今上帝主の即位二周年を祝った式典へ、来賓として出席せよという内容だった。付け加えて、その祝典を二日後に控えた今日、八月十三日に行われる予行演習にも必ず顔を出すようにと、辞令を届けにきた参謀本部課員から念を押されていた。

 要するに、帝主以外の主だった参加者と部隊を集めて、当日の流れを一通り確認するだけの事なのだが、来賓の場合は他の参加者との席次などで色々と細かい調整が必要になるらしい。

 特に、サクヤの場合はただの陸軍少佐としてではなく、大戦で大きな武功を挙げた英雄として呼ばれたため扱いが難しいそうだった。下手な将官よりも低い席次につけるわけにもいかないが、あまり高すぎても反感をくらう。侍従武官たちが四苦八苦していると言っていた。

 本当に、ご苦労なことだと思う。そんなに面倒なら、呼んでくれなくていいのに。

 サクヤは心の底からそう思っていた。


「まぁまぁ、それは。私も是非とも、見に行かなくちゃねぇ」

 そんな彼女の胸中など知る由もないハツは、相変わらずにこにこしながらそう言った。

「い、良いよ、おばあちゃん。きっと、すごい人混みだよ?」

「それくらい、どうってことないわ。大佐さんの晴れ舞台だもの」

 このところ、すっかり足腰が弱ってきているハツの身を案じるように言ったサクヤへ、彼女は曲がった腰に両手を当てて答えた。

「それに、お迎えが来る前に一度くらいは、帝主陛下のお顔を見ておきたいしねぇ」

 歳を重ねた者にしか出せない、しみじみとした声で言った老女の言葉に、サクヤは何も言い返せなかった。

 軍人であるサクヤにとって、帝主とは軍権の統帥者であり、忠誠を捧ぐべき相手である。

 しかし、それ以外の一般臣民にとって帝主とは、忠誠を捧げる相手というよりも、信仰の対象と言ったほうが正しかった。特に、ハツのような高齢者ほどその傾向が強い。ミヤコのような若い者たちも、帝主という存在に対して無条件の敬意を抱いているのだが、老齢の者たちが抱くそれはもはや一つの盲信に近かった。


「ところで大佐さん……祝典にも、その服を着てゆくのかい?」

 もう何を言ったところで無駄だろうと諦めて、玄関で靴を引っ掛けているサクヤへ、ハツが言い難そうな声を掛けた。彼女はサクヤがいつも羽織っている国防色の大外套へ、案じるような視線を向けていた。

 サクヤがその外套をことさら大切にしていることはハツも知っている。しかし、戦場にいた頃から使用しているせいですっかり草臥れており、祝典のような場所に着てゆくには相応しいと言えないからだろう。

「ちゃんとした制服を、仕立て屋さんにお願いしてあるわ。今日の帰りにでも、貰ってこようと思ってる」

 そんなハツの視線に気づいたサクヤは、あからさまに不満そうな声で答えた。

 軍の礼則であるから、仕方がないとは言え、今さら陸軍士官用の正装を誂えることになるとは思ってもみなかったからだ。

 大体、そんなものを仕立てたところであと何回、着る機会があると言うのだろう。近衛じゃあるまいし。

 何より、仕立て代が馬鹿にならない。

 適当に出来合いの物を揃えればよいと高を括っていたのだが、いざ仕立て屋に行ってみたところサクヤの身体にあった丈のものが見つからず、結局一から仕立てることになってしまったのだ。

 手痛い出費だったなぁ。まぁ、特に使いどころもない俸給は貯まる一方だけど。

 そう思いながら、ハツに「行ってきます」と言い残してサクヤは玄関を出た。



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