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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(前) 恋する連隊
74/205

019

「……なるほどな」

 シュンから事の次第を聞かされたソウジは、端正な面持ちを途方に暮れたように緩めながら、溜息を吐いた。

「維新、蹶起という話自体は、昨年の年末頃から近衛の青年将校を中心に囁かれ始めていたんだ。元々は数人足らずの集まりだったんだが……今年の春から、近衛は再建のために新兵を受け入れ始めただろう? それに反発する者たちを糾合して、急激に同志の数を増やしたらしい。そこへきて、今回の祝賀式典というまたとない好機を前に、遂に決行へ踏み切った、といったところかな」

 ソウジが従兵に淹れさせたお茶を旨そうに啜りながら、シュンが補足するように付け加えた。

「尊帝討奸、国家改造か。大したものだ。まるで、再統一時代の維新志士じゃないか」

 性質の悪い冗談にケチをつけるような声でソウジは言った。

「彼らは、現在の帝国がこの有様なのは全て、陸軍と、陸軍派の議員、その他重臣たちに非があると考えている」

 どこか経文を読みあげるような声音で、シュンがぽつりぽつりと口にした。

「それらを排して、帝主陛下新政の世が来れば、たちまちにこの国はかつての栄華を取り戻す……と、まぁ、彼らはそう信じている」

「素晴らしい宗教だ。俺が軍人でなく、かつもう少し純真であれば、思わず傾倒しそうになるほどに」

 そう言ったソウジの声には、侮蔑の響きがあった。

 なるほど。何かを無条件で信じられるというのは純粋な者だけが得ることのできる一つの幸福に違いない。

 ただし、それは兵の命を預かる立場の将校が縋るべきものでは決してない。

 シュンもまた、彼の意見に賛成のようだった。

「けれど、彼らはそう信じている」

 ソウジの言葉に頷いてから、彼はむしろ憐れむように口を開いた。

「異なる意見を持つ者を言い負かすのは簡単だが、異なる信条となれば話は別だ。特に、そういった信条を自分や他人の命よりも重く見る連中は。だからこそ、あの戦争では多くの兵が無駄に死ぬことになった」

「計画を阻止すればいいのでは?」

 簡単なことのようにソウジが答えた。

「近衛総監部にその事実を伝えれば。お前の上司は、そのことを参謀総長に報告していないのか?」

「知らせたさ」

 シュンは事も無げに言った。

「だが、返答がないのだそうだ。おかげでこちらは勝手に動けない。だから、僕がわざわざここへ来たんじゃないか」

「それで俺を巻き込んだのか」

 彼がここへ来た理由を悟り、ソウジは嫌そうな顔を浮かべた。

「僕は今、少しばかり面倒な立場に置かれていてね。目立つわけにはいかないんだ」

 シュンは背負ってきた荷物を手渡すような声を出した。

「俺はいつまで、お前らの持ってきた問題ごとの尻拭いをしなければならんのだ」

 仕返しのつもりでソウジは言い返した。そこへ。

「頼むよ、兄さん」

 そう言って頭を下げたシュンに、彼はぽかんとした表情を浮かべた。

 随分長い付き合いになるが、彼からこうした態度を取られるのは初めてだったからだ。

 特にシュンは、ソウジやサクヤたち昔馴染みの中で一番遅れて施設へやってきた。物心つく前から一緒だった五人と比べれば、少し距離があったのだ。

 それが今、自分を兄と呼んで頭を下げているシュンを見て。

「……やれやれ。そこまで信頼してもらえるとは、有難いね、まったく」

 照れ隠しのように嘯いて、ソウジはそっぽを向いた。


「それで、具体的には何をして欲しいんだ」

 飲み下すには大きすぎる想いをどうにか噛み砕いた後、ソウジは尋ねた。

「できることならば、近衛の蹶起を阻止してほしいところだが……君も勝手には動けないだろうから、事が起こってしまったあとの対処について考えておいた方がいいだろうな」

 さらりと先ほどまでの態度を切り替えて、むしろ助言するようにシュンは答えた。

 ソウジは眉間を揉みながら考えた。

 うまく立ち回らなければならないと思った。

 特に今は、サクヤの監督権、そして第587連隊の将兵たちを人質に取られている。好き勝手に動き回れば、報復を受けるのは自分だけではないからだ。

 そうした内心を押し隠して、目を開いた彼は何でもないように肩を竦めて言った。

「……まぁ、分かった。俺なりに手立てを講じてみるか」

「よろしく頼むよ」

 それにシュンは立ち上がると、もう一度彼に向けて頭を下げた。

「おいおい、やけに真剣じゃないか」

 ソウジは茶化すように応じた。

「こんなことを頼めるのは君しかいないからね」

「なんだ、いったい。まさか、この国を頼むとでも言うつもりか?」

 どこまでも真面目な様子のシュンに、ソウジはむず痒そうに顔を背けて言う。それに、シュンは首を振ると言った。

「違う。サクヤをだ。サクヤを頼む」

 分厚い眼鏡の奥から、鋭い瞳がソウジを見つめていた。

「分かった」

 彼はただ、それに頷いた。そして誓うように言った。

「任せておけ」



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