006
第五中隊との腕立て伏せを切り上げたサクヤは、再び練兵場を巡った。あちこちで懐かしい顔と再会するたびに、熱烈な歓待を受けていると、気付けばすっかり日も傾きだしていた。
あまり遅くまでお邪魔しては迷惑だろうと衛門へと向かったサクヤは、そこで待っていた光景に目を丸くした。
衛門前の広場には彼女を見送るため、相霞台練兵場にいた元587連隊の将兵が一人残らず整列していたからだった。
少し顔を出すだけのつもりだったのに、随分と大事になっちゃったなぁと、申し訳ない気分になる。
「ええと、今日は突然、お邪魔してごめんなさい。それに、お土産まで貰っちゃって……」
綺麗に整列した彼らの前で口を開いたサクヤの両手は、兵たちから半ば押し付けられるように渡された菓子の缶や箱で埋まっていた。
帝国陸軍では、兵士たちの慰労や士気を保つことを目的に月に一度か二度、菓子や茶、酒などが中隊ごとに配給されている。サクヤが帰ると言い出した途端、それを聞いた兵たちが各中隊の隊舎に残っていたそれらを根こそぎかき集めてきたのだった。
そんなもの受け取れないと断っても、お願いだから受け取ってくれと頭まで下げられては断れるものも断れなかった。
ミヤコといい、彼らといい、自分は押しに弱いなぁと反省しつつも、もしかして栄養の足りない子だと思われているのかしらなどと、見当違いな憶測を立てているサクヤなのだから、贈った彼らの気持ちは報われない。
「それじゃあ、あの。みんな、元気でね」
別れの言葉を口にしたサクヤへ、最前列に立っていた一人の曹長が裂帛の号令で応じた。
「木花連隊長殿にぃ、敬礼!!」
それに合わせ、全員が一糸乱れぬ動きで彼女へ敬礼を送る。菓子の入った缶を落としながら、慌てて答礼を返したサクヤへ、兵の誰かが列の中から叫んだ。
「我ら第587連隊将兵一同、連隊長殿のご帰還を心よりお待ちしております!」
瞬く間に賛同の声が唱和する。
列から離れた場所に立っていたミツルは、それに顔を顰めた。
もしもこれが軍上層部や、議会に伝わったら、間違いなく面倒なことになるだろうなと危惧したからだった。しかし、彼にはその合唱を止める術がない。
ミツルはふと、警衛所へ目をやった。当直の警備司令である中尉は、自分は何も見ていないとばかりに腕組みをしながら、両目をぎゅっと瞑っていた。
「私は、もうみんなの連隊長ではないのだけど……」
ようやく静かになったところで、サクヤが小さく言った。それは今日一日で何度も繰り返した訂正の言葉だった。けれど、結局誰もそれを受け入れず。帰ってくる言葉はいつも同じものだった。
「我々の指揮官は、木花連隊長殿以外、あり得ません」
やはり、列の中から誰かがそう答えた。
「……ありがとう」
酷く曖昧な笑みを浮かべて、サクヤは応じた。微笑んだまま顔を上げて、彼らに向き直る。
「ええ、また来ます。必ず。約束します」
そう告げて、彼女は警衛所の中尉へ練兵場から外へ出る許可を求めた。彼はさっさと帰れと言わんばかりに、すぐ許可を出した。コウとミツルが外まで送りたいと申し出ると、中尉は何もかも諦めた表情でそれに頷いていた。
明日以降、投稿済みの第一章を順次改稿してゆきます。が、別段、内容等に変化はありません。




