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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第二章 夏(前) 恋する連隊
58/205

003

 琥翠堂を後にしたサクヤは、その足で帝都南西の郊外へと向かった。

 爆撃で荒れ果てた土地をしばらく進むと、やがて大きな鉄門が見えてくる。

 それは陸軍が帝都近辺に保有している中でも、最大の敷地面積を誇る演習場、相霞台練兵場の入口であった。

 ここには現在、首都防衛の即応戦力として、帝都守備隊の一個大隊が常駐している。

 サクヤは久しぶりに与えられた休日を、春に交わした小さな約束を果たすために使おうと思ったのだった。


「木花連隊長殿!?」

 衛門前へ辿り着いたサクヤを見て、歩哨に立っていた軍曹が驚きと喜びの入り混じった声をあげながら駆け寄ってきた。

「あら。笠原軍曹。お久しぶりね」

 駆けてきた、二十代前半といった年頃の彼へ、サクヤはにっこりとして呼びかけた。軍曹は乱れた息を一瞬で整えて姿勢を正すと、感極まった表情で彼女へ敬礼をおくる。

「は、はい! お久しぶりであります! じ、自分の名を憶えていてくださったのですね!?」

「もちろん」

 素早く答礼を返しながら、サクヤはさらに笑みを深めた。

「ほ、本日はどのような御用件で……? ま、まさか、遂に守備隊配属になったとか……!?」

「ええと、ごめんなさい。そうではないの」

 全身で喜びをあらわにするように尋ねた彼へ、サクヤは少し困ったように笑いながら答えた。

「ただ、懐かしい顔を見たいと思ってね。貴方は元気そうで何よりだわ。みんなは、どうかしら?」

「ええ、そりゃもう、連隊長殿が来てくだされば元気いっぱいですよ」

 そんなやり取りをしつつ、サクヤは警衛所へ向かった。笠原はその後をずっとついてきた。


 警備司令の当直に就いていたのは、サクヤの知らない中尉だった。

「つまり……本日は、私用で参られたということでよろしいですか。木花“少佐”?」

 彼女へ警戒するような目を向けながら、彼は少佐という階級をわざと強調して発音した。

「はい。用件は、そうね……旧友の様子を見に来たということでよろしいかしら?」

 サクヤが尋ねるように言うと、中尉ではなく横にいた笠原がぶんぶんと首を縦に振った。

「笠原軍曹……貴様、いつまで持ち場を離れているつもりだ。早々に任務へ戻れ」

 中尉が彼を睨みつけながら口を開いた。

「お前が立つべきは、少佐殿の隣ではなく、衛門の前だ――」

 と、彼がそこまで言ったところで。

「木花連隊長殿!!??」

 練兵場の奥から、サクヤを呼ぶ声が響いた。見れば、数人の兵たちが我先にとこちらへ駆けてくる。

 あっという間に警衛所前は騒がしくなった。中尉はもう何も言いません、という表情を浮かべながら、サクヤの入場を許可した。


 相霞台練兵場への立ち入りを許されたサクヤは、たくさんの兵に囲まれながら敷地へと踏み込んだ。

 わいわいがやがやと騒ぐ男たちと共に、とりあえず奥に見える隊舎へと向かう。隊舎は木造三階建てで、全部で六棟あった。その一つの前を横切った時。

「こ、木花連隊長!?」

騒ぎに気付いた兵の一人がサクヤの姿を見つけるなり、窓枠から身を乗り出して、信じられないものを目の当たりにしたような大声をあげた。

「は? 連隊長?」

「ほ、本当だ……! 木花連隊長だ!!」

 辺りに響き渡った彼の声は、瞬く間に隊舎全体へと伝搬した。

 やがて、窓という窓が兵たちで埋まった。誰もが嬉しそうに、満面の笑みで手を振りながらサクヤへ呼びかけてくる。

 そんな彼らへサクヤもまた笑顔で手を振り返すと、さらに歓声が沸きあがった。

 中には彼女への想いの丈をあらん限りの力を振り絞って叫んでいる者もいたが、残念ながら、その叫びは周囲の歓声に掻き消されてしまい、サクヤの耳には届かなかった。

 そうこうしている内に、隊舎から飛び出してきた兵たちもサクヤの周りに集い始めた。

「連隊長殿! あの、お元気そうで、えっと……あの、本当に、良かったです!」

「貴方も、元気そうで安心したわ。市丸上等兵……あら、伍長になったのね」

 懐かしい顔に囲まれたサクヤは、次々に挨拶をしてくる彼らへ一人ずつ応じてゆく。遂には、兵たちを押し退けるようにして将校までやってきた。

「お久しぶりです、連隊長殿!!」

「あら、金本大尉……あ、ごめんなさい。今は中尉なのね」

 目の前でぴんと背筋を伸ばした中尉へサクヤが答えると、彼は顔面をだらしなく緩めた。

 そんな調子で、誰も彼もが、我も我もと押し合いへし合い彼女の前へやってきた。

そして、サクヤに名を呼ばれると、まるで桃源郷にでも辿り着いたかのような笑みで、顔を蕩けさせるのだった。


 これは誇張でもなんでもなく。サクヤは一度でも自分の指揮下にあった者の顔と名前を一人残らず記憶している。それが指揮官たるものの責務であると、彼女が固く信じているからだった。



今月は毎日更新であります。なんなら、お正月分も書けております。


年末年始の忙しい日々、読者の皆様におかれましてはどうぞご自愛くださいますよう。

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