第四十八話
「……自分は帝都に戻れば、この街で見聞きしたものを全て、報告せねばなりません。当然、それは議会にも伝わるでしょう」
「ええ。そうでしょうね」
「問題になりますよ」
「もちろん、なるでしょう」
脅迫めいたソウジの言葉に、ヒスイは当然のように頷いた。
「……せめて、あと一年待てませんか」
一転して、帝国陸軍最年少の中将はどこか懇願するようにそう言った。
「まだ、戦後二年目です。終戦処理もようやく落ち着いてきたばかりという今、何も議会と真っ向から対立することはないでしょう」
帝国議会は、その過半を陸軍派の議員によって占められているとはいえ、前首相だった彼女の父親を指示していた者たちもわずかばかり、末席にしがみついている。
議会が通常通り開催されるようになれば、ヒスイの影響力を行使して議会内にちょっとした勢力を築くことも不可能ではないはず。そうなれば、何もこんな横紙破りじみた真似をせずともよくなるはずだ。
「――なるほど。確かに、貴方の言う方法こそが常道でしょうね」
その主張を黙って聞いていたヒスイは、やがて同意するように頷いた。
「ただ、一つだけ分からないことがあります」
ソウジを問い詰めるように見つめながら、彼女は口を開いた。
「何故、貴方はそこまで必死なのでしょうか」
まるで、胸の内側を見透かしているかのようなその質問に、ソウジは口を噤んだ。そこへ、ヒスイがさらに切り込んでくる。
「せめてあと一年。貴方は今、そう口にしましたね。中将」
確信めいた口調のまま、彼女は訊いた。
「あと一年。それで何が変わるというのでしょう?」
あと一年。その言葉の意味を、ソウジは答えなかった。
そしてきっと、織館ヒスイはその一年の意味をすでに知っている。
ソウジが決して、彼女やこの街のことを案じてそう口にしたのではないことを。
あと一年。それは、木花サクヤが被監督の義務から解放されるまでの期間だった。
それまで問題を起こさず、起こさせず。ただただ、耐え忍ぶ。議会がまた、未成年者に対する馬鹿げた法律を作り出さないように。
それだけが、彼にとって何よりも大切なことだった。
しかし。
「今日できることは明日もできる。けれど、同じ結果になるとは限らない」
黙したままのソウジを見つめながら、織館ヒスイは静かに呟いた。
「私は、私が正しいと信じた行動について、決して躊躇わない。何よりも、この国の未来のために」
彼女は突き放すような声音で、そう告げた。
それは事実上の宣戦布告だった。
分かっているさ。
ヒスイの瞳に浮かぶ、揺らぎようもない決心を見つめながらソウジは内心でそう毒づいた。
分かっているさ。俺だって。
貴女が正しいことくらい。




