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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
最終章 桜花舞う!!
202/205

019

 ソウジの発言に、その場にいた誰もが耳を疑った。

「陛下って、何処に……?」

 誰かが呟いたその前で、少年がソウジに向けて進み出る。

 どこか典雅なその顔を頷かせて、彼は言った。

「よろしい。臣からの申し出、さし許す」

「有難くあります、陛下」

 誰もが唖然として見つめる中っで、ソウジは腰を半直角に折り曲げた。


「推敲している時間すらなかったもので。不適切な語句が含まれるかもしれませんが、何卒、ご容赦のほどを」

 そう前置きして、ソウジは胸元から一通の封書を取り出した。やはり、準備に時間が無かったためか。彼の上奏文は短いものだった。

 彼が訴えたのは三つのことだ。

 一つ。木花サクヤに掛けられた国家叛逆の嫌疑はまったくの事実無根である事。

 彼女はむしろ、御国にとっても、陛下にとっても、最も忠良なる臣下の一人であり、それはこれまでの功績を鑑みれば、明らかである。

 そして二つ目。そうであるにも関わらず、一部不逞の輩によって無実の罪を被せられ、処刑されようとしている。

 これを許して、代々の帝にどう申し訳が立つのか。

 どうか、公明正大なる大御心をもってご判断いただきたい。

 そして最後に。

「なお。我ら戦友一同は、陛下がどのような御決断を成されたとしても、最期まで木花サクヤ少佐と運命を共にする所存であります」

 奏上をそう締めくくったソウジの背後には、第587連隊の将兵が居並んでいる。

「……脅しかな、それは」

 少年帝は微笑んで応じた。

「いいえ、陛下。決してそのようなつもりはございません」

 まさに脅し以外の何物でもないのだが、ソウジは神妙な顔で腰を折った。


「馬鹿な!!」

 ソウジが腰を折って少年帝からの返答を待っていると、マレミツが罵るように口を開いた。

「突然、何を言い出すかと思えば……血迷ったのか、中将! そこの小僧が帝主陛下であるなど……ほかの者は騙せても、わしはそうはいかんぞ! 何故なら、わしは一度陛下に直接お会いしたことが」

「お前さんが見たことあるのは影武者じゃよ」

 せせら笑うマレミツを、しわがれた老人の声が遮る。

「なんだ!? 今度はいったい誰だ!!」

 癇癪を起こしたように怒鳴りながら、マレミツは声のした方向を睨んだ。

 そして、言葉を失う。

 営庭の入口には、妖怪のような相貌の老人が立っていた。

「そのお方こそが、今上帝主陛下じゃ」 

 杖を突いて、億劫そうな足取りで少年に近づきながら老人は続けた。

「もっとも、顔を知っておるのはわしと政府の大臣どもと、一部侍従だけじゃから、参謀総長如きでは知らんのも無理はないがの」

「せ、清華院……ホウショウ……どの?」

 わなわなと震えるマレミツの口から、老人の名が漏れる。

「なんだ、爺も来たのか」

 この国で起こる全ての黒幕とすら称される老人に、少年は何気ない口調で言った。

「なんだ、ではありませんぞ。若。貴方が突然、お姿をお隠しになるから帝宮は大騒ぎだというのに……」

 そこで言葉を切ったホウショウが、じろりとした目をシュンに向ける。

「爺。帝宮を抜け出したのは私の意思だ。中佐殿には何の責任もない」

「帝宮を抜け出す手伝いをした時点で、十分に責任ありかと存じますぞ、若」

「ならば、爺は免職ものだな。そもそも中佐殿を私につけたのは爺ではないか」

「そういうお話なら喜んで。これでようやく、ゆっくりと隠居できますわい」

「おお。それはいかんぞ、爺。爺にはまだまだ、暗躍してもらねば」

「それはよろしいが、何でもかんでも裏でわしが糸を引いていると思われるのは癪じゃのう……」

 屈託なく笑う少年に、ホウショウが疲れたように息を吐く。


 その光景を目の当たりにして、遂にマレミツは観念した。

 清華院ホウショウが敬意を払う人物は、この世にたった一人しかいないからだ。

「それで、爺。先ほどの御代中将の奏上は聞いていたであろう。真偽のほどはどうなのだ」

 少年帝が真顔で尋ねる。

「真偽も何も。あったのは手紙が一枚だけです」

 ホウショウはあっさりとした声で答えた。

「つまり。木花少佐が国家叛逆を企んでいるという事実は何一つないのだな」

「さぁて。わしはどうやらこの件から除け者にされておったようで。そこの参謀総長にでも尋ねればよろしかろう」

 そこで二人の視線がマレミツへ向いた。

「わ、わし、いや、自分は、議会の決定に従ったまでで……」

 慌てて、彼は口を開いた。

「自分は何も知らんのです! 参謀総長とはいえ、所詮は軍人。軍人は議会の決定に従う義務がある! だ、だから、わしは、自分は、自らの職務を全うしようとしただけで……」

 狼狽したように喘ぐマレミツに。

「そうか」

 少年帝は酷くあっさりとした顔で頷いた。

「では。私が木花少佐を銃殺するという決定は不当であったと言えば、この場は治まるのだな」

「そ、それは……もちろんであります。陛下」

 確認するような彼の言葉に、マレミツは恭しく脱力した。


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