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桜花舞う!!  作者: 高嶺の悪魔
第一章 春(前) 帝都の日々
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第十八話

 しまった。

 誰もが黙りこくっている中、コトネは頭を抱えた。

 シュンのいう“面白い”が、どれだけ面白くないのかを忘れていた。しかも、ここにきてその話は最悪だ。

 恐る恐る、コトネは隣のサクヤへ視線を送った。

 彼女の予想通り、サクヤは俯いていた。膝の上に乗せた手は、傍目に見ても痛いくらい握りしめられている。

 サクヤの頭越しに、どういうつもりだという目をシュンへ向けてみた。当の本人は、あれ、面白くなかったか? などとちょっと残念そうにしているのが信じられない。

「戦争狂ね」

 中庭から響いてくる、小鳥たちの囀りを背にコウが小さく反芻した。

「そんなもん、俺たちだって同じだぜ」

 吐き捨てるように言った彼の言葉に、生まれてからずっと戦争に関わって生きてきた彼らは誰も反論することができなかった。


 そもそも。五十年もの間、ずっと戦争が続いていたのだ。

 時期によって多少戦況の良し悪しがあろうとも、戦中に生まれた子供たちにとって、戦争自体はもはやただの日常だった。

 戦中も辛うじて行われていた学校教育は基礎的な軍事教練の場に成り果て、軍の委託を受けた新聞社の発行する紙面には戦意高揚を図る美辞麗句が並び、ラジオは戦場へ赴く若者たちをひたすらに賛美し続けた。社会がこのような状況なのだから、そこで育った子供たちが疑問を抱くはずがない。

 戦争も末期になり、徴兵年齢が十八から十五歳へと引き下げられた時も、彼らは当然のようにその運命を受け入れ、戦争へと駆り出されていった。

 幾人か、良識と良心を残していた大人たちが戦争の終結を訴えたところで、戦中に生まれた子供たちは、その言葉の意味するところを理解することすらできなかった。

 それほどまでに、彼らにとって戦争とは当たり前の日常であり。その営みは終わることなく、営々と続くのだと信じ切っていた。

 いや。そもそも。

 戦争とは何かということでさえ、彼らは理解などしていなかったのかもしれない。


 コウの一言から、座敷の中には重苦しい沈黙が満ちていた。

 誰もが“戦争狂”という言葉に、過去の自分を重ね合わせているのだった。

 その沈黙を破ったのは、サクヤだった。彼らの会話が止まった頃を見計らって運ばれてきた、食後の甘味を一つ口にした途端だった。


「これ、甘い!!」

 桜の花弁を象った練り菓子を一口食べたサクヤは、感激したように大声を出した。

 砂糖は戦中戦後を問わず、貴重品だ。あらゆる物資が優先的に送られてくる軍にいたとは言え、甘いお菓子など数えるほどしか食べたことのない彼女にとって、それは先ほど口にしたどの料理よりも遥かに新鮮なものだった。

 最初の一つをあっという間に食べきってしまい、サクヤはしまったと後悔した。

 小さな皿の上に乗った練り菓子は、あと三つしかない。今の調子で食べていたら、すぐになくなってしまうと気付いたからだった。

 次はちゃんと味わって食べようと決意して、緑の葉を模した菓子を竹さじで小さく切り取って口へ運ぶ。

 甘い。

 途中、少しだけ濃く淹れられたお茶で舌を洗い流し、また一口。

 甘い。美味しい。

 ただそれだけで頭の中がいっぱいになる。黙々と竹さじを動かして、練り菓子、お茶、練り菓子の順で口に運んでゆく。

 そうやって、夢中で菓子を頬張っているサクヤの様子に、気付けば他の者たちは肩の力を抜いていた。

 一口、一口、感動したように味わっている彼女へ向けられているその目には、彼らが軍隊も戦争も知らなかった頃と同じ光が宿っている。


 戦争狂。

 確かに、戦争の最中に生まれた彼らは一人残らずそうだったのかもしれない。それしか知らず、それしか教えられなかった彼らは、戦うことに疑問など覚えなかったから。

 だからこそ、サクヤは英雄だった。

 国家における英雄などではない。彼らのとっての英雄だ。救い主といっても良いかもしれない。

 それは天才的な作戦家だからでも、数多くの戦勝を収めたからでもない。あの、当たり前だった戦争を終わらせようと言い出し、そして実現させたから。戦争狂だった彼らを救ったのは、サクヤに他ならないのだった。




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