第九話
――第587連隊。
正式部隊名、帝国陸軍独立混成第587連隊。
それは、大戦末期に創設された帝国陸軍最後の連隊である。
三個歩兵大隊を基幹に、諸兵科で編制されたその連隊は、大戦中最大の激戦地とされた大陸中東部、帝国軍が呼称するところの欧州戦域で連戦連勝を重ね、遂にはこの世が果てるまで終わらないとされた大戦を終結へと導いた。
それを率いた英雄たちこそが、今日、この場に集まった彼らだった。
「そうだな」
コウの一言に、ソウジがサクヤから視線を外すことなく頷いた。
正確に言えば、この中で彼だけは第587連隊の所属ではなかった。しかし、全てのきっかけを作ったのは彼だった。
士官学校を抜群の成績で卒業後、参謀本部勤務となった彼は、そこで天性の才能ともいうべき政治手腕を遺憾なく発揮して瞬く間に昇進、遂には帝国陸軍最年少の将官という地位にまで上り詰めた比類なき政略家である。
しかし、その異常な出世速度が返って仇になった。
彼の出世を妬む、或いは危険視する一部の者たちが画策して、彼を欧州方面軍司令官の地位に就けたのだ。言うまでもなく、ソウジに与えられた地位と権限は、彼を最前線へと送り込むための方便、生前贈与に他ならなかった。
そうして戦地へとやってきた彼は、そこで当時、すでに天才作戦家として大陸中にその名を轟かせていた木花サクヤと再会する。そして、自らの指揮する欧州方面軍司令部直轄の部隊として、彼女を指揮官に据えた第587連隊を創設したのだ。
彼を戦場に送って厄介払いしたつもりになっていた者たちは予想だにしなかっただろう。
まさか、その部隊が戦争を終結させ、彼が生きて祖国へ帰ってくるなどという未来は。
「第587連隊に」
奇妙な沈黙の後、誰からともなく湯呑が掲げられ、サクヤを除いた全員が唱和した。
「……ここに、いない人たちに」
一人遅れたサクヤが、小さく付け足した。
彼らは無言で湯呑に口を付けた。
ハツやミヤコから彼らとの関係を尋ねられた際、サクヤが曖昧にしか答えられなかったのには、こういった理由があった。
つまり、この場に集まった彼らはサクヤにとって、共に育った家族、兄妹であると同時に、共に戦場を駆けた戦友であり、そして上官と部下という関係でもあるのだった。




