プロローグ
――世界中を巻き込んだ大戦争。
大国、小国。男、女。大人、子供。
戦えるものから順に参加した、狂気に駆られたとしか思えない人類総出の殺し合い。
およそ五十年の長きに渡って続いたその戦争が終わったのは、今からほんの二年前。
その前と後で、世界はすっかり変わってしまったという。
かつて存在していた大小無数の国々は歴史の中へ姿を消し、今や国家としての体裁を保っているものなど数えるほどしか残っていなかった。
そんな、世界中を巻き込んだ大戦争の結果。
私たちの国に残ったのは、戦えなかった老人や小さな子供たち。戦わなかった一部の人たち。
そして、戦った私たち。
――生き残った、私たち。
帝都を一望できる丘の頂上には、一本の大きな桜の木が立っている。
帝都であれば、何処にいても見てとることのできるほど巨大な木であり、伝わるところによれば千年の昔からそこに咲くという。
長きに渡りこの国と共にあり、その歴史を見守ってきたとされるその桜を、人々は千年桜と呼んでいた。
季節は春。
今年もまた、一冬の厳しい寒さに耐え抜いた巨大な桜の老木は重ねてきたであろう年月を感じさせぬほど見事に、大きく広げた枝枝の先に満開の薄紅の花を咲き誇らせていた。
帝都の西、内湾を越えた先に広がる大海から吹き寄せる、春の陽気を孕んだ潮風が花弁を攫い、桜一色に染まるその丘を、一人の少女が登っていた。
降り注ぐ桜吹雪の下、酷く調子の外れた、元の歌を知っていたとしても判断の難しい、一言で言ってしまえば、下手くそな鼻歌を歌いながら、薄紅の絨毯を踏みしめて丘の頂上へやってきたその少女は、千年桜に寄り添うように足を止めた。
それは、なにもかもが小柄な少女であった。
傍らに聳える千年桜の幹とは比べ物にならぬほど華奢な体躯に、全てが小さく整った面立ち。そこに輝く瞳には、思春期を終えようとしている年頃に特有の、思慮深さとあどけなさの混じり合った光が湛えられている。
小さな頭の両側で結われている濡烏の長い髪の毛は、辺りに散った桜の花弁を掬いあげては舞い上げる風に吹かれて揺れていた。
そんな、可憐と形容すべき少女はしかし、その身を厳めしい軍服に包んでいた。
飾り気のない滅紫の女袴の上から、国防色の大外套を羽織り、頭には同じく国防色の軍帽が乗っている。
少女には大きすぎるのか、丈が足首まで届いている大外套は酷く色褪せており、本来は階級章の縫い付けられているはずの襟と肩の部分には、乱暴に引き剥がしたような跡があった。小さな頭の乗せた軍帽もまた、彼女が動くたびにまるで首振り人形のように揺れている。
幻想的な桜色の世界に佇む軍装の少女というその情景は、あたかも虚構と現実の対比であるかのようであった。
少女の名は、木花サクヤという。
この帝都で、いや、この帝国で、彼女の名を知らぬ者は誰一人としていない。
二年前。あの五十年にも及んだ大戦争を終わらせた英雄として。