9.平賀桐人、蹂躙する
ついに始まるキリト君の無双!
彼の猛攻に魔族たちは耐えられるのか!?
そして空気になってしまったユーフェイちゃんは!?
熱が蛇のごとく肌をなめる。
「土御門の小僧が……この屈辱は万倍にして返してくれる!」
そう言ってきた祇園守紋のハゲ狸はすぐに骸となって転がってしまった。
「化け物め……! 禁忌の果てに人の心まで失ったか!」
そう罵倒してきた英国人は、炭になって砕け散った。
なるほど、試運転は上々だ。
「返して! お父さんを返してよ!」
少女の声が聞こえる。目を向けると、かわいらしい顔を煤まみれにして小さな刀を向けてくる綺麗な羽織――といっても、もう火でぼろぼろだが――を着た、幼い少女が見えた。
「悪いが、それはできない」
「なんでよ! どうして!」
「死んだからだ」
ひぅっとひきつったような悲鳴を上げた少女は、刀を取り落として泣きじゃくり始めた。……やれやれ。しまったな、初期動作試験項目に子どもの面倒は入ってないんだが。
「かえしてぇ……かえしてよぉ……ひっぐ……おとおさんかえしてぇ……」
「………………ごめん。でもしかたないんだ。君のお父さんは僕の父と母を殺した。次に標的となるのは僕だった。例え彼にその気がなかったとしても、僕は彼を脅威として認めてしまっていた。それは、彼を殺戮対象として認識することと同義で……つまり、その、彼を殺すまで止まらなかったんだ」
「なんで……どうしておとうさんなの……ひっぐ、どうして……」
「まあ、君が僕を憎むというならこの後好きにしてくれ。僕はもうじき使命を果たして死ぬから、その死体をばらばらにするとか、そこら辺で我慢してくれないか?」
その言葉に彼女は顔を上げる。どうやらおびえているみたいだが……なぜだ?
「な、なんで……しぬの?」
「ん? そりゃあもちろん、あの侵略者たちを皆殺しにしろって使命の元生み出されたのが僕だからね。生命魔工学により生み出された僕は、生まれながらにして完成した殺戮者だ。殺しになんの忌避感も感じないが、それはそれとして、僕の存在は危険だ。だから僕は僕自身に『奴らを殲滅したら自害しろ』という命令を植え付けたん……あーわかってないって顔してるね。まあ、いいか。簡単に言うと、僕は危険だから、あいつらを殺したら自殺する。わかった?」
「え、なんで……だ、だって……あなた……」
「じゃ。もう行くから」
「待って! あなた、これが初めてのお外なんでしょう? 悲しくないの!?」
実に答えづらい質問だ。素晴らしいね、彼女の将来が楽しみだ。まさか殺戮機械であることを望まれて生まれた僕に悲しくないのかなんて――感情があるのかなんて聞く人間がいるなんて。
僕の代わりに悲しんでくれるなんて。
なんてやさしくて残酷な人なんだろう。
「悲しくはないさ。君が代わりに悲しんでくれるから、僕は喜びを持って死ぬことができる。いいね、これが嬉しいって感情か。……いいね」
うん、すっごくいい。なるほど、確かにこれのためならなんでもできそうな気がする。
「そういえば君の名を聞いていなかったね」
「え? ……命。賀茂命」
「ふむ? 賀茂氏ね、なかなかどうして……僕は土御門切人。土御門五三代目当主にして禁忌の鬼子。ただの殺戮兵器だ」
「走れ、炎剣騰蛇」
炎が蛇のごとく肌を舐める。
轟音を奏でながら迫りくる蛇腹剣を寸前でかわしながら、侍女長のミンクは考える。――どうしてこうなった!!
「おいおい、しっかりしろよ虫ども。君たちはこの俺に敵として認められたんだぞ? それが先ほどから逃げ回ってばかり……恥ずかしくないのか? このクズどもが! 生まれたての羽虫でもそんな動きはしねえぞ! おい、逃げるな! 戦えよ! 俺の前でその命を散らしながら全力で抗って見せろよ!! それでも魔族か!? お前たちは強者なんだろうがさっさと戦えよなあおい!!」
化け物め……!!
魔族よりも魔族らしい力を持ち、堂々と敵を蹂躙する。その姿はまさしく王――殺戮者の王。実際、こいつの姿が変わってからは近づくこともできずに炎にあぶられているだけだ。
「囲め! 先ほどから見ていたが、こいつの動きは明らかに戦士ではない! 魔法使いのそれだ! 近づきさえすれば、我らの勝ちだ!」
自分で自分の言葉が滑稽に思えてくる。そんなことは誰しもがわかっているはずだ。しかし、実行に移せないからこそのこの蹂躙劇。炎を纏った蛇腹剣がまるで生き物のように行く手を阻んでくるため、近づこうともただただ体中を燃やし尽くされるだけにすぎず、それがまた焦燥感となって苛立ちを生み、動きに隙ができる。
悪循環だった。
「ふむ? 戦士ではない……か。ああ、なるほどなるほど。では近づけるようにしてやる」
そう言うと、キリトは振り回していた蛇腹剣を腰に収めた。訳が分からない行動に、警戒して距離をとるミンク。同じように、仲間のメイドたちもミンクの周りに集まってきた。
「……どういうことだ?」
「明らかな挑発だな。近づいたら何か罠にかけられるはずだ」
「はったりか……?」
「あの後ろの子どもにもうかつに近寄れない。厄介な奴め」
だが、今の我々には罠だとしても踏み越えて行くだけの力がある。
「キングよ、ヤツを踏みつぶせ!!」
咆吼とともに振り上げられる足を全力で振り下ろす。生前の頃とは違い、脳が腐っているため無意識に制限されている力も解放された踏みつけだ。これならばあの憎き勇者もひき肉になって死んだはず。
「おいおいおいおい。まさか誰一人として殴りかかってこないとはな? 正解だ。今の君たちではこの俺の前にすら立てない虫けらだということがよく理解できているじゃないか。満点だよ、諸君」
死んだ、はずだった。
吹き上がるように燃え立つ火柱に押し返され、キングの巨体がよろめく。
「馬鹿な……!? なぜ、魔法を学んでもいない貴様がそれほどの魔法を……?」
「魔法じゃないんだな、これが」
ミンクは目の前に立つ人族の青年がとても恐ろしいものに見えてきた。なんだこいつは。あり得ない。確かに今まで召喚されてきた勇者は強かったが、最初からこれほど恐ろしい性能を発揮していたわけではない。勇者と言えども、自分の力がどのようなものなのか知っていなければ戦いにすらならない。そのため、ある一定の基準まで戦えるようになるまで指導役兼護衛役とともに過ごすのだ。
それが、どういったことだろう。この男は、指導どころか転生してきて間もないというのにこのあり得ない力で魔獣の中でも上位に位置するキングすら退けている。
この男は、今までの勇者とは違う。決定的に何かが……ややもすると今のうちに仕留めなければ魔王の――ひいては、姫様の障害となって立ちはだかるかもしれない。
「貴様だけは……刺し違えてでもここで殺す!!」
そんな悲壮な決意を決めたミンク以下メイド隊とは裏腹に、キリトはとても楽しんでいた。
それはもう、彼女たちの想いを踏みにじるほどに。
「これがどういうものか知りたいか? 知りたいだろう。わかるわかる。だが、なんでも聞けば教えてくれると思うなよ? でも俺は教えちゃう! 我が身に宿りし四神の魂を依り代として、この五行デバイスを通じた神降ろし――通称、降神。陰陽術。魔法というのが世界の書き換えならば、これは世界そのものを身にまとう。つまり、魔法を行使するときのようなキックバックがないのさ――っと」
おいおい人が気持ちよく語っているのに話を聞けない奴は嫌われるぜ? などと嘯きながらミンクの鉄拳を軽々と躱すキリト。まるで風に揺れる柳を相手にしているかの如く手ごたえがない。先ほどの醜態はどこへ消え去ってしまったのか。
かと思えば、
「ほぅら、空いてるぞ?」
「がぁっ!?」
煉獄の炎を吐き出しながら蛇腹剣が襲い来る。右も左も……上も下も前も後ろも、すべてが必殺の間合い。隙などなくとも死角から飛び出してくる炎の蛇は、確実にミンクたちの体力を削っている。
「さて、ここで魔法との違いが明確に出る。陰陽術も確かに世界への干渉だが、神降ろしだけは違う。これは世界を自身に呼び込むもの。世界から術者への干渉と言い換えてもいい。世界への干渉を吐き出す力とするなら、俺はそれがない代わりに自身への干渉、世界を引き込む力に優れているというわけだ」
「っるさい! だからなんだ!」
「つまりこういうこともできる」
言うや否や、キリトの全身が炎に包まれた。それだけではない。何か……そう、存在感が増している。先ほどの魔力の奔流とはまた違う、彼を見ていると自分たちが下等で矮小なものだと感じるような、姫様を相手にしているような気持ちになるのだ。
「だから、なんだ!!」
それがどうした。そんなもので我らメイド隊の姫様への忠義を削げるとでも思ったか。その程度のことで怯むならば、今ここに我らは立っていない!
ミンクは至近距離で隙ができたキリトに立ち向かい、全力で拳を振りぬく。筋力強化に命中補正、速度上昇や衝撃強化など、総計十二もの強化魔法を拳に乗せて叩きつける。その一撃はバリスタから発射される滅龍矢すら超えていた。
そしてもちろん、その程度なわけがなかった。
炎の化身と化したキリトは、ミンクの全身全霊の一撃をあっさりと受け止め、力に任せて彼女を殴る。これ以上ないほどの殴打。殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打――――!!
ガトリングのように打ち出される拳は的確にミンクの急所を捉え、吐き出される熱と炎を後ろに放つことによる加速で文字通り身体を砕いていく。
「講釈を続けよう。このように、自分の身を位階的に上位の精霊とつなげることにより、物質界の法則に囚われず、自分の解釈した通りに精霊の力を振るうことができる。要するに、君たちは頑張ってテストを解いているが、俺は最初から答えをカンニングしながら挑めるわけだな」
炭化し、粉々に砕かれていくミンクにできる抵抗と言えば、ただただ吸血鬼の力で再生を繰り返し、気持ちよく講釈を垂れ続けるキリトをにらみつけることだけだった。
「メイド長!!」
飛び出してきたメイドの一人――デュラが炎剣騰蛇に貫かれ、上下に分かれる。あれは再生に時間がかかるだろう。
メイド隊を翻弄していた蛇腹剣の一瞬の隙を突いて短剣を持ったメイド――ズィーアが空を駆けるような速度でキリトに迫り、ミンクを殴っていた腕を切り落とす。ぼろぼろの眼球を再生した彼女が最初に見たものは、身体の中から炎に焼かれ悶え苦しむズィーアの姿だ。
メイド隊の中でも特に剣技に長けたワンが魔物使いのウーナと連携し、キングとワンの息の合った攻撃を仕掛けるが、ひとまとめに炎に飲み込まれてしまった。
メイド隊、一瞬で全滅。
いつの間にか膝をついていたミンクは、零れ落ちる涙を拭おうともしない。
なんだこれは。
なんなんだこれは。
こんなの、もうどうしようもないじゃないか。ずるい。どうしてあいつだけこんな力があるのだ。
あんなに努力したのに、あんなに苦しんだのに、すべてが無駄だった。訓練で死んだことなど一回や二回では済まないというのに、また勇者に蹴散らされてしまった。こんなのあんまりだ。
目の前の惨状に視界が狭まるなか、目の端からこぼれた涙が蒸発していることに気づき、振り向くミンクの目の前に炎剣騰蛇の刃が迫っている。
ああ、これは死んだな。
そうして彼女は頭を吹き飛ばされた。
設定を次話で公開するといったな。あれは嘘だ。
はい、まごうことなき悪役ですねわかります。
実際キリトはヒーローであろうとするのですが、彼の本質は「悪を以って邪悪を制す」のため、どうしても配置が悪役に傾いてしまう傾向にあります。え? 何の特技もない少年? ははは。まあ特技じゃないからねこれ。嘘は言ってない。セーフ。
え? ユーフェイ? ちゃんといましたよ! ただちょっと空気なだけで……