6.平賀桐人、侮辱される
いやー帝都聖杯奇譚も良かった……ぐだぐだではなくシリアスだったけども。
あ、すみませんちょっと投稿時期が不定期になります。
「世界を破滅させる勇者を殺すために、私を手伝いなさい。耳長の戦士、ルル・イエ」
「何を――な、にを言っている!? 世界を破滅とは、大げさすぎるだろうが!」
初耳だった。というか、勇者という存在すらおとぎ話だと思っていた。それも当然だろう。勇者と呼ばれる者たちは遥か昔の記述――それこそ、耳長族ですら老境に差し掛かる時分に記されたものが最後の記述なのだから。
「ルル・イエ、あんたたちはホントにあんな何も知らないゴミクズがこの世界を救えるとか思っちゃってんの? バッカじゃない? 口だけしか取り柄もない、自分に与えられた権能を当然だと思っているクソ。おまけに性欲・名誉欲の権化でナチュラルに支配しようとするクズ。そんな奴がこの世界を我が物顔で歩いてるのよ? 許せなくないの?」
「そんな……まるで見てきたような言い方だな」
「見てきたのよ。実際にね。体験もした。だからこう思ったの。『この世界に召喚された勇者は即刻抹殺すべきだ』って」
「………………」
見てきた、と言った。まさかこいつは五百年前から生きている魔族なのだろうか。だとすれば……私に勝ち目はない。年齢とともに魔力が成長する耳長族は、一般的に二百年から三百年ほどが魔力のピークだと言われている。同じように魔族も魔力が伸びやすいタイプだが、彼らは耳長よりもはるかに魔力の伸びに優れ、強大な魔力に耐えるために肉体も強化されていくという、まさしく戦闘民族の誉れを受ける者たちである。それが五百年とは……その身に宿した魔力は計り知れないものがあるだろう。
しかし、五百年ともなればいくら魔族と言えども老いを感じるはずだが……あの肉体操作能力、もしや尋常のものではないな?
「貴様、一体何を……」
「私は勇者たちに奴隷にされた。ひどい扱いもされた。性奴隷どころじゃないわ。殴ったり蹴ったりなんて可愛いほうで、剣で切り刻まれたり魔法の的にされたり、ゴブリンに犯される私を見て酒の肴にしたり、体内で虫型の魔物を繁殖させられたりしたわ」
「な……なんだ、それは……頭がおかしい……伝説に語られる勇者のすることではないだろう!?」
「するのよ。そして事実は外聞が悪いという理由で抹消させられる。そんなバカみたいなことがホントにあるなんてね。あいつらはただの害悪、戦争の道具にしても最悪の部類。傀儡にしてゴミのように使いつぶすのが一番よ」
だからここ、というわけか。この女、まるで狙ったように事件を起こしていたと思ったが、本当にキリトの言った通りだとはな。『この俺がいたから事件は起きた』か……まさしくそのとおり。キリトさえいなければこの事件は起こらなかったかもしれない。
「なぜ、ここなんだ? どうして私たちの里を狙った? 我々が何をした!? 死んだ耳長族も多い! 貴様の個人的な復讐に我々を巻き込むつもりか! あんなものまで持ち出してきて!」
「別にここが特別というわけでもないわ。私たちはどこにでも根を張っていて、今回たまたまここだっただけのこと。あんたたちを巻き込んだのは……まあ、少し悪いとは思っているわ……」
「悪いだと!? 貴様それで済むと思うなよ!」
私たち、だと? つまりこいつだけではない……組織的にキリトを殺そうとする勢力がいる? 仲間がいるのか? そうなってはかなり……まずい、今あいつの下にはユーフェイがいる。異邦人一人を殺すためにここまで大それたことを起こすような奴らだ、ユーフェイ一人の命などシルフィーネの吐息に吹き飛ばされる雲のように軽く摘み取ってしまうだろう。
それは絶対に許さん。
「ふん、人の話が聞けないの? これだから耳長は……それに、今あいつについていってる付属品なんてどうせ捨てられるわよ。勇者は自分の命が危ないと思ったらすぐに何を犠牲にしてでも逃げ出すし、女ことなんて性欲処理の穴としか思ってないわ。今すぐ引き離したほうがあの子のため。……あの様子だと、いつの間にか魅了されているみたいだし」
「魅了? そんな雰囲気には見えなかったが……」
「いいえ、されているわ。おそらく深層心理に働きかける類の能力よ。それも長くそばにいればいるほどに影響の出るタイプ。だっておかしいじゃない、あれ。あの子あそこまで深いれするタイプじゃなかったでしょ? ちゃんと考えて行動できるのにあんなに男に入れ込むなんて……絶対に許せない。魅了が解けた後の女が発狂するほど死にたくなるなんて考えもせずに……!!」
「あ、ああ………………ソウダナ」
………………こいつは知らない。ユーフェイの母親が死んだ原因――流行り病に罹った理由は、三日間ぶっ通しで子作りしていたため、体力が落ちていたからだということを。
そしてあまり気づいている者はいないが――というか、父親にも気づかれていないが、あれを見ているとユーフェイの母を思い出す。僅か二十五歳でアッセムに恋をし、はじけ火の蛇のように執念深く、そして徹底的に追い詰めて結婚までこぎつけたあの子のことを。
あれは絶対に母親似だろうなぁ……
アッセムも割と惚けた男だが、あれでも優秀な狩人であり、妻の座を勝ち取る競争も激しかった。そんな中あの男を仕留めたのは当時年端も行かぬ子どもだったというのが里の女性の中でも話題で、私もいくつか噂を聞いたことがある。曰く、アッセムに近づく女に恐怖の魔法をかけて脅していた、あいつの両親に圧力をかけて自分と結婚させるように誘導した、など、あれはすごかった。
くだらない噂だろうと一蹴していたが、本人に会った時に『アッセムに手をだしたら殺す』と真顔で言われたのはもう忘れもしないだろう……やはり血は争えないということか。
「まあ、ほら、うん……それはほっといてもいいんじゃないか? 本人も幸せそうだし」
「いいわけないでしょ!? あんな幼い子を手籠めにして、あれが勇者だと言えるの!?」
手籠め……うぅん、手籠めかぁ。ぶっちゃけアレの恋路に触れたくないんだが。
「だからと言って、ここで里のものごと皆殺しにされるのは看過できないな。耳長の戦士として、私はお前を倒す」
「ふん! キングに勝てない程度のアンタが私を倒す? 面白い冗談を言うわね。雑魚雑魚ざぁーっこの耳長ちゃんのくせして口だけはご立派なんだから!」
「ハッ! 別に勝たなくていいのさ! 私たちは時間が来るまであの堤防を守り切ればいい」
「だぁーかぁーらぁ! いつ私が一人だって言ったのよ! 雑魚ルルちゃん。こんな大それたことをするんだから仲間がいるってわからないのかしら! やっぱり耳長はアホねぇー!!」
すごいな……ここまで頭の悪い相手は初めて見たぞ。まさか自分から話してくれるとは思わなかった。いや、もしかしてこれは欺瞞か? まさか潜入工作員がここまで阿呆なわけないだろう。
「なんだと! だが、二人程度なら何とでもなるさ。忘れたのか? 私は耳長族イエの森守護者、ルル・イエだぞ! 我が剣に懸けてここは通さん!!」
周囲の戦士たちが厳しい目を向けてくる。流石にここまでしてはやりすぎだっただろうか? 少なくとも構成人数が絞り込めればいいのだが……しまったな。剣だけではなく演技の稽古もしておくべきだったか。
「あーっはっはっは! ばぁかばぁか! 私たちは五人! それも全員がそれぞれ周りの魔物や人を使役する術を持っているのよ! その軍勢はここにいる耳長だけでは止められないわ!」
「な、なにぃ!?」
疑問すら抱かないだと!?
もしかしてこいつ…………まれにみる阿呆ではないだろうか。これでよく潜入工作が成功したな。ん? もしかしてそれは耳長がこいつより阿呆だと証明しているような……いやいや、運がよかったということにしておこう。精神的にくるものがある。
「そうか五人か。では私はその仲間とやらを殺しに行ってくるから、ここは頼んだぞアッセム」
「承知した」
「ヴぇっ!? あ、あれ? ちょっと待ちなさいよ! ここは私たちの用意周到な計画に恐れをなして服従するところでしょ!?」
「馬鹿な、それこそあり得ない。随分とべらべら喋ってくれたが、ここまではキリトの予想通りだ。特に問題はない。動機と構成人数さえわかれば後は用なしだと言っていたが……まあ好きにしろ」
「――えっ? え、ちょ、ちょっと待って? は? 意味わかんない……予想通りってどういうこと……?」
「わからんか? お前が魔物の使役能力を持っていることも、複数人が潜伏していることも、未だに死んでいない可能性があったことも、あのキングが暴走状態にあることも、キングは複数人で使役していたことも、すべて――――キリトの予想通りだと言っているんだ」
魔族の女がよろめく。もともと透き通るような白さを持った肌が、今は血の気が引いているのか、病的なまでに白くなっていた。瞳孔も開いており、発汗もしている。完全に図星を突かれて焦った状態だな。
不意に、魔族が右手を振り上げた。
「やれ」
「ふっ!」
ずどんッ!! と到底弓で射た音とは思えないほどの矢の音とともに魔族の頭に大きな穴が開く。
頭を吹っ飛ばされた身体は一度ぐらついてからぐちゅぐちゅと奇怪な音をたてながら再生していき、そして数秒後には元の綺麗な顔が再現されていた。……完全に異能だな。まさか頭を吹っ飛ばしても生きているとは……不死身かこいつは?
「あ、あり得ない! なんで! どうして! あの時点では私しか見えてなかった! だから! こうなった時のために私は囮として存在を露出させていたのに!!」
「ははは、そうだな。私もそう思う。彼の御仁の頭の中はどうなっているのか……いやはやまったく、娘を預けるのに心配がないよ――で、だ」
アッセムが矢を放つと、一瞬で魔族の足元に大きく穴が開く。今のは威嚇だろうが、射出速度が速すぎて目で追いきれない。また腕を上げたなこいつ。
射出――射手としては初歩的な技能でしかないそれを極限まで鍛え上げ、今や極めたと言っても過言ではないその一射は、必殺の一撃と化していた。
本人は射出しか使えない出来損ないだなどとうそぶいていたが、奴の二つ名が物語っている。彼こそ耳長最高の狩人にして射手の頂点――
「覚えておけよ魔族……貴様は我が友人を侮辱した。ましてや彼が我が娘を虐げているとまで言い、彼の名誉を徹底的に貶めた。これが……これが許しておけるものか……!! その四肢、我が渾身なる一射にて、砕け散らせてくれる!! 我こそはアッセム! 流星を射るものにしてシルフィーネよりシルフィードを賜りしもの!!」
――アッセム・ステラ・シルフィード・ライオネル。ただの射出のみで英雄の位階にまで達した弓使いだ。
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