4.平賀桐人、逃げる
予約投稿をミスってたみたいです……しかも一回消えるし……
「かぼちゃ……?」
目の前のかぼちゃは明らかに通常の大きさではなく、蛇のような胴体とそれに付いた短い手足、化け物のような牙、縮尺のおかしい巨体を誇る『怪物』である。ここまでくるともう野菜でも何でもない、ただの化け物だ。
形状としては北欧神話に出てくるニーズヘッグが一番近いだろう。こちらには翼がないが、それは元が野菜のため仕方がない。空を飛ばないだけましといったところか。
「おいおい……この大きさ、どこに隠してたんだあの女! ありえんだろう! 確認された中でも最大級……城ほどもあるぞ!!」
隣で戦士長ルルが泣き言を喚く。そういう割には顔がにやけているが、こいつはそういうやつだ。おそらく敵わない化け物の出現に興奮し、これからのことを頭の中でシミュレートした結果、自分とあいつとの戦いを想定して興奮しているに違いない。それでも戦士長としての矜持か。すぐさま周りの部下に撤退を命じているのは流石としか言いようがないが。
「すぐさま村のものに避難勧告を! この周囲一体は戦場になる!」
「承知した! 戦士長はいかがなされる!?」
「私は……」
ちらりとこちらを見る戦士長ルル。その目には覚悟が見えた。ただの戦闘狂では絶対にない、本当の意味で命を賭ける覚悟が。
「この場には私のみが残る」
「却下だ。ついに頭まで蛮族になったか」
「貴様ッ!! いくらシルフィーネの愛し子とはいえあまり図に乗るならば愚かなるフラペトのように海に沈めるぞ!!」
怖すぎるんだが? どう考えてもこれほどの危機に戦士長が残るのは愚策だろう。それをわかっていないとか……所詮蛮族か……
「おい、こういった時の対処もあるんだろうが、いまは置いておけ。あの大きさだ。近隣の村から応援が来たり、他の人族たちの住む町から討伐隊が派遣されることは考えられないのか?」
「ないとは言い切れない。しかし、大半はすぐに逃げるだろうよ。人族の町からも冒険者が派遣されるとは思うが、それがいつになるかまでは……」
「そうか」
使えないな。という言葉を飲み込んで戦士長ルルの顔を見る。こちらと会話している間も意識はキングのほうに向けていて、警戒している。……やはりこいつでもそこまで警戒するような化け物ということだろうか? まあ多少はどうとでもなるのだが。
「よし、じゃあ俺が囮をやろう」
「は!?」
「キリト!?」
驚いている奴らを放っておいて、すぐさまキングのもとへ向かおうとすると戦士長ルルのやつに肩を掴まれて転びそうになってしまった。なんだこの蛮族。
「馬鹿を言うな! 異邦人をこのような危険な場においておけるか! 我らの品性が疑われてしまうだろうが! 大方お前が囮になっている間に村のものを避難させようといった魂胆だろうが、それは私の役目だ。貴様はさっさと避難の列に加わるがいい!」
「そうです! 逃げましょうキリト!」
「馬鹿を言うな? それはこちらのセリフだ。自分から死にに行くやつを見過ごすわけにはいかない。なぜならば……俺は女神に選ばれし者。救うためにこちらへ来た。ならばこの程度の危機くらい乗り越えて見せなければならないだろう。それとも何か? お前にはあいつをどうにかできる奇策でもあるのか?」
「それは…………だが、それは貴様とて同じことだろう! 見よ! こうしている間にも奴はどんどんこちらへ近づいてきている!」
じゃあもう一緒に来いよ……なんなんだこの蛮族は。そんなに仲良くなった覚えもないのに人のことを心配ばかりして。まあただの性格悪いやつが戦士長になれるわけもないか。もとはそういう性格なのだろう。
ならば、やはり死なせるわけにはいかない。女神アダマスの名に懸けて、選ばれし者であるこの平賀桐人がば――エルフどもの集落を救ってやる。
「任せろ。これでも俺は女神に選ばれし者だ。いくつか案もある。無駄な人死はさせない」
「なッ……」
絶句。まさにその言葉が似合う顔をしている。まあ自分の決死の行為を無駄と言い切られればそんな顔もするか。わかるわかる。うんうんすごくわかる。でも却下だ。
「さ、まずは具体的な話をしようか。移動しながらね」
「あの……」
ユーフェイは不安だった。
いくらキリトがシルフィーネの愛し子だとしても、あの巨大なキングに勝てる保証など何もないのだから。それも戦士長は早く逃げろと言ってくれている。ならばその言に従ってすぐに逃げるのが一番賢い選択ではないかと思う。
だからユーフェイは決断した。
キリトが無謀な行為を行おうとしたときは、キリトを戦闘不能にしてまでも……たとえ、それで仲間が犠牲になったとしても、彼を連れて帰ろうと。彼は確かにシルフィーネの愛し子だが、それは確実に人の範疇を出るようなものではない。そもそも、才能ある若者をほめたたえる慣用句なのだ。まかり間違ってもあのような怪物を一人で倒せるような英雄のことを指す言葉ではない。それを戦士長もわかっていたからこそあのような案を出していたのだろう。
無意識に、そして命の危険によりほんの少し鈍った思考で。
ユーフェイは秤にかけた。
キリトとその他を。
少なくとも死んでいいとは思っていない。ユーフェイはまだ子供だが、周囲の大人が彼女を大切に扱っていたことは知っている。だからこそ、できれば死んでほしくない。
しかし彼女は既に依存先を見つけてしまった。何もわからずにいたが、自分と一日ずっと一緒にいてくれた、守ってくれた、頭をなでてくれた、子供だからと侮らずに大事なところを任せてくれた。
自覚はしていない。だが、彼女の初恋は順調にちょっとおかしな方向へ曲がっていった。思春期真っ盛りの彼女は今まで親からの愛情に飢えていた。それを見せなかった彼女がすごいというべきか、気づかなかった周囲が悪いというべきか。それはどちらでもないだろう。
――ただ、ほんの少し彼女は人よりもさみしがりで、ほんの少し彼女は依存してしまうタイプで、ほんの少し運が悪かった、あるいは良かっただけなのだ。
「どうした? 疲れたならおぶってやろうか?」
「い、いえ、なんでもありません! これでも私は――シルフィーネの加護を受けた戦士なのですから!」
「ふ、そうか。ま、辛くなったら言ってくれ。お前は必ず守ってみせる」
「ほぁッ……!?」
ユーフェイは思った。
もうこれは恋人と言ってもいいのでは? むしろ夫婦では? いやもうすでに夫婦だろう、と。
――なお平賀桐人からすれば、ユーフェイは父親から少しの間任された大事な娘であり守るべき対象である子供だ。女神に選ばれし者である彼からすれば彼女は必ず守ると言ってもなんらおかしくないのだ。それがすんなり口に出すのはどうかと思われるが、性格上仕方ないことだった。
……思春期の子供には大うけだということは考慮できていなかったが。
「いくぞ」
「はい………………旦那様」
平賀桐人は、ユーフェイの目の中にあるどろどろとした欲望に気づかず、走り抜けていく。
秤は、片側に振れきった。
大丈夫かこいつ……?
何故か急に押し黙ってしまったユーフェイが心配ではあるが、今は戦士長ルルとの話が先決だ。構っている暇はない。……まあ甘えん坊な子だし手でもつないでおけばいいか。
少し走るスピードを落としてユーフェイと手をつなぎながらキングの対策を続けていく。
「まず前提としてキングは倒さないというかそもそも倒せないだろうあれは」
「ああ。あれだけ大きければ外皮も相応に固く、多少の傷では彼奴も止まらんだろうな。我々にできることと言えば誰かが囮になって注意を引くだけだ」
「そのとおり。だが、そのためにはあいつを引き付けるほどの何かがなくてはならない。……あいつは剣や弓程度で意識をそらすようなものなのか?」
「無理だな。私の全力の一撃で何とかなると思うが……わからない。それも何度か打てば消耗して立つこともできずに轢き殺されるだろうな」
……なんだろう、今頭にあのクソ忌々しい巨大猫がよぎったんだが。轢き殺された経験があるものからすればあれは割と最悪だった。二度と体験したくないな。
「じゃあユーフェイの魔法ならどうだ?」
「な!? ……できなくはないだろう。その子は魔法士長だった母親の才能を軽く凌駕するほどの天稟を持っている。今ですら我が部族の中でもトップクラスの魔力だ。将来はシルフィーネが認めるほどの魔法使いとなるかもしれん。しかし……!!」
「なら決定だ。この子の魔法で引き付け、対象を先ほど話し合った地点へと誘導する」
「くっ……!!」
ものすごい目でにらみつけてくる戦士長ルル。やはり納得いかないみたいだな。自分の村の子どもを囮に使い、しかも主導するのは怪しい異邦人。女神に選ばれし者とか自称しているしな。……まあ嘘はついていないし、俺は本当に女神に選ばれし者だからきっと大丈夫だろうという自信もある。とは言え、そんなことがこいつにわかるわけもなく、分かっていても感情で納得できないのだろう。まあわからなくもない。
が、却下だ。それが最適な回答ならばそうするべきというのが俺の持論だからだ。
「大丈夫だ、安心しろ。俺は必ずこの子を守り抜くし、被害も出さずに撃退してみせるよ。約束してやる。俺は女神に選ばれし者だからな」
「………………ッチ! その約束絶対に破るなよ。もしも破ったならドラゴンに散らされる花のように切り刻んでやる」
「そうか。……そろそろ相手の目の前だ。状況を開始する」
さて、キングとやらの実力はいかほどかな?
「切り裂く花は天へ上る」
正直見くびっていた。何を? ユーフェイの実力だ。俺からすれば彼女はまだまだ子ども……幼女だ。実年齢も見た目相応らしく、体力のなさが目立つようだった。とてもこの大討伐に耐えられるような力があるとは思えなかったが、そこはそれ、俺が彼女を抱えて走れば何の問題もないと思っていた。
ところが蓋を開けてみればどうだ。身体強化魔法で易々と俺たちについてきて、敵の前ではひるむことなく魔法をバカスカと撃ちまくっている。異常だ。いや、これがこの子のポテンシャルだと言われればそうだが……
「ユーフェイ、残存魔力には注意してくれよ。散発的にやってこそ効果があるんだ。自分のペースというものを軽んじてはいけない」
「ええ、大丈夫ですキリト。だって私はユーフェイ・ライオネル。雷の子とまでよばれたこの力を見せてあげる」
…………ん? もしかして話通じてないのかな? ユーフェイさん会話してくれないときっついんだけど大丈夫かな? ……大丈夫じゃないよな。
「ユーフェイ。まずは落ち着いて状況把握に努めるべきだ」
「神の怒りよ、落ちよ。天の怒り!」
「待って! 待て! ステイだ! あああああああああああああ!!!」
何なんだこの子! 意味わかんねえ!! これだからガキは苦手なんだよクソが!! ああああああああああああああああああああ!
………………まあ、いい。いや全然よくないけど。全然よくないけど!! 何とかクソガキを制御しながら戦場を駆ける必要があるとか難易度上がってるんだが。まあいい。今のであの化け物もこちらを見つけたようで、重い音を響かせながら走り寄ってくる。スピード自体は大したことないが、巨体のためどうしても俺たちより速い。これは少し急がなければな。
「ユーフェイ、作戦通りあいつがこちらを見つけた。少し進行の邪魔をできるか? 俺たちを見失わない程度にしてもらいたいんだが」
「可能です。このままいけばすべてが予定通りに進むはずですよ」
「そうか。なら、俺の言ったタイミングでキングの右足を妨害しろ」
走っていると徐々に距離が縮まっていく。長い首を左右に振り回して俺たちを食いちぎろうとするが、森の中ということもあってうまくいかない。そんな状況に業を煮やしたか、ひときわ大きく一歩を踏むと大きな口で噛みつこうとしてきた。
「やれ!」
「切り裂く花は天へ上る」
大地属性の一撃がキングの足に当たり、大きく体勢を崩す――――ことはなく、そのまま俺たちを噛み殺しに牙をたたきつけてきた。
「しまっ……!」
「問題ない」
何のために左右に振ったと思っている。あれだけの巨体だ、かかる慣性も相当なものだろう。だからこそ、少しでも足場を崩されると奴は脆い。
そうして俺たちのすぐ右側を通り抜けた頭は地面に激突し、予想通り転倒したままその巨大な背をこちらへ倒してきた。それをうまく利用して蹴り飛ばし――飛ぶのはこちらだが――また大きく距離を稼ぐ。これであいつはこちらを完全に意識しただろう。順調だ。
「プギィィィィ!!」
「は? ――ぐおぁッ!?」
そう油断していたのが悪かったのか、横から割り込んでくる侵入者に気づかなかった。
「こいつら……!?」
「魔物です! 突撃大猪! 特徴は知能が低いことです!」
「この状況で逃げ出してないってどんだけ知能が低いんだよ!! 死ね!!」
クソッ! かなりのロスだ! 後ろを振り返れば既にキングは起き上がるところだし、時間稼ぎもできちゃいない!!
どうやらまだまだ追いかけっこは続くようだった。
次はちょっと早めに投稿しようかな、と
感想とか評価とかいただけたらユーフェイちゃんが一枚脱ぎます……