13.平賀桐人、神と会話する
すみません遅れました。
まあ、ちょっとリアルで色々あり……なんとか頑張っている状況です。
少しの間不定期になりそうです。
平賀桐人を異世界から召喚した地母神アダマスの構築する世界――『庭園』花が咲き誇り、太陽も夜もない美しいその世界は、一種異様な雰囲気に包まれていた。
無言のまま相対する神槍に選ばれし神殿騎士、ラム・"スレッツォルド"・リステスがドラゴンの背筋をも凍えさせる程の殺気と現実世界に干渉するのにも一労な苦最下級の悪魔程度なら消し去ってしまえるほどの神威を帯びた武威を放っているのに対し、うちの小さな魔法使いはおどろおどろしい魔力を全身から垂れ流し、特大の殺気をぶちまけながら杖を構える。その先端には紫水晶のような宝石が埋まっており、すでに魔力のチャージが完了していた。
双方、ともに動けば相手を殺せる準備が整っている。しかし、どちらも迂闊には動けないため、機をうかがっている状態だ。その機というのはもちろん俺とアダマスの動きに他ならない。俺たちが明確に敵対してしまえば彼らはためらいなくお互いの全力を以って殺しあうことになるだろう。――蛮族でしょうか? いいえ、人間です。ちなみにクソガキはラムのおっさんとユーフェイのバカみたいな殺気に充てられて即座にゲロ吐いて気絶した。まあどう見ても幼女なうちのちびっこが平然としているのも殺気を放っているのもおかしいが、これはあの戦士長の教育のたまものだろう。蛮族め。
そんな一触即発の空気の中、当事者の俺と女神アダマスはというと、特に気にすることなく普通に会話をつなげていた。お互いに気にも留めていない。というかここで殺しあいが起こるなどと想定すらしていない。理由は簡単だ。ここにはあの戦の女神の依り代である聖女、神官マリアがいるためだ。彼女は相変わらずにこにことほほ笑みながらこの殺気の中テーブルに行儀よく座っていた。だが、どこか気の抜けているような顔をしながら一瞬たりともラムとユーフェイから意識をそらさないのはさすがと言えよう。
「えぇー私の言うこと聞いてくださいよぉ……キリトさん勇者じゃないですか! ね? 私のためだと思って!」
「…………いや、お前のためだからって意味わかんねえだろ死ね。頭沸いてるんですか? そこは嘘でもいいから人々のためとか言っておけよ。お前女神だろうが」
「まーそうなんですけどね? 私的にはさっさとあの魔王が死んでくれればなんでもいいですし、そのお手伝いをキリトさんに頼みたくて召喚したのになんか言うこと聞いてくれないし。やっぱり大地を司る女神としましては、大地を汚染してくるあの邪悪な魔王を倒してもらわないといけないでしょう?」
「お前が倒せばいいだろうが。できないわけじゃないだろう? 神を超える力を手に入れたとはいえ、それを殺せないわけでもあるまい。複数の神格が同時に襲ってしまえば多少は犠牲が出たとしても滅ぼせるはずだ。現に俺の世界の神格同士の戦争というのはどれだけの数をそろえられるかという点に主眼が置かれている。そしてこれは神殺しとしても同じ視点から考えられうる。神殺しに挑むものたちも個々の戦力は大したことがなくとも、数をそろえてしまえば例えどれほどの上位存在だったとしても滅ぼせることが証明されているからな」
例えば、ある国の話だ。
彼らの国の接する海の先に、邪悪な神が現れた。それは人間から見て邪悪というだけの話だが、少なくとも生物全体から見てあり得ないほどの強者というのは悪に当てはまる。それが楽しみのためだけに下等生物の命を弄ぶようなものは邪悪と称される。そして、ある国の目と鼻の先に出現した神は、そんな最悪の邪神だった。
それを受けて政府は頭を抱えた。神というだけでできる対処が信仰することによる加護をもらい庇護下に入ることしかないにも関わらず、相手は邪神だ。最悪の相手だ。国ごとなくなるどころか、周辺の国々をまとめて地獄に叩き落すかもしれない。ということで、もちろん周辺国に対応を求めた。霊的存在に対するカウンターともいえる存在を集めてあの神にぶつけようということだ。だが、周辺国はその解答を出し渋った。それは少なくとも先進国とは言えない国々であり、周辺国も突発的に発生する霊的存在の対処に追われていたからだ。
そうしてある国の政府は絶望し、どうにかあの邪神を滅ぼそうと考えて、考えた末に出した結論は――自国の民どころか周辺の国々をすべて巻き込んだ上での自爆特攻作戦。つまり、総勢五億人の魂を生贄として一度消費したあと、それを用いた儀式大魔術の行使である。その時点での彼らは言うまでもなく邪神の放つ根源的恐怖に犯され、正気を失っていたと考えられる。五億人もの人間の魂を魔力に変換し、大魔術を行使するなどとても正気とは思えない。正気だったらそれはそれで根本的にそいつらが頭おかしいのだが。
そして結果はその国の自爆特攻により、予定より多い、全人口の一割という人間を消費して邪神は討伐された。死者、魔術師一万人以上、一般人七億人以上という未曾有の大災害は責任を取るべき国家が消えてしまったことにより、唯一生き残った達人級の魔術師が戦犯となることによって収束した。俺もその魔術師の拘束へ向かったが、あれは酷いものだった。無理矢理人間を魔力に変換したが故か、国一つでは収まらない規模の怨念が辺りを渦巻き、触れるだけで細胞が壊死する呪いの風が吹き荒れ、太陽光を氷に変えて降り注ぐ呪詛が大地に蔓延り、生きとし生けるものを貪り喰らう生命のない化け物が跳梁跋扈する第一級災害指定地帯となっていたのだ。
それほどの災害を引き起こした魔術師と言えば、脳の回路が焼き切れ、凄腕と称されていた彼の魔術師の超然とした姿はなく、痴呆の如く白目を剥き、涎を垂らす幼児のように振る舞っており、この凄惨な状況を生み出したとは到底思えない様だったが、あれは恐らく行使した魔力の規模に身体が耐えきれなかったものだと推測される。原型をとどめているだけで流石達人級の魔術師だと賞賛されてしかるものだ。
さて、そんな人間の自爆特攻を受けた邪神だが、当然滅びた。ただし肉体のみである。神と呼ばれるモノは我々が勝手にそう名づけているだけであり、その本質は超自然的なエネルギーの塊である。そしてそれ自体が意志を持ち、超越者のごとく振る舞うようになったモノが神と呼ばれる存在だ。そんなものを完全に滅ぼすには同じく超自然的なエネルギーをぶつける――つまり神同士で争わせることが一番である。そして、物質的な肉体を滅ぼしたとしても、その本質は高位次元のエネルギーのため、また物質界に受肉することが可能だ。先の大魔術は流石と言えるが、あまりにも物質的な肉体を破壊することに力を割きすぎた。あれではまた受肉してしまうだろう。あの生きる者を絶対に許さない環境で、眷属たちが集まり大規模な儀式が可能であれば、だが。
このように、存在の位階が低い人間ですらより上位の存在を滅ぼすことができるのだ、それが同じ位階の者同士ならばなおさらだろう。そして彼らは我々人間のような物質的な肉体に縛られる存在ではない。物理的にも概念的にも削りきって殺すことが可能なはず。それをしない、いやさ、出来ないというのは道理に合わないと思うのだが。
果たして、その回答は意外なものだった。
「うーん、私もそう言ったんですけどねぇ……みんな死ぬのが怖いみたいで断られちゃったんです」
「…………えっ? は? こ、怖い? 何が?」
「死ぬのが怖いって」
死ぬのが怖い。死ぬのが? か、神という生まれた時からその司るエネルギーの方向性に沿って活動している存在が? 嘘だろう!? 物質界の生物じゃねえんだぞ!?
「………………か、仮に……仮に、だが。その話が本当だとして、どうして別世界からの召喚になるんだ? 俺はともかくあの勇者君ですら大した力を持っていなかったみたいだが」
「それはミィアフォルテの呼び出した勇者の話ですか? その辺りは各神の判断になりますのでなんとも……あ、私はあの魔王を滅ぼすことが可能なものという条件で召喚しました!」
「いや待て待て待て待て! 各神!? じゃあこの世界の神は全員別々に勇者を召喚したというのか!?」
とんでもない事実だった。勇者のバーゲンセールじゃねえんだぞ? 確か戦士長ルルが禁忌だかなんだかと言っていたが、上位存在が率先して禁忌とやらを破るとは何ごとだろうか。滅ぼしてやろうか。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。勇者召喚が禁忌となっていたのは勇者の手綱を握り切れていなかったためです。何度か調整するうちに掌握方法もわかってきましたし、無作為に暴れるようなことはありませんよ!!」
アダマスが笑顔で、話す。何を言っているのだろうか? 正気度が削られる思いである。幼い姿が相まって無邪気な顔で恐ろしいことを言っているように感じてしまう。小学生の自由研究に使われるアリの気分だ。
「……俺は、そんなことを言っている訳じゃない……!」
「え? ダメになったらちゃんと処分できるように自爆システムも組み込んでありますし、大丈夫ですよ?」
「権能、とやらか。そうか、おかしいと思っていたんだ。無理矢理人間に神の権能をねじ込むなど狂気の沙汰だ。お前ら、本当にアバターを作ってる気分だったのかよ……!」
自爆システム? ふざけるな。完全にネットゲームのキャラ作成の気分じゃないか! 使い捨てのカイロよりは便利だとでも思っているのか!?
しかし一体どうやって異世界から召喚した人間に神の権能を植え付けているのか? 甚だ疑問だった。いくらなんでもただの人間に上位次元の力を埋め込むなど無理がすぎる。そんな疑問を見て取ったのか、アダマスが笑顔で付け加えた。
「あ、ちゃんと呼び出す人は他の世界で死んだ人だけですよ! キリトさんはどうやっても干渉出来なさそうだったので私のペットに連れてきてもらいましたが……そこで魂だけの状態から身体を再構築するときにちょびっとだけ力の芽を入れるんです。そうして出来た魂を私達の手で作った素体に入れて、あとは成長するに従って力も段々と強くなるようにすれば完成です! すごいでしょう? これは知識の神ヤーマルちゃんが考えたんですよ!」
「……は、そうかよ」
神謹製のホムンクルスというわけだ。なるほど、どうしても魂の強度が足りないと思っていたが、その状態から既に手を加えて改造していたと。なるほど、それなら強いはずだ。強力な魔法が使えるはずだ、ただの人間より身体の強度が高いはずだ、ある目的のために盲目になれるはずだ。なぜなら――彼らは人間ではないから。完全なホムンクルスであり、それはつまり人間と何ら変わりない存在だ。それが勇者の正体。俺が改造されなかったのは既に魂に四神が埋め込まれているため、こいつには手出しできなかったのだろう。それに俺もあの程度で死ぬほど柔ではない。俺のような存在にとって肉体とは物質界への楔でしかないため、その全容は異相に折りたたんである。肉体を壊されたところでどうにもなるわけではないので、この女神は俺の手綱を握るための自爆システムとやらを組み込めなかったのだ。
ならば、俺はどうするのか。勇者は神の手先とは言え元はただの人間である。彼らを処分するのは後回しにしたほうが良いな。そしてこの世界の神も、この世界のためという理由で動いているため、処分対象にはなりづらい。ならば、魔王を滅ぼすしかないのだろうか? いや、話を聞く限り件の魔王とやらは神への反逆者という可能性が高い。人間の味方である可能性を考えると迂闊に滅する事もできない。神への抑止力として置いておく方が適切だ。
「そうか、お前らの考えはよくわかった」
「! じゃあ、魔王を倒してくれるんですね?」
「断る」
「えぇー!?」
「だが、ある条件を飲めるなら手伝ってもいい。その条件とは――――」
「良かったのですか?」
「さぁな。だが、何もしないよりはマシなはずだ」
神域から出た俺たちはすぐさま神殿騎士に囲まれた。ラムのおっさんはどこかへ行くし、神官マリアは難しい表情で感情を意図的に隠している。アウェーな雰囲気。神域での会話はラムのおっさんしか知らず、女神アダマスに直接口止めされているため他の神殿騎士に話すことはないだろう。それにしても彼の雰囲気は少しおかしかった。途中からは隣で争ってる奴らのことを気にする余裕もなかったが、何かあったのだろうか?
と、そこへ一人の神殿騎士が走ってくる。よく都市の周りを見回っている巡回の担当員だ。俺もギルドのクエストで都市の正門から出るときにときによく目にしていたが……彼の鎧は土に汚れ、腕も折れているようで、その部分の鎧もひしゃげている。何か戦闘でもあったのだろうか?
「ほ、報告ッ! アイギスより東、ミンストルの深き森の先、『闇深き沼地』にてブードンが大量発生! 既にキング産まれている模様! 周辺の村々を踏みつぶしながらこちらへ突き進んでいます!! 早急に対処を!! このままではッ……! 国が滅びます!!」