10.平賀桐人、神殿に行く
そういえば前話でヒラキリ20話いってたんですね。祝! 20話!(遅い)
勇者とイベリコの奮戦もあり、無事水巻き鯰を討伐し終えた俺たちは商業国アダマンテの中央に位置する都市、アイギスに帰ってきていた。
その中で俺は、いつも通りギルドで報告を行った後軽く勇者たちをしごいてから受付嬢との雑談を楽しんでいた。もちろん隣には口より多弁な表情を浮かべる神官であるマリアも一緒である。
「そう、ブードンだけでなくランドンまでいたの……あのあたりはたしかにブードンの生息地だけれども、ランドンがそこまで人里近くに降りてきているなんてね……」
「ああ、そうだな。…………まあ俺は豚の生息地なんぞ知らんが」
「したり顔で言うのやめなさい! わからないならわからないって言わないとわからないでしょ!?」
テンション高いなこの女。
まあ実際あの豚どもが平時は人里近くない森の中で暮らしており、そこまで出くわすこともない存在というのならば何かしらの原因があると考えられる。例えばそれは食糧難。突然ベビーブームでも到来した豚どもの絶対数が増えて、周囲に食べられるものが少なくなったというのなら想定内と言えよう。対処法は簡単だ。周りに柵でも作って豚が食料にありつけないようにしてしまえばいい。除草剤を撒くのも手だ。そうすれば勝手に餓死したやつらの死体であふれかえるだろうし、手間も金も掛からない。合理的だ。そのことを受付嬢に伝えると、苦い顔をされた。
「確かにそうだけど……アレを止められる強度の柵なんて作成するのがまず難しいわ。それに一時的とは言え環境を変えるのはあまり得策じゃないし。ブードンたちがいることで、自然と間引きされていた動物が繁殖したらそれこそ面倒よ。最大の問題は、魔物の大量発生って実はギルドにとっては嬉しさ半分苦しさ半分ってところなの。ここは魔物を狩るのを主な仕事にしてる人が多いから、冒険者にとっては大量発生――スタンピードは一種のお祭りみたいなもので、稼ぎ時でもあるのよ。国営の騎士団も出張ってきて対処に当たるくらいには大変なんだけどね……」
疲れた顔をする受付嬢を心配するマリア。相変わらず無口だが、その表情は『大丈夫ですか? ギルドの方も大変ですよね。わかります。現場と上層部の考え方には結構違いがありますものねー。割と板挟みになるとどちらの考えもわかるから辛いんですよねー』と言うでもかのようなものだった。お前は相変わらず意味の分からない表情をするな?
「それに、別の原因の可能性もあるしねー」
「外敵か」
「そう。戦闘民族が豚になって歩いているようなブードンたちが逃げだすほどの圧倒的強者が、もしかしたらあのあたりに出現してしまったのかもしれないし。ま、そこら辺はギルドから斥候を出しておくわ」
そうか、それならいいか。と軽く挨拶をしてそのままギルドを出る。軽く手を振ってくる受付嬢に見送られてそのままギルドを出ると、神官が覗き込むように見てきた。眉を下げ、こちらの目を見つめてくる彼女の表情には『本当にそれだけですか?』と書かれている。よく見ている女だ。いや、彼女だからこそよく見えるのかもしれない。彼女は人の表情だけでなく、目には見えないアストラルボディの揺らめきを感じ取っている節がある。……もしかして表情だけであまりにも多弁なのは、彼女がアストラルボディを無意識にこちらに接触させているのかもしれないな。思考で直接会話するようなもののため、確かに口には出さなくても会話ができるのだが……それはかなり難しい技法だ。より本能に近い概念的身体に思考を浸透させるなど、よほど魂の強度が高いか、アストラルボディそのものを変質させているかしか考えられない。後者はあまり一般的でない――魔術師の中ですら――だが、前者は稀に起こりうる事象だ。あの預言者として名高いモーゼもまた魂の強度が並外れて高く、神をその身に宿してアストラルボディを変質させることなく未来視を使った情報をヘブライ人に授けたとされている。
「例えば、……先ほどの話の続きだが、大量に繁殖した豚どものせいで外敵に狙われた可能性がある。つまり、肉食の魔物か何かが現れ、やつらはエサとみなされている可能性だ」
『ふむふむ。お肉はおいしいですからね!』
「それから、これは信ぴょう性など何もなく妄想のような与太話ではあるが……彼らの集団すべてを使役するほどの力を持つ何者かが現れている可能性もある」
『魔物使いさんですか? それならどうしてあんな場所にいたのでしょう? ブードンのように低級の魔物ではなく、強い魔物を使役すればいいのに』
「……そうだな」
彼女のその表情はもっともだし、実際俺も同じことを考えていた。何故あのようなクソ雑魚豚を使役しようと思ったのか。それは勇者にも言えることなんだが。とにかく、そんな常識から外れたような行動をするなど普通あり得ない。だからそんなものはない。
そう言い切れるほどにはあり得ない選択肢ではあるのだが……ふと頭によぎるのはあの吸血鬼どもの顔だ。キングと呼ばれるこの世界特有の野菜――化け物すら操って見せた奴ら。例えばそう、奴らのような魔物使いが大量繁殖した豚どもを操り、あまつさえその特殊能力であるグール化を施していたら――などと考えるのは少し妄想がすぎるか。
「まったく、現実的ではないな」
『え? なにがです?』
奴らは俺が灰になるまで燃やし尽くしたというのに。ありえないな。
まあもしこの妄想が本当に起こったとしたら。
そうなったらこの都市など簡単に滅び去るだろう。
「ほう、私の目の前で女連れとはいい度胸ですねキリト。さ、その女の首を」
「首をじゃねえよ」
歩くこと十数分。俺たちはまた女神アダマスの神殿へと来ていた。そしてそこにいるのは神官のバイトをしているユーフェイ。最近影が薄くなってきたなと感じられるエルフの幼女だ。そして首フェチという業を背負って生きている。会ってすぐに知らない女性の首筋をいただこうかという気概は買うが、流石にそう言った性癖は町中では隠すものだ。俺もたまにしかデコルテを見ていない。というかこの神官服結構厚着のため鎖骨周りが見えないのだ。考えた奴は牢獄に入ってもいいと思う。
「っと、性癖の話をしている場合じゃなかった。神官、後で鎖骨を見せてくれ」
『いつからそんな話になってたんですか!? いやですよ!?』
「……冗談だぞ? おい、そんなに引くなよ。ちょっと悲しくなるだろうが」
『顔が笑っていますぅぅぅぅ!!』
ホントにこいつは面白い。傍から見れば無口な少女に完全にセクハラしているだけの男と涙目の神官という最悪の組み合わせだが、そもそもこいつはこれだけセクハラしているのに喋らないという、頭のおかしい状況になっている。
ちなみに、今は神の声が聞こえない。アレは彼女が用意した隔世結界とも呼べる世界の中でのみ可能なことであり、通常、上位存在は物質界に干渉できないというのがセオリーだ。
「キぃリぃトぉぉ……?」
「アッハイすいません。……ユーフェイ、こちらは勇者のパーティメンバーの神官、マリアだ」
「……そうですか。私はユーフェイ。イエの森を守りし魔法使いであり、シルフィーネの加護を受けたものです。我が魔力は大空を羽ばたくミルフォスのようにあなたを導くでしょう」
いきなりエルフ特有の謎言語の会話が始まる。やはりこいつらの話す言葉は何処かおかしい。変な美意識持ちだし、謎に比喩を使い始めるし、しかもそれで通るのだからたち悪い。初見でそんなもん理解できるわけないだろうが!
「あー、こいつはだな……」
『ええ、私はアリア・カンデラ・ミィアフォルテ。神奏の巫女であり、戦の女神の神官でもあります。あなたの道に神のご加護があらんことを』
な、会話が成立しているだと……!? 馬鹿な……いや、そうおかしな話でもないのか? 彼女はアストラルボディから情報を読み取ることができるため、エルフ特有の言い回しでもその真意をくみ取ることができる。そして彼女の表情は挨拶ですらわかりやすく伝わる。だからこそエルフとの会話も成立するということか。まあ、謎の言い回しを使う幼女と無口で表情のみが多弁な少女が、一方的に話したり時折わかったように見つめあうのはなかなか異様な光景ではあるが。
「それでキリト、今回はどんな用事ですか。グラビアなら私が家でいくらでもするのでここでは買わないでくださいね。あ、でもあの水着を買って贈ってくれてもいいですよ」
「やめてほしいなぁ! こういう往来でさぁ! ほら、なんかあいつ引いてんじゃんドン引きしてんじゃん! 『ええ、あの人こんな子どもにそんなことさせるなんて……変態さんだったんですね! 近寄らないでください!』って顔してんじゃん! 今日は普通に神殿に祈りに来たんだよ! ……あとはまあ、いろいろと野暮用をだな」
と、そこで俺の魂の叫びのような何かを聞きつけたのか、扉を守っていた衛兵、神殿騎士の一人が呆れた様子で近づいてきた。いや違うんですお巡りさん俺じゃなくてこいつが悪いんですこの魔性のロリっ子め!
「何してんだお前ら」
「いや、すまん。って俺が悪いのか!? あれ?」
「元気いいなぁ。まあほら、仲いいのはわかったからさっさと入れ。おじさんも仕事だから注意しなくちゃならないんだよね。めんどくさいから早く入ってくれ」
自分のことをおじさんとか呼ぶこいつはラム・リステス。神殿騎士とは名ばかりのぐうたら職務怠慢おじさんだ。――と見せかけた聖女直属の近衛兵であることを俺は知っている。「神槍」とも呼ばれる槍の達人であり、俺が神殿に無理やり侵入しようとしたときに相対した英雄級の傑物でもある。なんだかんだ真面目なのだ。
「おう、今日はいいのを連れてきたからな。今日こそ聖女様とかいう女に会わせてもらうぞ」
「ほんと懲りねえなお前……まああんま騒ぐなよ? 一応ここ神殿だからな?」
そう、今日こそ俺はアダマスの聖女に会い、彼の女神の目的を聞き出すのだ。
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