2.平賀桐人、煽る
本日投稿します。
次回はとりあえず日曜になります!
アダマンテ。女神の膝元とも呼ばれ、商業や運送業が活発で、海に面していることから貿易相手も多い、いわゆる商人の国である。今代のアダマンテ王は主に他国との貿易に力を入れており、十年前にあった魔獣の大侵攻の悪夢を払拭しようと国力回復に勤しんでいた。
「おい、キリト! こっちの荷物を持ってくれ」
「ああ」
そんな中、キリトは冒険者ギルドと呼ばれる組織で働いていた。簡単に言えばそこは職業斡旋所のようなところである。現代的にはハローワークと言えばわかるだろうか? つまり、低賃金長時間労働の代名詞のような場所だ。そんな劣悪な環境でキリトは――
「よし、じゃあ荷物持ち頼んだぞ」
「任せろ」
荷物持ちをしていた。
――――二週間前。
「はぁ、冒険者登録ですか?」
「ああ」
恙なくアダマンテに着いた俺たちは、冒険者ギルドの受付の前で少し揉めていた。
「あの、冒険者って意味わかってます? どこから来られたのかは知りませんけど、冒険者というのは危険に挑む者のことを言うんです。まあ簡単に言ってしまえば荒事処理専門の何でも屋ですね。つまり、貴方たちのような子どもが――それも鍛えられているようにも見えない子が、登録できるとお思いですか?」
対するは白髪を一房緑に染めた女性。あまり一般的ではないが、この世界では、魔法使いが自分の得意な魔法をアピールする目的として体の一部や髪の一部を染めることがあるそうだ。だからユーフェイも自分の首飾りに金色の刺繍を施しているとか。練りこんであるのは金だそうだ。やべえな、こいつブルジョワかよ。
閑話休題。
「できるだろ」
「……ふぅ。すみません、人の話を聞けない方はあちらへお進みください」
当然というか、俺たちのような子どもがそう簡単に冒険者登録できるわけではなかった。とは言え流石に塩対応すぎる。子どもの命を守るという意味ではいい人なのかもしれなかったが、今はただ単純に頭の固い女にしか見えない。もうめんどくせえからこの建物ごと破壊してやろうかな?
「ははは、クソアマが……じゃあアンタが俺たちのどこをどう見て鍛えられていないと判断したんだ? その基準を教えてくれ」
「基準って……あのね、一人は目に見えて小さな子ども、もう一人はあの目録をちょっと読んだだけの自信過剰な子ども。言っておくけどその程度の魔力で通用すると思わないほうがいいわよ? あんた程度なんて腐るほどいるんだから」
確かに。思わず納得してしまった。ユーフェイは幼いし俺もまだ17だ。彼女からすればくぐってきた修羅場の数が違うと言いたいところか。特にこの世界では命懸けのことが多い。当然、俺たちの年代よりも危険に対する感度が違うはずだ。まったくもって優秀な受付嬢と言えるだろう。ただ、少しばかり臆病なのが気がかりだが。
……なるほど、読めてきたぞ。
「なるほど魔力ね……上澄みだけでも実力を感知できるのは大した精度だが、アンタの基準は少々魔法使いに寄りすぎているな。悪いことでは無いが、職員としては不適切では?」
「知ったような口を……!!」
「知ったような口? いやいや、分かってるからこそ言っているんだ。アンタ、仲間を亡くしてるな? しかも身内。そしてそれはアンタが俺くらいの年頃の頃だ。原因は不注意か? 違うな。何もかもが上手く行きすぎたんだな? それで調子に乗って危険を顧みずに突き進んだ。違うか?」
「このっ……!!」
明らかな動揺。瞳孔が縮まっていく。これは怒りを抱いているな? 一瞬のうちに湧き出る魔力とそれに乗せられた感情。不安定な感情は不安定な魔力の制御を起こす。だいぶ頭にきている証拠だ。つまるところこいつは自分のエゴを押し通したいだけということだな、くだらない。
「言わせておけば……! あんた、少し周りよりできるからって調子に乗ってない? あんた程度のガキなんて一瞬でぶちのめせるのよ?」
「へぇ……それはその後ろ手に用意している『吹き荒ぶ大君』で? 確かにあまり傷つけずに無力化するにはいい魔法だ。難易度も高く応用性もある。魔法使いとしては中堅以上には位置するって感じか」
「は……!? な、なんで構成途中の魔法式を読み取れるのよ!?」
「ははは。まあどうでもいいだろそんなこと。問題はその程度の実力で俺にケンカ吹っ掛けようとか思ってるところだ。確かにこの一瞬でそこまで魔力を練れるのは大したもんだが、逆に言えば、それが今のアンタの限界だってことだ。そして、それは俺には届かない」
「い、いい加減に……人をバカにしやがって……!!」
魔力が渦巻く。カウンターの向こうから魔法から漏れ出た風が流れてきているからだ。流石にこれには気づいたのか、ギルド内にいた幾人かの冒険者が腰を上げた。俺が吹き飛ばされた後にこいつをなだめるためか。狙いがずれた時の用意か、魔法使いが詠唱を始める。ご丁寧に周りにも聞かせるように諳んじるものだから、周りの冒険者も気にすることもない。……まったく、嫌われたものだ。ちょっとトラウマをほじくって激高させただけだというのに。
「で? どうするんだ? おいおい、まさか名高き冒険者ギルドの受付嬢サマがただの少年に言われっぱなしか? 嘘だろ? アンタ、自分で口にしたよりかは弱っち「黙れ」」
不意にグッとあげられる右手。鋭く細められた目には怒りが湛えられている……が、そこまで冷静さを失ったわけでもない。後ろの冒険者たちを巻き込まない程度のコントロールはできているみたいだが、それもつかの間、先ほどから詠唱していた魔法使いの防御魔法が完成すると目に見えて荒れ狂う風を纏わせていく。
こいつ本気でぶっ放すつもりかよ。まあ、そうしてくれないと困るんだが。
「いいのか? 俺を攻撃したら後ろのやつらにも被害が及ぶぜ?」
「ふん、やっぱりさっきのは当てずっぽうだったのね。後ろは気にしなくていいのよ、あいつらぶっ飛ばされ慣れてるから」
「「えっ」」
「人を馬鹿にするようなクソガキは痛い目見なさい! 『吹き荒ぶ暴君』!!」
ほう。この短い時間で構成式を変えてきたか。吹き荒ぶ暴君は風魔法の中でもより強力にカスタマイズされた吹き荒ぶ大君の亜種だ。特に大型の魔獣等の足止めや拘束、小、中距離の攻撃手段として中堅以上の緑魔法使いに愛用されているらしい。もちろん、人に当たったら危険な魔法だ。本気でぶちのめしたいらしいなこいつ。ちょっと煽りすぎたか。
「よっと」
だから、魔法が発動する瞬間腕をひねり上げて方向を上へと強制的に変更してやった。上に何があるかもわかったうえで、だが。
「あぐっ!? ……あ」
「あーぁ。天井ぶち抜いちゃったな?」
「あ、ああああああ!? あんたなんてことしてくれたのよ!!」
人に罪を着せるとかとんでもない女だな。確かに原因も対処も俺のせいだが、結果的に魔法を撃ったのはお前だからな? 俺のせいにするんじゃない!
「ははは。なあ、上の階って何があるんだ? 上司の部屋か?」
「そうよ! 当たり前でしょ!?」
「じゃあさ……このこと、バラされたくなかったら……わかるよなぁ?」
「あ、あんたまさか最初からそのつもりで……!?」
「どうするんだ? 俺の思考を読んでいる暇なんてあるのか? お前ここで終わっていいのか? このままだとアンタ、名もなき一般人に対して手を挙げた受付嬢ってことになるぜ?」
「く、くそッ! わかったわよ! あんたたちの登録を認めます! だから放しなさいよ!」
「……よくできました」
手を放してやる。と言ってもそこまで思いっきりつかんでいたわけでもない。ちょっとつまんでいただけだ。やはり魔法使いは非力だな。接近戦を仕掛ければほぼ確実に勝てることが証明された。いい傾向だ。
と、そこで、上の階から誰かが降りてきた。透き通るようなプラチナブロンドの髪をたなびかせ、すらりとした高身長の女性だった。特徴的なのは彼女の額に角が二本生えていたこと。おそらく、腰に剣を下げていることから鬼の血を引く種族の可能性が高い。
鬼とは――俺の中にもその血が流れているが、基本的に力が強く、大柄な体格になることが多い。所謂前衛向きの種族だ。もちろん、中には小さな体格の者もいるが、当然力は強いので油断していると踏まれたカエルのような姿になる。
また、純粋な鬼に近ければ近いほど暴力性が強く、コミュニケーションとしての殴りあいなども行うらしい。蛮族かよ。あとは酒に目がないというところか。酒に酔うと手が付けられなくなったりもする。蛮族かよ!
女性剣士が周りを見渡し、こちらで止まった。天井の穴と俺の位置関係から、俺が原因だと考えたのだろう。……いや、違うか。少しずれて受付嬢の方を見ている。彼女のことを知っているのか少し眉を寄せながら考え込んでいたが。
「先ほど、私がギルド長に報告をしていたところ、急に下から魔法が飛んできた。キミ、何か知らないか?」
あぁこりゃばれてるわ。明らかに目線が受付嬢をみているし、当の本人は青い顔でぶるぶると震えている。これでは疑ってくれと言っているようなものだ。っていうか、そんな怖いのかこいつ? ただの女性冒険者では?
「ああ、それなら俺がやった」
「何……? キミがか? そこで震えているアルールではなくてか?」
「そうだよ。例え彼女がやったとしても全部俺が原因なら俺がやったってことになるだろ?」
ならないけど。っていうか俺のせいじゃねえけど。さっき約束したばかりだというのに速攻で裏切るのも寝覚めが悪くなる。仕方ないから泥をかぶってやろう。これで貸し十な?
「ならんだろ……キミはそれでいいのか? 言っておくがあまり容赦はしない主義だぞ私は」
……へぇ? 随分と面白い展開になってきたな。
「別に構わないぞ? それはそれで面白そうだ」
「それは私が五つ星と知ってのことか? 冗談が過ぎるぞ。人は見かけによらないというが、私もこれで有望な少年が苦しむのは見たくないのだ。もう一度聞くぞ? いいんだな、それで?」
五つ星ってなんだよ……急に知らない単語をだしやがって。まあよくわからんが何とかなるだろう。俺はこの世界の女神に選ばれし者。たぶん大丈夫だ。たぶんな!
「いいよ」
「よし、ならこっちにこい。少しお灸を据えてやる」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください! これは私が……!」
「黙れアルール。キミがどう思っていることはこの際重要ではない。彼が言い出したことだ、彼に任せるべきだろう。男の矜持というやつをわかってやれ。それはそれとして君も見ているといい、少しは自分のやったことを鑑みて反省したまえ」
なんかよくわからんが勘違いしているな? まあ、いいか。別に勘違いしていようがいまいが特に問題はない。というか割とどうでもいい。塵ほども興味ないわ、マジで。
おっと、忘れるところだった。隣を見ると泣きそうな顔の受付嬢――アルールがこちらを見ていた。情緒不安定なこいつの耳元に口を近づけて、言ってやる。
「これで貸し十五な」
「え!?」
平賀桐人の固有スキル:煽り