1.平賀桐人、王国に向かう
どうもどうも。
お待たせしました、第2章の開幕でございます。
毎週日曜18時 + 気が向いたらランダムで投下していきます。
魔族という言葉を知っているだろうか?
それは魔に属するモノ。ヒトならざるモノ。種族として成立している世界的異変。
それが何時この世に生まれたのか、定かではない。そもそも、魔族という呼称自体が人がつけたものであり、彼らはその呼び名を好まない。基本的に自分たちの種族に誇りを持っているからだ。
月光を浴びて生きる半狼半人の人狼。竜から生まれ竜を信奉する最も強き種半竜。美しく、艶やかで、そして罪深き誘いの歌姫、海鳥の妖婦。人々の精を奪い取り、時には聖職者の魂でさえも大淫婦バビロンに捧げる夜魔。
そして、
「マリー様、ふっかぁぁぁあああああつ!!」
「「「おめでとうございますマリー様!」」」
今宵、血の盟約に従う夜の支配者、不死の怪物ともされる吸血鬼が蘇る。
彼女の名はマリー・ワーグナー・クロムウェル。現存する吸血鬼の中でも最も尊い血族の一人。そして、最も個体数の少ない種族の姫であった。
「ふぅー危なかったわ。まさかあそこまでぐずぐずの肉塊にさせられるとはね……英雄級なめてたわホント。くっそ強い。強くないあいつ?」
「ですが、その英雄相手にも引けを取らずに立ち向かわれた我らが姫こそが、真に強いお方だと言えましょう! 流石です、マリー様!」
「その通りでございます姫! ……それにくらべて我らの何たるふがいないことか……申し訳ございません、あの憎き勇者に返り討ちにされてしまいました。何なりと罰を。罰を!」
「如何様にも罰をお与えください姫。私はムチがいいです」
「…………お前、ちょっと自分の趣味入ってないか……?」
「……貴女たち、姫の御前で何たる不敬な……はぁ。幾年たってもその性格は治りませんね……お許しください姫。これもすべて我が身の至らなさ故のこと、これからも厳しく躾けて参りますので、どうか寛大なお心で見逃してくださいませ。すべては私の責でございます」
「あーはいはいはいはい、ミンクは固いわねー。大丈夫よこれくらいは。私もこっちのほうが楽だしね? ね、っていうかアンタらあのクソ勇者倒せなかったってホント? 私そん時全身に穴空いてたからよく知らないんだけどさ。勇者って言っても生まれたばっかりだったんなら権能とかいうクソチートもまだ馴染んでなかったはずなんだけど?」
「はい。その通りでございます、姫。あの男の権能は炎の剣を召喚するもの。それがすさまじく強く、また、あの男は完全にその力を掌握しているように見受けられました」
そうしてミンクは語る、彼女らの受けた仕打ちを。汚泥にまみれた敗北と、生き恥を晒しながらも這う這うの体で逃げ帰ってきた屈辱を。
報告会も終わり、メイド隊の顔には苦渋にまみれた表情が浮かんでいた。先ほどの騒がしさもなりを潜め、完全に沈痛な雰囲気だ。
その中でマリーは考える。果たしてそんなことがあるのだろうか、と。彼女のこれまでの経験してきた中で、勇者とぶつかり合ったのはたったの三回。二回は相応に育った勇者との戦いであり、彼女たちが奴隷――いやもっと酷い、おもちゃ――にされていた時のものだが、しかし、そのうちの一回は生まれたての勇者を屠ったものだ。確かにその時は今よりも弱かったが、勇者も只人と変わらないクソ雑魚ナメクジだったと記憶している。
ワンパンマンだった。されるほうの。
となると、以前勇者が召喚された瞬間に殺されてしまった経験を踏まえて、ある程度強化してから送り出すようになったのだろうか? だが、それでもメイド隊五名をなぶり殺しにできるような化け物になるとは考えづらい。なぜなら、こちらの世界の者が召喚したというのにいつまで経っても勇者が来ないとなると、人々の神への信仰が揺らいでしまう。それは奴らとて面白くないはず。
ならば元から強いものを呼んだのだろうか? だとしてもメイド隊五名と戦って一方的になるとは考えづらいが……単純に個人の強さではなく連携で戦うメイド隊は、たとえあの英雄級のエルフの男が相手でも一方的な戦いにはならないはず。いったいどれほどの化け物を呼んだというのか。
「あーーもう! 考えててもらちが明かないわね。とにかく相手は英雄級を既に突破し、勇者級となってると見て間違いはないわ。そこは受け入れましょう。はークソ。やる気なくすわホント。どうやったら最初から勇者級の怪物が出てくるってのよふざけやがって……世の中クソゲーだわ」
「申し訳ありません、姫。我らが力及ばず……」
あーいいのいいの。と笑いながら元気づける。どうやらメイド隊には相当堪えたようだ。無理もない。あの屈辱の日々を共に過ごしたのだ、マリーも同じ立場ならドン引きするほどへこんでいる自信があった。
「……さて、そろそろよろしいですかな? マリー・クロムウェル」
「何? さっきからこっちをじっと見てた変態野郎」
「チッ……口の減らない小娘が」
どこからか声がした。その声に引きずられるように影からのっぺりとした表情の大男が現れる。
魔王軍第十三隊補佐である。つまり、マリー専属秘書と言っても過言ではない。会うのは初めてだが。
「で? 何の用よ。くだらない事だったら八つ裂きの刑よ?」
なお、メイド隊にはご褒美である。
「いえいえ。私の用など大したものではありませんが……あなた様には魔王軍幹部の椅子を譲っていただきたく存じます。つまり……私の配下になりなさい。あなたは特別に私の寵姫にしてあげますよ」
「は? あんたバカ? 頭わいてんじゃないの?」
「くっくっく。強がるのもおよしなさい。生まれたての勇者程度に負ける雑魚が、この私に勝てる道理などありましょうか? 頭の悪いあなたに分かるように言って差し上げますが……あなた程度いつでも殺せたのですよ? それをしなかった私の温情を理解して、さっさと降れ、マリー」
「…………あーそういうことね? あんた、致命的に頭のイっちゃってるのね。可愛そうに」
「この……!? クソガキがぁ! この俺が貴様如きを抱いてやろうと言ってるのだぞ!? 尻尾を振って喜ぶのが当たり前だろうが!」
赤ら顔で怒気をむき出しにする大男。背の小さなマリーと並ぶと二人の体格は雲泥の差だった。片や暴力の空気を纏い、片や泰然とする。それが大男が小娘に怒鳴りつけているともなれば、一種異様な雰囲気となる。
「ふーん。あのさ、あんた勘違いしてるかもしれないけど、私って小娘じゃないのよ。たぶんあんたより年上。年上には敬意を持つべきじゃない? しかも私クロムウェル家の当主なんだけど?」
「だからなんだ! 貴様など小娘で充分だ! それに貴様を娶ればクロムウェル家は私の物になるだろう?」
「あっそ。ミンク、こいつ殺して。そろそろうざいわ」
「はっ」
ミンク――徒手空拳を獲物とする最もヴァンパイアらしいヴァンパイア。マリー専属メイド隊のチーフ。そして――
「き「それ以上囀るな。ゴミがマリー様を小娘だと? あまつさえ娶るなど……恥を知れ。いいか? マリー様は気高く尊きお方。例え地に落ちてもその輝きは一点の曇りもなく、どころか我らの近くで更に輝きを増している。この方を讃えるには宝石では足りない。月の光でやっとそのご威光の一部を表せるのだ。あぁ! なんということだろう! 私の貧困な想像力ではマリー様の素晴らしさを一部だけしか表せない! この世界にマリー様に並ぶ者など無いのだから当然だが! マリー様を讃えるにはマリー様を引き合いに出すしかないなど……お許しを、マリー様! そんなお方に向かって、先ほどから聞いていれば貴様ふざけおって舐めているのかマリー様に対してなんと無礼な貴様のようなゴミがマリー様に近付くことでそのご威光が陰ったらどうするというのだマリー様に僅かでも不快を味わわせるとは絶対に許さんからな貴様ァァァ!!!」
マリー専属メイド隊の中でも一番マリー様大好きなのである。
そんな彼女の怒りの鉄拳が雨あられと降り注ぐ。その拳には総計十二もの強化魔法が乗っており、その怒りのほどが窺える。
もちろん、抵抗むなしく叩きつけられた。
ガトリングのように打ち出される拳は的確に男の急所を捉え、炸裂する拳は徹甲弾の如く男を風穴だらけにしていく。既に男の影も形もなくなった肉塊にすら拳を打ち付けるそれはまるで岩を削る水の様を表し、畏怖とともにこう讃えられていた。
「岩砕きの驟雨」と。
「ふう。申し訳ありません、姫。あまりにも無礼なこの下等生物に少々苛立ってしまいました」
「アッハイ……」
ドン引きだった。もう絵面が最悪である。後ろでうんうん頷いてるメイド隊含めて最悪だった。ここには狂信者しかいないのか……SAN値チェック失敗しそう。目の前で大男がひき肉になるとか発狂ものじゃないのかこれ。あ、自分がひき肉になってたわ。
「ま、まあ、あれは不敬罪でぶち殺し確定だったからいいとして、そろそろ出てきていいでしょ。ノーラ?」
「はいはい、姫様。ノーラはこちらでございます」
す、と音もなく突然マリーの目の前に現れる人影。おそらくあの大男がどのような行動に出ても即殺できるように待機していたのだろう。マリーの目ですらそこにいるというのに一瞬でも目を離すと追いきれなくなりそうな気配。亡霊のような女だった。メイドだが。
彼女はノーラ。メイド隊の元リーダーにして現顧問。以前は家政婦長と呼ばれる全体の管理者でもあった。
美麗ぞろいのヴァンパイアの中でも一際美麗な顔立ちと、触れれば解けて消えてしまいそうなほどの儚さ。そして、単騎で英雄級の戦士すら屠る暗殺術の使い手である。ズィーアの師でもあり、その練度は残るメイド隊すべてと比較してもなお勝るほど。彼女さえいれば対キリトの切り札になりえたはずだ。
「それで? 魔王の情報は集められた?」
「ええ、姫様。あの頭の中に空洞があるお方ですもの。姫様のおしめを取り換えるよりも簡単でしたわ。もう、姫様ったらいっつもぐずられて散々手を焼かされてしまいましたね。ふふ、あのお転婆な姫様がこぉんなにご立派になられてノーラは嬉しゅうございます……」
「ね゛ええええええええ!! そういうのやめてって言ってるでしょ!? もー! もー!」
「あらあら、かわいい牛さんがいますね……」
「ったく、ノーラはいっつもすぐに子供のころのこと話題にするんだから! やめてよね! ……で、どうだった? やっぱり想定通りだったの?」
「はい、姫様。あれはまさしく我らの怨敵。想定通りの大罪人でございました。ですが、確かにあれが前魔王様を一騎打ちの末に破ったのも事実。今我らに敵う術はありません」
大罪人、前魔王、怨敵……キーワードの飛び交う中、それらを完璧に把握しているマリーは眉を歪めた。想定通りなのは問題ない。問題あるのは想定通りということそのものだ。敵は弱ければ弱いほどいい。強い敵を望むとか意味わからない。そもそも恨みつらみのある相手なのだ、さっさとぶち殺してやりたいに決まっている。
だが、敵が強大であるのも事実。どうしたものか……
「最悪ね。前途多難ね。途方に暮れるわね。でも、私たちは止まっていられないわ。あのクソ勇者が私たちの所に転生したのはラッキーだった。しばらくはアレを追いかけましょう。できるなら魔王と相打ちになるように誘導して、だめでもそれほど強いなら魔王も相応に削れるはずだから、弱ったところに全戦力を投入する。……一番いいのはアレと共闘することだけどね。そのまま流れでアレを殺せるし。……ん? いや待って。もしかして、女神に選ばれし者とか頭のおかしいこと言ってるのは、それほど権能を強く送り込まれたからかしら……? ダメね、この案は却下で。やっぱりあいつらには削りあってもらいましょう」
「「「はっ」」」
「さぁて、そうとなったらあいつらの足取りを追うわよ! 今どこにいるの?」
「はい、姫様。あなたのメイドに抜かりはありません。奴らの行き先はここ、女神の膝元の王国、アダマンテですわ」
んああああああノーラさん可愛いいいい!!
ふわふわしてる可愛いメイドさんですよ。今のところ最高に可愛いですね!
作者のお気に入りです。
ノーラさん可愛いなぁって思ったらそこの☆を入れてください!
よろしくお願いします!