10.平賀桐人、状況終了する
連続更新!
1章終了。後はエピローグを投稿して終わりです!
「騰蛇、スタンバイモード」
キングの巨体が地に伏したのを見て、ふぅーっと炎にまみれた息を吐きながら、蛇腹剣を鞘に納めるキリト。
その顔には疲労など一つも見えず、魔族の襲撃をものともしていないことがうかがえる。
「で、結局どうするんですか?」
平賀桐人は怪物だ。
倒せないはずのキングを倒すばかりか、魔族を五人も相手取って圧倒してしまうとは。未だ幼い――若いユーフェイには想像もつかない修羅場をくぐってきたのだろう。彼はこと戦闘となると、途端に容赦や躊躇いなどを捨て去り、油断して隙を見せることなど決してない。
圧倒的な英雄だった。
「ん? そうだな、とりあえずはとどめを刺しておくか」
「ぐ、貴様ッ!」
魔族の一人、唯一死なずに残っていた黒髪の女が上半身のみの身体で必死に抵抗しようとしてくる。既にその身体は再生が始まっており、焼き焦げた腹部も段々と、陶器のように白く人形のように綺麗な肌に変わりつつあった。なるほど、吸血鬼の再生能力というのはあまりにもひどいものらしい。まさかこれほどの重傷で死ぬことすらできないとは。ユーフェイならば痛みと苦しみで既に十回は死んでいる。
「貴様! 貴様貴様貴様ぁあああああ!!!」
「それしかしゃべれないなら口を閉じておけ。それともなんだ? 命乞いでもしてくれるのかな? くくく、それはいい。実にいいね」
「何故ッ……何故貴様はここまで強いのだ!? 我らの奇襲は成功するはずだった! 産まれたての勇者など、すぐに襲ってしまえばどうということもないはずだったのに!!」
「……ふぅん? 興味深いな。お前らの話が本当なら産まれたて……転生だか転移だかでこちらに来たばかりの勇者と言えども、神の権能を付与されているのだろう? それでどうして勝てると思っているんだ?」
「ふん、いくら勇者と言えども、最初は弱いのが当然だろうが! そんなこともわからないのか? 賢しらに講釈を垂れていたが、考える力は随分弱いと見える」
そうして魔族の女が語った事実は、驚嘆すべきことだった。まさか、すでに勇者召喚が行われており、その場で魔王軍による勇者の殺害に成功していたなんて……!
これは由々しき事態だ。勇者召喚は禁忌の召喚魔法。それは耳長の長老が語ってくれたおとぎ話にすら載っている有名な話。世界を救った勇者は元居た世界に帰ることもできず、悲嘆のうちに自死を選んでしまったという逸話だ。当然、そこには教訓が含有されている。空を飛ぼうと翼人種の羽を切り取って無理やり背中に移植し、空を飛んだところでシルフィーネのいたずらに羽を奪われ墜落した愚かなるノジュードのように、誰かから奪い、自分だけが傲慢に振舞おうとするものは結局その報いを受けることになるのだと。
確か、そのお話の結末は……勇者が死んだため、それまで勇者がいたからこその平和はすぐに破られてしまった。そうして何年も何年も戦争が続き、大地は荒れ果て、人々は疲弊のうちに互いに憎しみあい、それぞれ別の大陸に移り住んだというものだっただろうか。おとぎ話にしてはあまり楽しくない結末だな、とその時感じたのは覚えている。
「ふーん。まあ、そこまで気にするほどでもないが……妙と言えば妙だな」
「キリト? 何かわかったのですか?」
「いや……うぅん……そうだな、俺はこれでも元の世界でヒーローをしていたんだが」
「ひーろー?」
「英雄のようなものだよ。少々込み入った事情の幼馴染に強制されてな。……俺の世界は侵略を受けていたんだ。異次元の怪物たち――外なる宇宙の邪悪なる支配者どもに。それが引き金となって、世界各地で今まで顕現してこなかった妖魔、空想上の怪物、古代の負の遺産などが出現するようになってしまった。つまりちょっとした末世だったのさ」
そこから語られるキリトの日常は、ユーフェイには刺激的なものばかりだった。
雪山に住むイエティが依頼してきた恐ろしく強大な神の眷属の討伐に、太古の遺跡から蘇らせた不死者たちの王との不可侵条約の調停、中には龍種と異界の神とのぶつかり合いに神獣まで加わった怪物大決戦の様子など、まるで想像できないものまであった。
それらを生き延びてきたというのか、この男は。
「まあ、だからと言って決めつけるわけじゃないが……いや、やっぱ決めつけるわ。いくら何でも高位次元の権能を物質界の者に付与したからと言って、この程度のやつらが殺せるなどおかしい。つまりあり得ないんだよ、実際。経験でしかないが、あいつらマジで誕生した瞬間から化け物だぞ?」
「だ、だからなんだ……我らが魔王軍がそれを上回っただけの話ではないか!」
「それはない。だってお前雑魚じゃん」
にべもない。
「な! ふ、ふざけ」
「いやいやいやいや。お前雑魚じゃん? っていうかお前ら雑魚じゃん? 雑魚中の雑魚じゃん? むしろ雑魚界の星じゃん? ――無理っしょ! お前らがさぁ、どの程度の強さかは知らねえよ。でもこの女神に選ばれし者である平賀桐人の襲撃を任されるともなれば結構上位の強さのはずだ。違うか? それがこの程度ならば他の力も知れたものだとは思わないか?」
「勘違いするなよ……貴様など、マリー様のお力さえあれば……」
「勘違いするなよ? お前ら全員の力を勘案しての推察だ。そのお姫様も含めて、な」
愕然とする。魔族の女だけではない、ユーフェイも同じく開いた口がふさがらない。
キリトが言うならそうなのだろう、と半ば思考停止に聞いていたが、それでも彼女たちの力を加味してさえ勇者に届かないとは。おそらくキリトの言う経験とは異界の神の眷属との戦闘を参考にしていると思われるが、とても信じられない。
だってユーフェイからすればこの魔族の女一人でさえ相手にならない程の力の差があるのだ。たまさか、この魔族たちが弱かったわけではないだろう。魔力を持つものにとっては年齢というのは戦いの雌雄を決める重要なファクターであることを、ユーフェイは知っている。
故に、「なんかもう考えるの疲れてきたのでキリトに任せてしまえばいいや」とか思っていたりするのだ。それは決して彼女の能力の低さを証明するものではないが、幼女だから仕方ないのである。
それはそれとして、やはり、これからどうするのかという結論に帰結するのだが。
「ま、とりあえず死んどけ」
「がっ!?」
ただの剣となった蛇腹剣を頭に突き刺され、あっさりと魔族は死んだ。
これでやっと終わりか。ユーフェイも体力があるとはいえ子どもだ。自分のことは自分でわかっているつもりだが、思った以上に体力が削られていたらしい。気が抜けた瞬間にふわりと腰から崩れ落ちてしまった。まるで足が棒のようだ。もう一歩も動ける気がしない。
あ、と気づく。これはいい機会だ。このまま動けないふりを装い――実際、動くのはかなり辛いのだが――キリトにおんぶを頼めばいい。それはなんて素敵な考えなのだろう! ユーフェイは自分の思考を自画自賛した。これならば合法的にキリトの体液並びに体臭を摂取できる。不可抗力のため、彼もあまり何かを咎めることもないだろう。これがシルフィーネの導きか。ああ、偉大なる悠久の風よ! 感謝いたします!
――余談だが、ユーフェイの思考は理路整然とした頭のおかしいものであり、常識的に考えて背中で深呼吸されたら誰だって嫌がると思われるが、まったく気づいていないところが彼女だった。恋する乙女は盲目、では済まされない恐ろしい女である。なお、最も恐ろしい点は発展途上というところにあるが。
「キリト、つかれました。おんぶしてください……ね?」
「お前……意外としたたかだな。まあいいが、それは後でな。まだ終わってない」
え? とユーフェイが聞き返すよりも早く、それは始まった。
完全に破壊したと思っていた頭部の再生、より凶暴性を秘めた赤い目、先ほどは見られなかった生物に対する憎悪。それらをひとまとめに表す――巨体。
キングの復活だ。
「っちょ、ええ!? さっき死んだのでは!?」
「基本的にアンデッドというのは死にづらいんだ。一度死んでいるからか、死について耐性を持つものが多い。不死者と呼ばれるのはその特性を表しているのさ。さあ、ユーフェイ手筈通りに」
「え、ええ」
こんなこともあろうかと、ではなく。キングがあの状態から起き上がるのは想定外だったが、そもそもこの状況は想定内である。
故に、ユーフェイは解き放つ。天に向かい枝を伸ばす雷樹を。
「立ち上れ、大地の怒り!」
もちろん、キングに当てることはしない。そんなことをしてはせっかくの目印が無くなってしまうから。
「ラストスパートだ!」
キリトの掛け声とともにユーフェイは抱えられる。全力疾走で目の前の崖へと迫ると、獲物に食らいつくアンドバのようにキングがドシドシと音を立てて追ってくる。先ほどの焼き直しであり、そして先ほどとは違うことが一つ。
「切り裂く花は天へ上る」
ユーフェイの魔法はキングの右足を打ち上げ、それをものともせずに潰し、しかしキングの体勢は――崩れない。ネクロマンスによって甦っただけではない、生者を憎むアンデッドには意志がある。攻防のさなか、ユーフェイはキングの顔に笑みを見た気がした。
このままならば遠からず自分たちはこの邪悪なるアンデッドに潰されて死ぬだろう。だが、それはないと確信していた。
それはこの男が許さない。英雄であることを望まれ、すべてを救うために現れたこの男が!
「キリト!」
「任せろ」
爆発的に加速する身体。有り余る慣性に引きちぎられそうになりつつ、ユーフェイは気がつくとキングの真上に到達していた。
「部分招来・四神が一、火神烈剣朱雀!! 解き放て、朱雀!!」
そして、先ほどとは明らかに違う太陽のような熱量の炎剣が、キングの身を焼き尽くす。否、焼き尽くすには火力が足りない。焼かれたそばから再生しているのだ。おそらくヴァンパイア化しているのだろう。とんでもない敵だ。
「火力が足りないか。まあ、それは想定していたことだ。だが、お前はここで落ちろ」
まるで見越していたかのように、その言葉とともに崖が崩れ落ちる。当然だ。大地属性の土壁は今しがた奴に壊されたばかり。その質量はどこから持ってきたのかと言えば、地面に他ならないのだから。
それだけ、キングの身体を支える土台が足りないと言うことなのだから。
炎に押され、足元の崖が崩れ、キングを支えるものは何一つ無かった。そのままキングは崖下へと落下し――轟々と迫り来る氾濫した川に流されて呆気なく消えた。
ユーフェイは最後に彼と目が合った気がしたが、彼が最後に何を思ったのかそれはわからない。ただ、憎悪に歪んだ顔が唖然としているのは少しばかり痛快な気分だった。ざまあみろ。
「状況終了。想定通りだ」
次回は明日の更新です。
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