1.平賀桐人、異世界に降り立つ
俺、平賀桐人! 17歳! 道路で猫に轢かれそうになったトラックを助けたら、どうやらそれは女神様の放った刺客だったようで、大きな口にガブリといかれて食べられてしまった! え? そこは逆じゃないのかって? ……そうなんだ。俺も死ぬ直前に「縮尺おかしくないか?」と思ったんだが、まあ過ぎてしまったことは仕方がない。そんなこんなで異世界に転生することになり、今この大地に立っている!
さあ、これから冒険の旅へ出発だ!
「……なんて、言ってらんねえよなぁ」
正直、ここまでの過程に遺憾の意を唱えたい。なんでだよ。猫でかすぎだろ……! そりゃトラックの運ちゃんも必死な表情でハンドルを切るわ……! 普通逆だろうが!! むしゃむしゃしてやった、反省はしているかもしれない。じゃねえよ駄猫がッ!
その女神様も碌な説明もせずにこの世界を頼むとか神妙な顔して適当抜かしやがって! でも顔がよかったから許しちゃう。世の中顔だよね。はぁまったく、やれやれだぜ……
「おい、そこの貧相な顔をした貧相な男」
ま、この俺にかかればどんな難題だろうと一発で解決してやるぜ。まったく、やれやれだな……
「おい、そこの貧相な顔をした貧相な身なりの貧相な顔の男」
「よーしお兄さんケンカ買っちゃうぞー!」
やめろよ! そういうイメージついちゃうだろ! まだそういった具体的な容姿の説明ないんだから、もしかしたら俺がイケメンに思えてくるかもしれないだろうが!!
と、現実逃避をしていた俺の目の前にいたのはいかにもな金髪のエルフ耳。ファンタジーと言えばこの種族と思い浮かべるような、まごうことなきエルフのいけ好かない顔の蛮族スタイルなイケメンだった。……男かよ。いやまあ、そりゃあ確率は半々だからなんとも言えないけど……
「なんか用ですかこのクソが」
「な、なぜいきなり威圧的なのだ!?」
「お前が言うなよ! ていうかお前誰だよ!!」
そして金髪クソエルフは言った。
「いや、お前がいきなり里の中に現れるから撃退に来たに決まっているだろう。他ならぬこの美しい私がそれ以外の理由で動くと言うのかね?」
なんだこいつ。こんなに自分大好きな奴初めて見た。エルフってここまで酷いの? え、マジで?
それはそうと、重要な発言だなクソエルフ。そうか、ここエルフの里だったのか……どおりで草と木とでかすぎるウサギしかいないと思った。あとお前誰だよ。
スッ……と、姿勢を整える。それだけで目の前の無知なナルシストは彼我の力の差が分かったのか、無意識に緩んでいた警戒を慌てて取り繕う。無駄だ。俺はこれでも神に選ばれた男であり、(おそらく)この世界を救うためにチートを与えられたのだ。どうあがいても奴には俺を超えることなどできないだろう。
「お前の美しさとか興味ないけど、俺が何者か分かっての言葉だろうな、クソエルフ」
「何……!?」
「ふっ……俺は、俺の名は平賀桐人。この世界を救うため、女神に選ばれた最強の男だ……!!」
「この私の美しさに興味がないだとォォォォッッッ!?」
「話聞けよてめええええええええええええええええ!!」
「いたぞ! 彼奴が此度の侵入者だ!!」
こうして俺は捕まり、晴れて前科一犯となったのだった。
「言い訳をさせてほしい。わざとじゃないんだ」
「犯罪者はみんなそう言います。こないだ捕まった三軒となりのポーロはザザお姉の下着を口にくわえたまま『わざとじゃない、これはいわゆる青き美しい春の木漏れ日のような純情のなせる情動に身を任せたが為の行動なんだ。決して下劣な想いでやったわけじゃないんだ』って」
「そいつは絶対許しちゃいけないと思う」
牢屋に入った俺を待っていたのは、思っていたより快適な牢屋環境と見張り番の美少女だった。なぜこんなに牢屋の中が綺麗なのかというと、耳長族は基本的に綺麗好きなのと、若さゆえの情動を持て余したエルフがよく捕まるかららしい。そんな性犯罪者たちの巣窟みたいなところに女が見張り番でいていいのかとも思ったが、どうやら彼らは女性のほうが魔力が高く身体的にそれほど男女で変わらない性能のため、仮に襲われても女性のほうが返り討ちにしやすいそうだ。それから捕まった半分以上が女性だそうだ。若者の性の乱れって怖い。やれやれだぜ。
「それに女神様の使いとか嘘くさいです。吐くならもっとましな嘘を吐いたほうがいいのでは?」
「嘘じゃない! 俺はホントにその女神様に選ばれて転生してきたんだ!」
「はいはい」
くそ、やはり信ぴょう性に欠けるか。俺だって同じことを言われたら病院に行くことをおすすめするもんな……。物語的に言ったらこの子はヒロインのはずなのに……ヒロインだったらここで俺の話を何も考えずに信じてくれるのに……やっぱ現実ってクソゲーだわ。
「それはそうと、貴方はなぜこのような何もない村に来たの? 転移魔法の実験の失敗とか、伝説の暗殺者の真似事とかしていたら偶発的に村の結界内に侵入しちゃったのですか?」
「い、いや……あーまあ、転移……といえば転移かな?」
「素晴らしい魔法の腕です。まるで詩人の奏でる唄に登場する偉大なる魔法使いエルメスのような、雄々しくそびえ立つあのモンタージュ山脈が如き魔力を持つ、風を支配する緑精霊の思い人なんですね!」
「アッハイ」
エルフの里を観察できた時間は少ないが、わかったことがある。彼らはどうやら詩人のような言い回しを好むみたいだ。「シルフィーネの思い人」というのはその典型的な例で、彼らの信仰する宗教は精霊を崇めるようなものらしく、シルフィーネというのがその対象になっているそうだ。シルフィーネというのは彼らの言葉で「風に寄り添う者」という意味で、風の支配者や風そのものを指す。シルフィーネは気まぐれで一つのものに執着はしないと考えられており、その思い人という表現は「気まぐれな精霊が執着するほどの才を持つ」というすごく遠回しなものだった。要約すると「魔力とその扱いがすごいのね!」といったところだろう。クソ長いね! これがエルフ語だよ。覚えていってね!
ちなみに目をキラキラさせてこちらを見てくる彼女には悪いが、俺は魔法を使えない。試しに念じてみても適当な呪文で適当な魔法を口に出しても体の中の何らかの力を感じてみても全く使えなかった。まあ嘘は言っていない。やったのは女神だが俺を転移させたのは間違いないし、女神だろうし何とか山のような魔力を持っていて精霊にも好かれているだろう。知らんけど。
「ところで俺はいつまでここにいればいいんだ?」
「さあ。そう言ったことを考えるのは大人だから。でもポーロは三日で出たから、長くてもその半分でしょう」
「そいつ三日で出たの!?」
エルフの価値観おかしいだろ! なんで下着を口にくわえたエロガキが三日で許されるんだよ! タコ殴りにされてもおかしくないぞそいつ!
「ザザお姉が『これから一生私の兎となって過ごすなら貴方の望むものを与えてあげる。ライオネルとユーフェミリアに誓いなさい』って言ってたから大丈夫です」
「兎……ってなんだ?」
「モンタードクルクニス。エルフが飼育する兎で、人間でいうところの馬や羊ですね」
「あー……なるほど」
端的に言うと家畜とか奴隷……まあこの場合弱みを握られたパシリのようなものか。いや、自分の下着を狙われた相手をそれで許せるほうも色々と寛容すぎるが……エルフは全体的にそういった文化なのだろうか? 元の世界だとエルフは長寿のために生殖機能が衰退していて性的なことに消極的なような表記が多かった気がするが。世界が変われば現実はこんなもんだということなのか。ああ、そういえばよく薄い本になっていたな。そっち系のエルフか。
「ユー! ユーフェイ!」
と、見張り番の美少女と会話しつつエルフの生態を学んでいると、これまたイケメンのエルフが駆け込んできた。何かあったのか、綺麗なその顔が引きつっており、逼迫した事態であることを伝えてくる。
俺は確信した。これはイベントだろう。なぜなら俺は女神にこの世界に送られたのであり、仮にも神がそのような手段に出るということは何か差し迫った事態があることが容易に読み取れる。そこでなんの特技もない正義感が少し強い程度の学生に任せるということは、緊急性だけでなくその対処法が確立されているはずだ。
そう、例えばこの世界にいる魔王を武力を以って制圧するといったものなら、俺に力を分け与えて事態に当たらせればいい。これならば俺になんの知識も力もなくとも魔王の消耗も図れ、この世界の人間の損耗はゼロだ。
つまるところ、これはパフォーマンスなのだろう。俺はこの村に迫る脅威と相対し、それを打ち破れという女神からの啓示だ。
「緊急事態だ」
「何があったの?」
「野菜が、野菜が逃げ出した!! 死人が出るぞ……!!」
…………………………あるぇー?
「そんな!? 厳重に管理されていたはずでしょう?」
「どうやら子供たちが遊んで柵を壊してしまったみたいだ。奴ら、すぐに逃げ出して近くに潜んでいると狩人から連絡があった。おそらく物陰から各個強襲するつもりだろう」
「そう……つまりキリトが危険というわけですね?」
「その通りだ。彼は未だ審議中の身だが、緊急措置として保護が優先される。捕縛されるときもロッズメンサを前にした旅人のように無抵抗であったのも一押しになったようだしな。我々に危害は加えないだろうと長たちは判断したようだ。お客人、すまないが今すぐここから移動してもらう。いつまでもひとところに固まっているとやつらがなだれ込んでくるからな」
「…………ああ、わかった。何があったのかくらいは聞いてもいいんだよな?」
「もちろんだ。移動しながらでいいならね」
イケメンはそう言ってこちらを振り向くと、人を安心させるようなイケメンスマイルを浮かべた。いちいちしぐさがイケメンでむかつくが、どうやらここは素直に従ったほうがよさそうだ。
話を聞くところによると、この世界の野菜はかなり凶暴で、生存競争の末に知能も高く、人をよく襲うらしい。俺の知ってる野菜じゃない……!! マンドラゴラのようなものなのだろうか? というか肉食の野菜ってそれ食用に適しているのか? 一度この世界の人間は冷静に考えてほしい。そいつら人を食うんだぞ?
ユーフェイ――見張り番の彼女――によると、年に数人ほどは野菜のせいで死者も出ているらしく、徴用されたばかりの兵士などが野菜の討伐にあたってよく死んでいるらしい。ある国家では伝統的な登竜門のような扱いであるとか。
「ま、目の前にいたらどうしようもないがな」
「くっ! ごめんなさい。まさか土の中に潜んでいるなんて!」
「ああ。しかも仲間を呼ばれたぞ! 醜いガールァのように次々と集まってくる!」
赤い体、凶悪そうな面、筋骨隆々とした手足、頭頂部から生える緑の葉。
――そいつは。
――そいつこそは、赤き王者。
――――にんじんだった。
まるで怪獣のような鳴き声とともに襲い掛かってきたにんじんは、ほぼ原形をとどめていない姿に恐怖を抱かせる。声帯もないのにどこから声を出しているのか、やたら野太い地獄から這い出てきた悪鬼のような声で威嚇するように俺たちをにらみつけてくる。
……まったく、やれやれだ。猫にむしゃむしゃされたかと思えば何の説明もなく異世界に連れてこられ、現地住民の蛮族にはその場で捕らえられ、挙句の果てには凶暴な野菜に襲い掛かられる。
くそったれ。本当にくそったれな現実だよ。こいつらは理解しているのか? 俺をなんだと思っている? 俺は女神に選ばれたんだぞ。この世界を救うために、この世界でその意思を体現するために!
水面に広がる景色のように静謐にして寛容な俺もそろそろキレるぞ……!!
「ふざけやがって……」
「キリト!? だめよ! あなたは転移したばかりでしょう? 魔力も心もとない状況じゃ赤の戦士にはかてないわ! 下がって!」
「そのとおりだ。それにこれは我々の失態が生み出した状況。お客人の手を煩わせるわけにはいかない」
「うるせえよ。黙ってろ蛮族どもが」
「「!?」」
「見ていろ、すぐにこいつを乱切りにしてみそ汁の中にぶち込んでやるッ!」
次回――バトル展開。
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