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Ⅰ章 人を食らう魔書 プロローグ

プロローグ


 時分は時計の針が深夜の2時を回った頃合いだ。 東の島国においては逢魔が時や丑三つ時と呼ばれる魔の力が強まる時間帯。 ほのかに赤色に染まった三日月の明かりと魔力灯だけが行くべき道を照らしてくれていた。 


 深夜の夜回りは行き詰まったときのルーティンだ。 葉巻を咥え、白煙をくゆらせ、当てもなくさまよう。 行き先を決めているわけでもなく、それこそ足元を照らす街灯の明かりに導かれるようにして歩を進める。 当然、目的地など有るはずも無い。 ただ静かな流水の、心落ち着かせる水音がそこら中にあった。


 ここは王国ヨハネカールの首都、ルメニーア。 王国一美しい街と呼ばれる芸術と学術の街。 世界最高峰の芸術家と名だたる知識人の集うここは、その名に恥じぬ景観を誇っていた。 近隣で採石される薄く青みがかったデミラピスによって築かれたレンガの町並みは数世紀近い歴史を内包し、これを目当てに観光に来るものも少なくない。 また、近隣を流れる大河アムスタミアから引かれた水路は街の隅々まで張り巡らされ、魔術によって「生かされた水」が人体を巡る血液のように循環していた。 そのためこぎ手も帆も必要としない船は、乗り込み行き先を水路に告げるだけで水が独りでに運んでくれる。 歴々、水の大家と呼ばれる王家シュネーツェンが治める国の首都なだけある。


 そんな船酔い煩いには住みにくい国に、アドリー・ハワードは暮らしていた。 背は180に届こうかという丈。 食が細いのか必要以上に線の細い骨格がもやしというあだ名を助長していた。 くたびれたグレイのスーツと底のすり切れたクレイ色の革靴、よれよれのシャツだけでも貧乏くさいというのに、無精ひげに隈の残る容貌がそれをさらに際立てている。 彼を知るもので口さがない者などは彼を家無しと揶揄するが彼のなりを見ればそれも仕方の無いことのように思えてくる。 最近では夜に徘徊していることに対してまで精神病だと声高に主張するものもいたらしいが。


 そんな夜歩きはアドリーなりのこだわりだった。 思索にふけるには徒歩が一番であると彼は信じて疑っていないし、経験として散歩中に名案に巡り会ったことは数知れず。 結果として悩みがあるなら散歩という流れを生み出していただけのこと。 決して病煩いなどではなかった。 


 そして今日という日はとびきりだった。


 底が地面に刮ぎとられたこの靴ではコツコツという響きのいい音は鳴らない。 だからこそ気づけたと思えるほどに小さく、溶け出した砂糖菓子のような、ともすればそれだけで陶酔してしまうような、甘い音。


「そこな小僧。 見下す無礼を許すゆえ、近うよれ」


 文面におこせばひどく尊大なものになるだろうその言葉は、果たしてどれだけの威厳が保てていただろうか。 アドラーは五月雨にかき消される鈴虫の羽音を思った。


 道の脇に立つ夜闇を照らす魔力灯の下、そいつは居た。 目に飛び込んできたのは満月の光を照らして編んだような怪しい輝きを放つ銀だった。 銀色はふわりと花開くように地面に広がっている。


「余の金言を黙殺か。 ハッ、度胸だけはあると見える」


 次にそれが人型をしていることに気づいた。 肌は白磁のごとき病的な無垢白で、そうあれかしと図面の通りに設計された完璧な顔立ち。 アドリーとも似た、線の細い体格も彼のそれとは根本から異なっていた。


 神の造形。


 アドリーを呼ぶその声の主は、ぞっとするほどに美しかった。 しばし声の出し方を忘れていた。それどころか体も、指の一本の痙攣さえも許されなかった。 古来より美とは万人が求めるものにして個人の持ちうる強力な概念武装であると考えられてきたが、これは人を引きつけ欲情させるなどという水準ではない。 まさしく武装。 超越した美しさを前にしたとき、正気で居られない。


 魔に魅入られる。


「……驚いた。 まさかこの国でその姿を目にすることになるとは」 


 一瞬の思考の空白を悟られまいとして、大きく白煙を飲み込み無理矢理平常心を保たせる。 神秘に携わるものとして。 そんな様子を彼女は面白そうに、興味深そうに伺っていた。


「雨に代表されるが、液体としての水はひとに恵みをあたえるものとして象徴されることが多い。 当然その逆も有るのだが、ここを流れる水は人によって都合が良いように調整されたホムンクルスの一種だ。 となれば我らと反転する属性を持つ君ら、魔に属するものたちにはさぞ生きづらかろう。 一体どうしてこんなところにいるのか」


 過去の巨大文明が大河の側で栄えたのは人にとって水とは欠くことのできぬ必需品だったからだ。 そんな水を届けるものとして、太古の昔より雨は天からの恵みであった。 大地を潤し、作物をはぐくみ、川を作りだす。 人類への祝福だった。 一方で水害は人類を悩ませてきた災厄の一種。 正と負、本来二つの属性を併せ持つ水ではあるが、この王都を流れるのは「生きた水」。 魔導文明によって生み出された、負の側面を消失した人工生命だ。 そのため。これらは溺れることなく、嵐で荒れ狂うことは無い。 人類への祝福としての側面だけが残されたこの水は、彼らにとって猛毒でしかない。


「余の事情を詮索することは許されん。 不敬である」


 総じてプライドも内包する魔力も高い彼ら■がこんな場所でうずくまっているということがすでに異常事態を示していた。 アドリーとて神秘の一端に触れる者。 その手の負えなさは刻み込まれている。 


「我が人ごときに見下されているという今のこの構図でさえ憤死ものであるというのに、この上からまだ恥の上塗りをしなければならんと考えるだけで怖気が走ろうよ」


 その台詞とは裏腹に声音はひどく無力で、今にもひび割れそうなほどにかすれきって居るというのに、天上の響きを伴っていた。 近うよれと、■はもう一度繰り返した。 不思議とその声はするりと脳内に入り込み、次の瞬間にはアドリーは何の抵抗もなく足を進めていた。 今思い返せば魔に属する■に無防備に近づくなど自殺志願者かと思えるほどの暴挙。 だが、そのときはかけらの疑問すら浮かぶことなく■が倒れ込む場所の隣で膝をついた。


 きっとアドリーは、魔に魅入られていた。


「                                」


それはアドリーと彼女との始まりの夜の、誰にも語られることのなかった、出会いの日の言葉だ。




やっちまった感。

あらすじとかねぇ、もうやべえぇ(語彙力)


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