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私の場合―参考文献は教授の予定

明日で世界が終われば、就活も卒論も要らなくなるのに

そのとき私は、就活だとか卒論だとかいろいろなことに少し疲れていたのかもしれない。明日で世界が終われば、就活も卒論も要らなくなるのに、そうなったら代わりに何をしようか、とそればかり考えていた。

だからだろうか、ゼミの定例研究会が終わり教授の研究室で片付けを手伝っているとき、心の片隅で思っていたそんなことをついぽろっと口に出してしまった。

「教授は『しゅうまつ』には何をしますか」

「ん?週末ですか?今週末は、いつも通り犬の散歩をして、書斎の片付けをして、論文を書いて、あぁ、そろそろ洗車もしなければと思っていたんでした。あとは…」

「違います」

私は教授の平和な週末の予定を遮って言った。

「その週末、weekendではなく、the end、終わりのほうの終末です」

教授が作業の手を止めた気配がしたが、私は何も言わずに、そして手も止めずに片付けを続けた。研究室には私が片付けをする音だけがしていた。

少ししてその静寂を破るように教授が小さく「こほん」と咳払いをした。その咳払いに促されて、私は手を止め顔を上げた。いつもより少し真面目な顔をした、でも相変わらず優しい空気をまとった教授と目があった。

「私は終末論者ではありませんし、もし世界が終わるならという仮定のお話について、今まで深く考えたことはありませんが……」

いつもの低く耳に心地よい声で、まるで講義をするかのようにゆっくりとはっきりと教授が話す。

「もし明日世界が終わるとしても、私はいつもと変わらず講義をして、帰宅してから犬をなで回し、晩酌をして、来ない次の日の予定をいつも通り確認して、床に就きそうですね」

教授の予定を聞いて、なぁんだつまらないの、と思った。せっかく世界が終わるのだから、いつもと違うことをすればいいのに。

そう思ったのが顔に出たのか、教授は私の顔を見て少し微笑んでから、さらに言葉を続けた。

「世界が明日終わるかどうかはわかりませんが、もしかしたら明日、私やあなたの人生は終わってしまうかもしれませんよ。急な病気はもとより、どこかで事故にあうかもしれないし、何か災害にあって、命を落とすかもしれない」

教授は私の顔をじっと見つめていた。

「だったら、世界の終末の予定を気にするよりも、明日、人生が終わるかもしれない可能性を考えて、自分だけの人生をより楽しむ予定を立てたり、いつも通り過ごせる幸せを噛み締めたほうがずっと良いでしょう」

定例研究会で出した、もう冷めたコーヒーを口にしてから教授はさらに言う。

「就職しなくたって、卒論が書き終わらなくたって、あなたの人生は終わりませんよ。現に、私は特に就職もせずに大学に居残っていたら、いつの間にか教鞭をとらされていた口です。また、卒論だって締め切りをすっぽかしたのに、結局大学に面倒を見てもらっています」

ふふふと笑いながらそう言う教授を見て、教授には私の迷いも疲れもお見通しだったのかもしれないと思った。

ちょっぴり泣きそうになったのをごまかすかのように、私はわざと少しだけ明るい声を出して

「じゃあ、卒論の締め切りを1ヶ月くらい延ばしてくださいよ。それだけで私の人生はもっと輝きますから!」

と言うと、教授は止めていた作業を始めながら

「いいですよ。その代わり、自動的に来年もゼミ運営を手伝っていただくことになります」

と言った。

それ留年ということですか?と笑いながら返事をして、私も片付けを再開した。なんだか、就活も卒論も世界の終末も、どうにでもなる気がした。

もし明日世界が終わるとして、私は何をしようか。

とりあえず私もいつも通りに、講義を受けて、バイトに行って、卒論を書いて、本を読んで……。

そんなふうに過ごす終末の予定もいいかもしれないと思った。

20170513 privatter掲載

「終末の予定~教授の場合、私の場合」 http://privatter.net/p/2413355 を一部修正、改題

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