怒らせてはいけない者
遅れてすいません
「むぅ…これは…さてさて、どうしたものか…」
テルヒトは日本から送られてきた封筒の中に入っていた写真をみて唸る。
後ろからミユキと村上が覗き込むと、ミユキは驚き、村上はパッとしない顔をする。
村上にわかったのは、これは軍事衛星から取られた地上の写真ということのみ。
「衛星画像ですね…でもこれどこです?」
村上の質問にミユキが答える。
「おそらくだけど、ベルタ島ね。サンサ王国領で大きな軍港があるわ。見た所戦列艦が集結しているようね。数は…100もないようだけどやけに多いわね」
「うん。だが、これが全力ではあるまい。どのみち狙いは見えている」
テルヒトとミユキはこの集結の意味するところを理解したようだが村上は依然わからない。
勿体ぶっても仕方ないのでテルヒトが教える。
「目的は我が国と…日本だろうね。我が国をとって、その後日本に仕掛けるつもりだろう。本格的な戦争にはならずとも外交的圧力をかける気だろう。そのうちあちらの使者が来るだろうね」
「え、えぇぇぇ⁈だ、大丈夫なんですか⁈」
「大丈夫なわけ無いだろう?まぁそれが今までならの話だけどね」
テルヒトは完全に顔がニヤけ、最後にはクククと笑い出す始末。テルヒトはその訳を聞いても無いのに語り出す。
「我が国はただいまその有り余るマンパワーで戦列艦を作りまくってる。それに見合う新型の大砲、銃もね。サンサ王国は昔っからなんでかサザンクロス帝国と競ってるつもりらしいけど、彼らとサザンクロス帝国では天と地どころか太陽と小惑星の大きさほどの差がある。それは軍も同じ。サンサ王国の海軍は戦列艦や砲艦。先進国じゃ標準的だけどね。でもそれは後進国呼ばわりされている今の我が国と同じなんだよ。同じ、否既にそれを超えている。あとは数さえ用意すれば逆侵攻も可能だろう。ククク…」
(悪い顔だ…完全に野心に飲まれてる…)
村上はある種の恐怖を感じながらそう思う。
「侵攻はおそらく…8月から10月にかけてかな?2ヶ月もある。今から軍備拡張を急がせれば余裕で間に合うだろう。ミユキ君、ヤマモト大臣を呼んできてくれ」
ミユキはテルヒトの指示に従いヤマモト海軍大臣を呼んできた。
「何かご用ですかな?」
「えぇ、ご用です。直ちに軍艦の建造を急がせてください。国庫はいくら叩いても結構」
「わかりました。ではそのように」
ヤマモトは何も聞かず、その指示を了承する。若干老いてはいるが軍人。腐っても鯛である。軍艦増強などやることは一点、戦争、以上である。
「とりあえず指示は以上です。すぐに実行に移してください」
「承知しました。では私はこれにて」
「あ、もう一つ。もしかしたら今回は貴方直々に出ることになるかもです」
テルヒトはヤマモトを引き止め、最後にそう一言言った
「…心の隅に留め置きます。では」
ヤマモトは部屋を後にした。
「相変わらず話が早くて助かりますね〜」
テルヒトはそう呟く。
サンサ王国宮殿会議室
このところ毎日のように宮廷では会議が行われている。
「軍艦の終結はどうなっている?」
パルサは側近に尋ねる
「だいたい8月には準備が整います」
「では9月に計画を開始しろ。いい風が吹くからな。ふふふ、これでアシハラを手に入れ、その次にニホンを…最後にあの忌々しいサザクロクスを…ふふふ、ふははは!アシハラに使者を送り、属国になるように勧告しろ!飲めばよし、飲まねば…わかるな?」
パルサは軍才に秀でている。だが、それ以外は凡才か、それ以下である。本人が自覚しているかまでは知る由もないが、いわば脳筋で陶酔がすぎるところがある。そんな暴君は長期的に見るものが見れば単なる自殺行為でしかないことを実行する。
「ふは、ふはははははは!」
パルサの高笑いは会議室の隅々へ響き、付き従う臣下は皆起立しパルサに頭を垂れる。
そんな何処かで見た光景とその結果を上座に座り高笑いする男とそれに付き従う者、両者が知る訳もない。なにより彼らは大きな慢心がいかに痛いものであるか身を以て知ることなどできようはずがなかった。
2019年6月5日、アシハラ皇国北部迎賓館
ゲールから戦後割譲された領土のうち、北部、ベルタ島に最も近い土地に建てられたモダンな建物。ただいまそこでサンサ王国の使者とアシハラ皇国の外交官、ミユキがある会合を行なっていた。
「さて、単刀直入に申し上げましょう。我が国の属国となることを我らサンサ王国はアシハラ皇国に要求します」
「単刀直入すぎますね。オブラートに包むということを貴方方は知らないようで」
ど直球な言い方にミユキは冷たく言い払う。
「おや、以外と落ち着いておられる。意外ですね。まぁいいでしょう。断る、ととって構いませんかな?」
「好きにどうぞ。話がこれだけならお引き取り願いますわ」
ミユキの粗雑な態度にとうとうサンサの使者はキレてしまった。
正直、ここでキレるのは余りにも早い。王が王なら臣下も臣下か、とミユキは思った。
そんなこと思われているなど露知らず、使者はミユキを捲したてる。
「ふざけるなよ、東の野蛮人!こちらが下手に出ればぬけぬけと…本来ならば貴様らの君主に直接謁見させるのが本来の対応であろうが!」
「あらあら陛下に謁見したいなら最初から仰れば取り次ぎましたのに…少しお待ちください」
ミユキは魔信機で誰かと話している。が、それは使者にとって何を言っているかわからない。彼はアシハラ皇国の言葉を知らないのだ。もちろん国民性も何もかも、所詮蛮族として頭の中で切り捨てているのだ。
「…お待たせしました。陛下はどうやらすぐにはこれそうもありません。このまま魔信の状態でしたらお話ができるそうですわ」
そう言ってミユキは使者の前に魔信機を置く。
使者はフンッと言って魔信機に話しかける。
「お初にお目にかかりますテルヒト陛下。この度はお願いが…」
使者が言い切る前に魔信の相手、テルヒトが話し出す。
『ああ、ああ、話は聞いてますよ。却下です』
あっさりと。本当にあっさりとテルヒトは言い切り、魔信がぷつりと切れた。
「はっ?ははは………ふざけんなよ、クソ蛮族が!もういい!こんな田舎とこんなクソどもと話なんかする必要もない!」
そういうと使者は右手をかざす。すると、彼の手の周りに青白い光が浮かぶ。その瞬間、右手から閃光が走り、ミユキの左ほほをかすめ、壁を突き破っていった。
すると壁の奥からドサッという音と呻き声が聞こえた。何事かとミユキは急いで見に行く。
そこにはおそらく運悪く閃光が当たったのだろう女性の使用人が肩から血を流し倒れていた。
ミユキはそれを見て、すぐに医者呼ぶように周りにいた者に指示すると使者のいる部屋へ戻る。
使者はかなりニヤニヤした顔を浮かべていたが一瞬で凍りついた。
彼の思考はどうだっか。こんな具合である。
(どんな顔でくるかな?激怒か?激怒だよな、当たり前だニヒヒ…)
ミユキは笑っていた、だが目は笑っていなかった。そして何も口にせず、ただただ笑っていた。
アシハラ皇国の国民性は非常に日本人と似通っている。つまり…本気で怒ると寡黙になる、だ。そしてその寡黙さはとてつもない不気味さを醸し出す。それが使者を凍りつかせたのだ。
「…か?」
ミユキが小声で何かを言ったのに気づいて、使者は凍りついた状況から脱する。
「へ?」
「お引き取り願いますか?」
ミユキはニコニコして言った。本当にニコニコしていただけ。だが彼は何かを感じ取って急ぎ足で部屋から、建物から、そしてアシハラ皇国から出て行った。
ミユキは使者が部屋から出て行くのを相変わらずニコニコして見送った。
ミユキは窓から使者が建物から出て行ったのを確認するといきなり口を開く。
「いつまで黙りこくられておられるのですか、陛下?」
声は穏やか。だが、その声には並々ならぬ怨恨が詰まっている。
魔信機の向こう側、切れたと思われていた魔信もいつの間にか繋がっている。
『おや、バレたか。凄いね君の耳は』
「…陛下。彼らに己の罪深さを教えてあげましょう。同胞の痛みを思い知らせてやりましょう」
ミユキはそのまま、淡々と淡々と言葉を紡ぐ。
テルヒトは魔信機の向こう側から愉快に答える。
『そうだね。でもミユキ君一つ忘れているよ』
「?」
『我々の授業料の高さだよ』
ニヒヒとテルヒトは笑う。
ミユキもそれに合わせて悪い表情で笑う。
…日本人って本気で怒ると寡黙になるらしいですけど本当はどうなんですかね?