渦巻く陰謀、訪れた使者
「お、見えてきた、見えてきた」
神聖サザンクロス帝国外交使節、レイモンド・アルドルフスキーは船の上から陸地を目にし、やっと大地を踏みしめられる、と安堵していた。
神聖サザンクロス帝国は海軍国でもある。故に海運も盛んで船に強い人が多い、が、もちろん船に弱い者もいる。レイモンドもその一人だ。
「やっと…やっと大地を踏みしめられる…飛空機がいいって言ったのに、航続距離のもんだだからなぁ…仕方ないっちゃあ仕方ないが…」
すると前方から船がやってくる。砲艦のようだが、見た所大砲が一門のみ。貧弱極まりなく見える。どうやら所属と目的を確認しているようだ。
(我ら神聖サザンクロス帝国としては無視しても構わない、いつもならば。だが、今回は相手が相手。下手を打てない…ここは素直に答えて通してもらおう)
レイモンドはそう考え、艦長に言って打電してもらった。
相手も理解したのかすんなり通してくれた。ただし監視するためか、ぴったり後ろについていたが…まぁ護送されていると考えよう。どうせ陸地は近いし。
とか考えつつ使節を乗せた船は北海道網走に停泊した。
「事前に何も言わなかったとはいえ、誘導してくれたのか…なかなか親切な民族なのだな」
「にしても、何もありませんねー。魚はうまそうだけど」
レイモンドの護衛、ロズワルドは網走の街並みを見てそう言う。現に港町故に仕方のないこととも彼は理解している。
「まぁ知らせが入れば、あちらの迎えが来るだろう。なんて言っても、既に上陸してしまったのだから」
そう考えて彼らは網走でのんびりしていた。
余談だが、この時、彼らは一部の地元出身の兵士と仲良くなり網走の街を満喫したらしい。
日本国首相官邸総理執務室
佐藤は未だ佐江島が平然と放った言葉に硬直していた。しかしその硬直も佐江島の次の言葉で解かれる。
「使節は既に網走に上陸したらしい」
「え?上陸しちゃったんですか?それアウトじゃ…」
「だからってほったらかせん。相手は世界最大の大国、神聖サザンクロス帝国。哨戒任務中だった護衛艦艦長はその手の知識があったから無下にせず網走まで誘導したんだ。懸命な判断だろう。使節は今、網走を観光中だそうだ」
意外と呑気ですね…まぁ楽しんでもらえるならそれはそれで色々やりやすいからいいですけど…と佐藤はそう思いつつ、使節へ迎えを遅らせるように指示した。さすがに民間ヘリとか一般ヘリではあれだから、とりあえず陸軍のヘリで札幌まで、そこからこの国のことをある程度紹介してから新幹線で東京まできてもらうこととなった。
札幌市内、とあるホテル
「ふう…部屋は綺麗、サービスは最高。食事はうまいし、風呂も気持ちいいときた」
ロズワルドはホテルを満喫していた。ちなみにレイモンドは日本の文化の講習を受けている。
「にしても…本当に魔法を使ってねぇ。完全に科学だけで動く世界…アストラルですら魔法を多少頼らなきゃ維持ができねぇもんをこいつらは科学だけで維持している。…一体この国はどうなってんだ?
それに文化も洗練されてる。おそらくこの国の文化でないものですらこの国の文化に飲まれて別のものになってる…」
ロズワルドは日本についてブツブツ呟く。ガサツそうでかなりの洞察力を持つようだ。
彼の言ってることは正しい。日本という国の文化は異国文化をごちゃ混ぜにしている。しかし、どれも喧嘩しないのだ。どれも自然と溶け込む。
これには日本人の感性にある。日本人は文化吸収が異常に早く、なおかつその本質を歪めてしまう民族なのである。おそらく神道などの多神教、無神論が生み出すものだろう。
彼はそれを見抜いた。十分すぎる洞察力だろう。
一方その頃、レイモンドは…
「…で、これが10式戦車です。無舗装地で最速70kmでる我が国の主力戦車です。ってどうしました?」
日本の担当官から日本についての説明を受けている。今は軍事のところだろう。が、全くわからない。それ故ポカンとしている。
(…戦車?何それ?時速70km?化け物かよ。てか戦闘機なんだあれ。音速超える?巫山戯んな!)
「あの…大丈夫ですか?」
「!だ、大丈夫です。続けてください」
「そうですか。では続けます。次は我が国の成り立ちについてです。我が国は伝説から数えて2700年、歴史的に考えて1500年の歴史を誇ります。また…って大丈夫ですか⁈」
レイモンドは数字を聞いてぶっ倒れた。
(はあ⁈2700年?おかしいだろ!うちの国だってまだ1000年経つか経たないかなのに…やっぱこの国化け物だ…)
その後たまにぶっ倒れたりしながら日本の歴史を聞き、1日が過ぎた。明日は新幹線に乗って東京とのことだ。
翌日、彼らは函館から新幹線で東京へ向かっていた。というよりも夜中に新幹線に乗ったので正直眠い。
そんな感じなので、新幹線の中で寝ていたら知らぬ間についてしまっていた。
「ふうぁ〜あ、あれ、もうついたのか…ここまで静かで速いとは…」
すっかり熟睡していた模様で、新幹線の速度と静かさに驚いているようだ。
しかし、新幹線から降り、東京駅から一歩、否東京駅の構内を歩いているだけで驚かされた。
(話には聞いていたが本当に多いな…首都だけでどれだけの人がいるのだ…)
「すみません。首都だけでどれだけの人がいるのですか?昨日聞きそびれてしまって」
疑問を案内している担当官にレイモンドは質問した。
「えっと…だいたい1300万ですね」
「せ、1300万⁈め、面積は…」
「692㎢です」
「なっ…」
すると呆然とするレイモンドに担当官は笑いかける。
「おかしいでしょ?たった692㎢に1300万人。この国でもトップの人口密度を誇ります。といっても、我が国は元々人口密度が異常ですけどね」
「と、言いますと…」
「38万㎢に1億2000万人が住んでおります」
レイモンドはとうとう意識を手放しかけた。
アホだろこの国
と。
結局、その後、首相官邸で秘密会談がもたれ、後日、通商条約と友好条約を締結することが決定された。
その日、帝国ホテル最上階の1室
「…という感じの国です」
レイモンドは魔信で誰かに報告している。魔信といっても通常の音声のみのタイプではない。神聖サザンクロス帝国は魔法技術は世界最先端。故にリアルタイムのテレビ会議のような魔信が可能なのだ。
それを使ってレイモンドはその誰か、こと神聖サザンクロス帝国皇帝、シュールドル・ラメノフスキーに日本を報告する。
報告内容にラメノフスキーも半信半疑だ。
「ふむ、非常に興味深いが、信じられんというのも確か。お主今、ホテルの最上階にいるようだな。そこからニホンの首都を眺めることはできるか?」
「可能でございます、陛下。どうぞ」
レイモンドは魔信機の向きを変え、窓から見える東京の景色をシュールドルに見せる。
「おお、美しい。是非とも実際に見てみたいものだ。…だが…」
「はい、陛下。この国はどの先進国よりも優れております。差し出がましいことを言うようでありますが、やはり対等関係でいることが賢明かと」
レイモンドはシュールドルにそう具申する。シュールドルも説明を聞く限りで日本の脅威度を理解したようで、肯定を示した。
「うむ、これならばかの西の大陸も…」
「はっ。共同で討伐に当たることも可能かと」
「うむ。その為にはニホンを世界圏内会議に呼ぶ必要がある。が、他の先進国が承認するかだが、まあ我が国がゴリ押せばいけるだろう。それに、アストラルも承認の方針を固めるだろう」
かくして、日本は先進国の陰謀にまで巻き込まれようとしていた。