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帝国留学編-冬- 2

 新年のあいさつもひととおり済み、ビビアンの学園生活はエーリヒがいないまま始まった。

 可能な限り交易の関係で顔を出すと言ってくれた婚約者を思い出しながら、四つ葉のクローバーのペンダントを眺める。そのときはデートすると約束したのだ。結婚式の要望も聞く、と。

 気が付けば一週間などあっという間だった。


 学園のカフェにはサナ・ジャベールとマリーイヴ・ロビックが待っており、窓際の特等席に座ってケーキを食べながらお喋りをする。

 結婚式について聞いてみたい気もするものの、彼女たちにはまだ婚約者もいない。ひょっとしたらもう結婚式のあれこれを考えているのかもしれないけれど言いようによってはただののろけだ。なんと切り出そうかビビアンは考えあぐねていた。

 なんてことのない日だった。ロペ・タルタスが話しかけてくるまでは。


「あの、フレイベルク。いまちょっと大丈夫かい?」


 ぱちりと瞬きをする。ビビアンは彼のことと自分の男装のことを思い出す。

 ばれていなかったようなので、まず座ることを勧めようかとしたときだ。


「なによタルタス。ビビアンはいまあたしたちとお喋りしてるの」

「ごめんなさい、タルタス。また今度にしてくれないかしら」

「すぐすむ!すぐすむからそんなつれないことを言わないでおくれ、ジャベール、ロビック」

「わたしでしたら構いませんわ。その前に、お茶を一杯おかわりしてきても?」

「あ、僕も持ってこよう」


 サナとマリーイヴは怪訝そうな顔をしたものの、席を立つと二人で話し出した。

 お茶のおかわりを取りに行きながらロペのうわさ話をもう一度思い出す。

 とにかく軽い、女の子が好き、帝国でも最南部から来ている人。

 最南部の事情はちょっと興味がある。ビビアンに婚約者がいるのはクラスメイト全員が知っているので、口説かれることもないだろう。ここは友好的な関係を築きたいところだ。

 席に戻り、向かい合って座る。ロペはなんだかそわそわしているようだ。男装の話がでてきたら笑って一蹴すればばれないとエーリヒは言っていた。

 さて、彼はなにを口にするのだろうか。


「フレイベルク。きみ、帝国に親戚などいないだろうか?」

「いえ、わたしの故郷は王国でも北端ですから遠い親戚もいないかと思います」

「では、身内が昨年来ていたりとかは」

「編入試験の際には父と一緒でしたね」

「いや、もっと若い。きみとくらべたらそう、弟さんといった感じの人だ」


 ビビアンは意図的に小首をかしげる。

 彼が言っているのは男装していたときのビビアンだ。ロペとは謎の交流があったものの、もう男装できなくなったわけだし縁も切れた。ロペ自身女の子が好きなのに一体なんの用なんだろう。


「弟は王国におりましたし……。ごめんなさいね、心当たりがありませんわ」

「そうか、ありがとう。髪の色が似ているからもしかしたらと思ったんだが無理があったね」


 礼を言う割にはあからさまに肩を落としている。陽気な彼にしては珍しい。

 サナとマリーイヴもロペの様子がおかしのに気が付いたのだろう。話をやめてこちらに混ざってくる。


「男を探すなんて珍しいわねタルタス」

「あなた一体どうしたの?」

「ちょっと用事というか」

「どんなかしら?」


 マリーイヴの疑問。それがいまビビアンにとって一番の問題点だ。

 深く突っ込まれると面倒なことになる。


「彼とは、なんというか顔を合わせると話す仲で」

「女好きのあんたが?」

「ジャベール、僕は別に女好きって訳じゃない。その、女の子との付き合い方で悩んだときに話を聞いてもらっていたんだ」

「一方的に話していたのではなくて?」

「ロビック。彼だって的確なアドバイスをくれたんだ」


 懐かしい。男装して歩き回っていると時々どこからともなくロペがでてきて話をしようと言ってきたものだ。最初こそ適当に聞いていたものの、あまりにも女の子に夢を見過ぎているのでしばしばきついことを言ってしまった。

 苦情でも伝えるつもりなのだろうか。


「かわいい女の子が寄ってきたって自慢したら、その子の目的はお前とお前の領地とどっちだろうなとか言って。本人に確認してみたら領地のほうだったり」

「タルタス女の子見る目ないね」

「それで? その方を探してどうするの?」

「また恋愛指南を受けられたらな、と思って探しているんだけど。さっぱり見つからなくて」

「まあ、そうでしたの」


 ロペが男装したビビアンにそんなに懐いていたとは知らなかった。そういえばロペは特定の男性と一緒にいることが少ない。エーリヒとドミニクを思い出す。本音で話せる相手が欲しかったのだろう。

 それにしても恋愛指南。

 急に消えてしまったのは完全にビビアンの都合だし、ちょっと力になってみようという気になった。


「王国流の恋愛指南でしたら、多少はわたしも心得がありますわ。代わりにはなりませんかしら」

「なに言ってるのビビアン!」

「わたしの婚約者は男性と二人きりになるのには渋い顔をしますが、今はサナもマリーイヴもいらっしゃいます。構いませんでしょう?」

「え、いや、うーん。そうだね、女性の視点というのも参考になるかもしれない」


 慌てるサナとマリーイヴをしり目に、ロペはあっさりと話を乗り換えた。男装したビビアンから気をそらせたのは大きい。

 それからは彼の恋愛話をいくつか聞いた。

 目がよく合うからいけると思ったらその向こうの男性を見ていた話。領地を通しての交易目当ての話。可愛らしさに近づいたら想像以上に散財する子で小遣いがなくなる前に逃げた話。素敵だと思った女性の格が高すぎて手が伸ばせなかった話。

 女性三人を相手にしているとは思えないくらい明け透けな話だった。


「ほんと女性を見る目がない」

「すさまじい恋愛歴ね」


 二人そろって残念なものを見る目で見ていた。懐かしい。初めて聞いた時はビビアンも心底呆れたものだ。


「わたしが思うに、タルタス様は夢を見過ぎているかと」

「夢?」

「恋愛と踊っても恋愛に踊らされるな、という格言がありまして。いまのタルタス様は恋愛に憧れすぎて踊らされている状態なのかと」

「それのどこが問題なんだい?」

「相手のことをおろそかにして、真実をゆがめて見てしまいます。そんな方に素敵な恋人なんてできません」


 なるべくゆっくり、脅すように話しかける。サナはなんとなくわかったんだろう。気の抜ける声をだしている。マリーイヴは楽しそうにそわそわしてきている。


「そういえば、ビビアンは恋愛結婚だったわね。シュマルブルクにずっと片思いしていたの?」

「それがわたしちょっと鈍いようで、失恋してから恋をしていたことを知りましたの。幼馴染で弟から話をよく聞いてましたので身近に感じていたんですけど、実際に夜会で見かけた際に年が近すぎで結婚できないって気付いて」


 多少誤魔化しながら恋の経験を語る。この辺りは王国でも友人に散々聞かれたので慣れたものだ。

 サナの目が光る。マリーイヴの眼鏡も光る。なにより、ロペの瞳が誰よりもいきいきとしている。

 何かちょっと話がずれているな、と修正する間もなく続きを促す声が上がる。


「それで?」

「どうなったの?」

「どうやって婚約に持ち込んだんだい!?」

「エーリヒが夜会でわたしを探し出して、婚約を申し込んでくれましたわ」

「シュマルブルクは打算であなたに近づいたのかしら?」

「いえ、子供のころからずっと好きだったと」


 きゃー、と黄色い声が三方から上がる。

 あの悪魔が、冷血漢のくせに、ひとでなしだと思ってた、信じられない、血が通ってたんだなと言いたい放題である。まあ偉そうなのも口が悪いのも尖っていたのもエーリヒだからな、とお茶を飲んで三人が落ち着くまで待った。


「わたしの友人には結婚してから旦那様に恋愛感情を持った子もおります」

「へえ、そういうものなの?」

「小説で読んだことあるわ! 本当にあるのね、そういうこと」

「それから、恋愛結婚したいときには先に相手を調査するのが基本でした。遊びなれている方に引っかかってしまえばあとで手痛い目にあいますもの」

「恋愛するのに調べるのかい?」

「あら、タルタス様は相手にいい方がいらっしゃるかも調べずに近寄りますの?」


 これはひっかけだ。

 実際一度ビビアンに近づこうとしていたのだから、調べてないのなんて丸わかりである。

 実際にロペはちょっと悩んだ素振りを見せて、首を縦に振った。


「タルタス様は、まず恋愛をする相手を絞ったほうがいいかと思いますわ」

「そうそう。ビビアンの話を聞いたでしょう?」

「シュマルブルクの一途さを見習ったら?」

「そうか、そういう考え方もあるのか……」


 ロペは深く考え込んでしまった。

 その間にサナとマリーイヴと小説の話題で盛り上がる。なんでも帝都に並ぶ小説には、若い女性を対象とした恋愛ものが結構な数あるそうだ。ビビアンにとってそういった娯楽小説の存在は初耳だったけれど、サナは勉強は嫌いだけどあれは好きと評価していた。マリーイヴも相当のめり込んでいるようだった。

 ロペが勢いよく顔を上げる。


「フレイベルク。いや、フレイベルク先生。僕に恋愛指南をつけてもらえないだろうか」


 ぱちり。ビビアンは本気で意味が分からなくて瞬きをする。

 曰く、女性の視点で見た恋愛というものをもっと知りたいと。夢のような恋愛をしたいと思っていたけれど、素敵な恋人ができないのは困る。自分の悪いところを直すからずれていたら指摘してほしい、と。


「きみの国の令嬢は真剣に恋愛相手を探すのが上手なんだろう。ぜひ教えてほしい」

「友人の体験談くらいしか話せませんのよ?」

「充分だ。ジャベール、ロビック。お願いだ、その際には同席して欲しい」

「それって恋愛話するってこと? それなら大歓迎!」

「王国の恋愛譚……魅力的だわ」


 先生呼びは阻止したものの、四人で定例のお茶会をする流れになってしまった。

 騙していた分ちょっと償おうかと思っていたのが想像以上のことになってしまって、でもそれもまた楽しそうでつい約束をしてしまう。もちろんエーリヒには手紙で報告しておいた。また嫉妬されたらどうしていいか分からないから。

 友人の体験談を集めるべく思い当たる人に片っ端から手紙を出したら、時間を置いて盛大なのろけ話がぞくぞくと集まってくる。

 ついでに結婚式の話も聞いておいたので、まずはそっちから読むことにした。

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