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帝国留学編-冬- 1

 本日のフレイベルク家客間は少々の緊張に包まれていた。

 新年のパーティでドミニクとの婚約が正式に発表されたパトリシアが訪れているからだ。

 夏に結婚したい、それもできれば双子で同じようにとのビビアンのわがままを受けてドミニクが招待した。付き添いにはパトリシアの次兄、オズワルドが休日の時間を割いてくれている。結婚式のことについて相談に乗ってくれるそうだ。


 もちろんもう一人の当事者エーリヒもいる。来て早々にテーブルの上に地図を広げ、いくつかの証書の写しと本を持ってきた彼はお茶を飲んでドミニクが話し出すのを待っていた。

 皆を招待したのは双子だけれど、名目上はドミニクがホスト役なのだ。何度か会ったことのあるオズワルドをビビアンとエーリヒに紹介したドミニクは、緊張のせいかそれだけで疲れているようだった。


「クラッグ公爵の第二子息に、お願いを申し上げたいのですがよろしいでしょうか」


 エーリヒは余所行きの声で告げる。この角ばった態度はビビアンにとっては新鮮で、なるほどいつも社交界ではこうしているのかとのんびり見守っていた。


「なんだろうか」

「どうか、この場で砕けた言葉遣いをすることを許してはいただけませんか。私は、どうしてもフレイベルクの双子の敬語を聞いていると無性に居づらくなるのです」

「今日の自分は妹の付き添い。その程度、許可をとるまでもない」

「わたくしも、その、砕けた言葉遣いで話しかけられたいですわ」


 ほう、と双子の息がもれた。助かったというのが正直なところだ。

 実家でまで余所行きの言葉を使っているのはどうにも肩がこる。

 エーリヒの敬語もビビアンはいつか慣れる必要があるだろう。でも敬語で話されると妙によそよそしいというか距離を感じると言うか、つまりビビアンはエーリヒが尊大でないのが落ち着かないのだ。


「ありがとうございます。ビビアン、ドミニク」

「ありがたいです、義兄様」

「感謝します、義兄さん」


 義兄と呼ばれたのにびっくりしたのか、オズワルドは軽く肩を揺らす。

 あれまずかったかなあと目線でビビアンが問えば、そのままで行こうとドミニクが同じように返す。

 ドミニクは義兄と呼ぶ機会をうかがっていた節すらある。

 オズワルドは普段、騎士団に務めているというだけあって驚きを顔にも口にも出さない。

 ならこのまま義兄と呼ばせてもらおうとビビアンはやっぱりのんびり考える。


「さて、結婚式の話に移るぞ。式はそれぞれの領地で行う、まずこれに異存はないな」

「うん。ビビの分もフレイベルクでできたら最高なんだけど流石に無理だよね」

「無茶を言うな。こっちは嫁が来ると聞いていつ祭りにするか真剣に考えている段階だ」

「お祭りになるのかい?」


 ビビアンがしゃべるとパトリシアもオズワルドもぎょっとする。

 普通の令嬢はこんなしゃべりかたをしないことは充分に承知していた。

 承知しているものの、長年の癖は半年かそこらでは抜けないのだ。家族やエーリヒが甘やかしてくれるから余計に。


「ああ。前夜祭当日後夜祭それから数日くらいは祝いの祭りで街がにぎわう」

「商売どきだねえ」

「だから、ルートをしっかりしとかないと夏の間に同じように結婚はできないぞ」

「エーリヒがそこまで言うんだ。なにか案があってのことだろう?」

「これを」


 エーリヒが広げてあった地図に視線を集中させる。二つの駒を王都に置いた。


「まずは王都で結婚宣誓書を提出する。そのあとはシュマルブルクだ」


 駒は二つそろってシュマルブルクへの道をたどる。

 パトリシアは真剣にのぞき込み、ドミニクはあまり馴染みのないシュマルブルクという街を興味深げにながめている。同じ程度の知識しかないビビアンだって興味関心は尽きることない。

 今度きちんとエーリヒに聞こう、改めて思う。


「シュマルブルクで結婚式を挙げる。これにだいたい五日から一週間。式の後の祭りまでビビアンはいなければならないが、身内とは言え客であるパトリシア嬢とドミニクは自由になる。この間にクラッグ公爵領まで行き、嫁迎えの行事を行う」


 駒の片割れをシュマルブルクに残したまま、片方をクラッグ公爵領まで移動させる。

 嫁迎えの行事は随分と前に形だけになり、いまでは行うところもほとんどない。今回は内々ながらもやると婚約証書に記されていた。


「あの、すみません。わたくしの、わがままで」


 パトリシアはこの行事を祖母から聞いてひどく憧れていたらしい。

 顔を赤くして恥じる様子が可愛らしく思わず顔がほころぶ。

 ビビアンはこういう少女らしい少女には甘かった。初めて聞いた時に非効率的だとぼやいたエーリヒを諫めたのもビビアンだ。


「結婚式は女のためのものだ。要望があるならどんどん出してくれ。駄目ならきちんと説明する」

「そうそう、エーリヒいいこと言うね。主役はパトリシア嬢なんだから、おれなんでも言うこと聞くよ」


 にっこり笑ったドミニクに、パトリシアは口を押える。

 悲鳴を飲み込んだんだな、とビビアンにはなんとなくわかった。

 半年以上たってもまだパトリシアはドミニクに慣れないらしい。固まってしまう。


「続きだ。嫁迎えが終わったらフレイベルクへ。こちらも祭りが終わり次第向かう。揃ったところで結婚式を行う。異論は?」

「異論じゃないけど質問。なんでわたしの方が結婚式が先なんだ? 帝国の夏休みは長いから先にドニ達でもいいだろう。母さんの仕事もある」

「姉より早く結婚する弟がどこにいる」

「あんまり遅いとおれたちが出られないよ、ビビ。それにおれたちの式が終わってから母さんの仕事のほうがいいと思う」


 駒はフレイベルクの港町へと勧められて、また合流する。

 オズワルドも興味深そうに一連の流れを見ていた。

 エーリヒは一人一人の顔を見て、満足げに頷く。今度は白紙とペンを取り出して次の議題へと移った。


「細かな日程はドミニクとすり合わせるとして、問題は式だ。なにがしたいのかを上げていってくれ。そっちのはそっちでまとめろ」

「なにがしたいか、ねえ。パトリシア嬢はどんな式がしたい?」

「あの、薔薇の花を撒くようなことをしたいです」

「それはいいね。白い薔薇ならパトリシア様の真っ赤な髪にきっと映える」

「ドレスや飾りも薔薇で統一しようか。フレイベルクには薔薇飾りがあんまりないから広めるにはいい機会かも」


 とんとん、とドミニクとパトリシアの結婚式の話はまとまっていく。

 誰が呼びたいだとか、どういった式がいいだとか、パトリシア嬢の頭の中にはイメージが膨らんでいるみたいで、ときどきドミニクやオズワルドから修正が入る。

 ビビアンは心温まる気持ちでいっぱいだった。

 きっとパトリシアは可憐なお嫁さんになる。

 将来の義妹が可愛らしくて、結婚式がますます楽しみになった。


「おい」

「なんだい、エーリヒ。わたしいま楽しんでいるんだけれど」

「お前、弟の式ばかり気にして自分の式はどうするんだ」


 はて。ぱちくりとビビアンは目を瞬かせる。

 自分の式。

 エーリヒと結婚するのだから式をするのは当たり前だ。

 ところがビビアンにはパトリシアほど具体的なプランはなにもない。


「例えばドレス、俺も詳しくはないが形など指定はないのか」

「形……素材なら指定があるぞ。シュマルブルク家で、今後売り出したいもの」

「まて。誰がいま商売の話をした。お前の要望を聞いているんだ」

「特にないんだ。あえて言うなら、シュマルブルクに嫁入りするんだからシュマルブルクのもので満たしたい」


 その方が領民には喜ばれるだろう、と聞けばエーリヒは頭が痛いと嘆いてしまった。

 ビビアンは小首をかしげる。

 エーリヒに、シュマルブルク伯爵家に嫁ぐのだから折角ならば彼らの役に立ちたい。

 シュマルブルク伯爵は商売が上手で、その夫人は流行に敏感だと言う。うといビビアンよりずっと上手にやってくれると思ったのだ。


「アクセサリーは」

「ドレスにあったものを」

「髪型」

「これもドレスに合わせた方がいいだろうな」

「飾り」

「白地に少し金であまり派手すぎず上品なものが好きだ」

「招待客」

「そちらはリストで送ろう。もしよければ帝国からも招待したい」


 他にもいくつも聞かれたけれど、まともに答えられたのなんて数えるほどしかなかった。

 はあ、とあからさまなため息にビビアンの縮こまっていく。暗に責められているような気さえしてくる。


「なんなら、ドレスに名文を少しずつ刺繍してもらおうか?」

「お前本気で言ってるのか」

「……すまない、本当に思いつかないんだ」


 視線をそらせばオズワルドと目が合った。

 笑いをこらえるのに必死という姿に自然とほほが膨らむ。


「失礼。フレイブルクの令嬢は実に堅実ですね。あなたの叔父上の言葉通りだ」

「義兄様は叔父様をご存じで?」

「よく世話になっております。今回の婚約は実にめでたいことだと言いふらしておりますよ」

「叔父様……」


 尊敬する叔父に褒められたものの、ビビアンは別に堅実というわけではない。

 自分の服や飾りに関することに元から興味が薄いのだ。

 華美なプレゼントよりも叔父の騎士団での話を聞きたがっていた。


「お前な、後からあれがしたかったこれがしたかったと言っても間に合わんぞ。帝国に行くまでに、いや行ってからでもいい。要望をなんでもいいから挙げてくれ」

「エーリヒはなんでそんなに必死なんだい?」

「うちの両親が喧嘩をするといまも結婚式の恨み言を聞かされるからだ」


 ビビアンが結婚相手を探していたときの条件はふたつ。勉強ができて、対等に話せること。結婚式の詳細なんて頭からすこんと抜け落ちていた。

 ところが実際に見つかった結婚相手は、ビビアンに結婚式の要望を出せとしかめっ面で言ってくる。

 身の回りのドレスから装飾品からすべて父や弟たちに見繕ってもらっていたビビアンにとっては中々の難題であった。

 短い冬休みの間では答えは見つからない。

 サナやマリーイヴと話せば少しは光明も見えてくるだろうか。


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