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帝都留学編 4

 男装して出歩く。今までは限られたところ、それこそエーリヒの部屋くらいしか行ったことがなかった。

 こちらにはドミニクの顔は知られていない。弟がいると言ったきりだ。だから、初めて帝国図書館に入ったときには緊張した。ばれないだろう、ばれたらどうしよう。そんな揺れる心なんてさくっと消えた。あれほど突き刺さっていた視線を感じないのだ。

 図書館内を自由に歩き、時には書架から本を取り出し立ち読みする。時には閲覧席で中身をしっかりと確かめた。いくつか検討を付けて、退出する。

 後日改めてビビアンとしてくれば、やっぱり視線を感じる。そそくさと目的の本を借りてさっさと帰った。

 エーリヒの策はビビアンが思っている以上にうまくいっている。




 王国の話を聞く会、というものを作らせてほしいとマリーイヴから提案されたのは学園に入って一ヵ月ほどしたころだ。なんでもビビアンが帝国のことをいろいろと聞いてくれるのはうれしいのだけれど、王国のことを知りたい人もたくさんいるのだと。何度も同じ話をさせるのは忍びないのでいっそ教室を借りて簡単な講習会の形にしたいとの話だった。

 ビビアンはこれに賛成した。なにせ女の子たちの疑問は尽きない。込み入った話になるとお昼時だけでは終わらないし、そもそもどこまで聞きたいのか図りかねていたのだ。出入り自由の講習会なら気楽に話せるだろう。


「お集まりいただきありがとう。一問一答形式でビビアンに答えてもらうから、質問はきちんと考えてね」

「どうぞ、お手柔らかにお願いいたしますね」

「本を読んですぐにわかる話は流すわ。それじゃ、質問者は挙手を」


 放課後の教室で、せいぜい数人くらいと話すのだろうと高をくくっていたビビアンは全員そろったクラスメイトにうっかり現実逃避をしそうになった。それどころかほかの学年からも覗きに来ているらしい、見たことのない顔がいる。

 司会はマリーイヴに任せて、ビビアンは生まれ故郷のカタルセン王国に思いを馳せる。


「王国の方にとって帝国ってどんな存在?」

「そうですね。古くからの同盟国でもありますし、華やかな文化が伝わってきますので一種憧れはあります」

「その割には商人以外みないけれど」

「帝国の方が王国に来る機会がないように、わたしの国から帝国へ行く機会もまた少ないんですの。ですから余計に憧れが募るのですね」


 少々のリップサービスをのせて答えれば、クラスメイト達の顔は明るくなる。誰だって故郷を褒められたらうれしいものだろう。事実、帝国の華やかな文化は交易の商品としては一流である。王国の友人たちも帝国へ行くと聞いた時、羨ましいと言ってくれた。


「王国の方は帝国への留学をどう思われていますか?」

「男性の場合は優秀な証と受け取られております。女性は、わたしの体験談ですとあまり快く思われません」

「あら、具体的にはどういった」

「男性の場合ですと同年代に一目置かれることが多いですね。女性はわたしの故郷では勉強をすること自体が稀ですので、生意気な、変わったといった目で見られます」


 この質問には会場がどよめいた。ビビアンは小首をかしげてマリーイヴを見る。マリーイヴですら、驚いて声がでないといった様子だった。ざわめく教室の中でビビアンはひとり冷静にまわりを見渡していた。ありえない、男女差が、などと聞こえてくる中でじっとマリーイヴを見ている少女を見つける。

 栗色の髪をハーフアップにした少女だ。どこかで見覚えがあるな、と思っているうちに次の質問が飛んでくる。


「女性が勉強をしないとなると、彼女たちは普段なにをしているの?」

「刺繍や編み物、ダンスの練習、礼儀作法、ピアノのレッスンなどが日課になります。16歳で社交界デビューしてからはお茶会、夜会、舞踏会への出席が生活のほとんどを締めておりますね。結婚してからはマダムとして自宅にお客様を招待し、社交の場を作ることが求められます」

「ビビアンも?」

「もちろん、わたしもそういった生活をしておりましたよ」

「どうして留学を?」

「婚約者のすすめで。わたし自身も興味がありましたのでこちらに参りました」


 会場のざわめきがどんどん大きくなっていくのを感じる。帝国との差は幾度となく開いた本や聞いて回った話で分かってはいたものの、こうして肌で感じると針をあてられているような感覚に襲われる。男女で役割が完全に分断されている、というのは彼らにとってまったく意識の外にあった話なのだろう。


「婚約って、どのように結ばれますか?」

「人によって違いますが、主に夜会や舞踏会でお話が合った方と一緒になる話をよく聞きます。また、父親の勧めで見合いをするケースもあります」

「王国の結婚は年齢差が大きいと聞いたけど、どのくらい?」

「貴族同士でしたら、20歳程度離れているのが普通ですね」


 教室内はいっきに騒然となった。誰が何を言っているかさっぱり分からない。マリーイヴに目をやれば、彼女の瞳にはなにかしらの決心が浮かんでいる。まずいな、ビビアンのなかで警報が鳴る。少ない付き合いで分かったことだが、マリーイヴは優しくて良い子だけれど少々実行力がありすぎるのだ。


「マリーイヴ。今日のところはこの辺で構わないでしょうか?」

「え?ええ。このままでは収集が付きませんし」

「では次回までにわたしももう少し自国のことを学びなおしてきますね」

「はい。じゃあみなさん、今日は解散です!」


 一礼して、先に退室させてもらった。外にでても教室内の興奮は収まらないようで、近くの相手と議論を交わしているのだろう。王国に興味を持ってもらうのは嬉しいものの、なにか間違えたのではないかという気持ちがビビアンのなかで大きくなっていく。

 王国もいいところなんだけどな、というのがビビアンの正直な感想である。次回こそ伝わるといいと思いながら。


 ビビアンの楽観的な希望とは反対に、王国の話を聞く会を重ねても穏やかでない雰囲気が続いていた。時には穏やかな話題も出てくるものの、それじゃあ面白くないと思ったのだろうか、なんとしても衝撃的な話を聞きたいといった風な質問をしてくる人たちがいる。ゴシップの中心に立つのは慣れてしまったものの、王国そのものを否定され続けるとさすがにこたえる。

 クラスメイトの対応も、なんだか変わってきてしまった気がする。初めて会ったころは対等だったのに今ではなにか、うまく言えないけれど薄い膜で覆われたような柔らかな、まったくもって嬉しくない優しさをもって接せられる。これもなかなかにこたえた。


「お嬢様、ここのところあまり元気がありませんね。こちらをどうぞ」

「うちのパウンドケーキか。ほっとするなあ」

「週末はエーリヒ様のところへ?」

「うん。悪いねルーシー。仕事ばかりで」

「お嬢様が学園に行ってらっしゃる間は休んでおりますので大丈夫ですよ」

「ありがとう。ルーシーに一緒に来てもらって本当に助かってる」


 故郷の味を口にして、久しぶりに肩の力を抜いた気がする。エーリヒなら今の現状をなんというのだろう。

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