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帝都留学編 3

 二週間も立つころにはなんとなく学園というものにも慣れてきた。社交界での友人の作り方を応用してマリーイヴをはじめとして昼ごはんを一緒に食べる相手はできたし、自室にいるとき以外は常に皮をかぶっている。

 学園生活は気が抜けない。知識は目の前で常に更新されていくし、クラスメイトとの交流だってしなければならない。前者はビビアンにとって嬉しい悲鳴がでる代物だが、後者はそうもいかなかった。特に男性との接し方だ。どうしてもぎこちなくなる。二歩か三歩引いたところから話して丁度いいくらいかな、といったところである。


「お嬢様の化けの皮は一流ですね」

「ありがとう、ルーシー。あなたに褒められると自信がつくな」

「他の家の侍女に褒められましたよ。絵本のお姫様のようだと。うっかり誰の話ですかって聞き返すところでした」

「それは災難だったね」


 基本的に自室で本を読むのが常なので、息苦しいとまではなかった。ただ、学園の図書館でも帝国図書館でもなんとなく視線を感じてやりづらいのだ。部屋を見回す。そうして、机の真正面に飾ったエーリヒのメッセージカードに目を通した。


「明日の休みはエーリヒのところへ向かおう」

「エーリヒ様、というとシュマルブルク伯爵子息でしたよね?」

「そう。あなたを雇った人の息子だよ。エーリヒのそばならのんきにしていられるだろう」


 帝国では婚約者同士が会う際に制約がないそうだ。一応王国民としてルーシーを連れて行くものの、その二人相手に化けの皮はいらない。早速かばんに本と紙の束、筆記用具を入れて準備をする。

 久しぶりにエーリヒに会える。なんともなしに鼻歌を歌っていたら、ルーシーにたしなめられた。


 示された住所は帝都の閑静な住宅街の中にあるタウンハウスを示していた。なんでも知り合いの大学教授の部屋を借りているらしく、フレイベルク家のタウンハウスと比べても遜色ない規模の家になぜだか懐かしさを覚える。


「音を上げるのが早かったなビビアン」


 部屋に上げてもらって第一声がこれである。ああ、エーリヒだな、と一瞬で王国にいたころの気分に戻された。ルーシーはさっさと家の手伝いの方に回ってしまう。どうにもこのタウンハウス、家主が帰ってこないせいで人手が足りないらしい。


「これでも学園では上手に化けておりますの」

「お嬢様言葉はやめろ。それで? 男女共学はどうだ」

「男性って未知の生き物。女の子とは仲良くやってるよ」

「お前、俺とドミニクをなんだと思っているんだ……」


 頭を抱えるエーリヒを改めてまじまじと見る。朝日に照らされてなお深い黒色の髪、夜明け前の冬の海みたいなアイスグレーの瞳。顔はたぶん整っているのだろう。あまり判断基準にしたことがないからよく分からない。不遜に笑って見せる顔は好きだな、と思ってすぐ、考え込むときにきゅっと眉が寄って引き締まる顔も悪くないと思い直す。


「黙るな。考え込むな。切なくなる」

「ああ、すまない。よその考え事をしていて」

「なんだ?」


 こうやって単刀直入聞いてくれるところも助かるなあ、と思いつつこれらを口にするとなんだか怒られそうな気もしてくる。エーリヒからみたビビアン達双子はどうやら口の達者な人たらしらしいから。


「図書館の居心地が悪くてね、本をまともに探せないんだ」

「ほう? 屈指の書籍量をほこる帝国図書館の居心地が悪いと」

「そこはいいんだ。すごく素敵。ただ、視線を感じるというか」

「王国からの留学生は珍しいからな。興味とうわさ話の的だろう」

「そこでエーリヒのところに来たわけだ」

「なるほどな」


 頷いたエーリヒは部屋の中を見回す。簡素な部屋だ。王国にあったエーリヒの部屋は常に本に占領されていたけれど、こちらは数えられるくらいの量しかない。そうするとこれはエーリヒの勉強に使用する分だろう。当てがはずれて少しばかりがっかりする。


「見ての通り、こちらに本は持ってきてなくてな。ここの家主の本も偏っているからあまりおすすめできない」

「うん、残念だ。悪いことをしているわけじゃないのにこそこそと本を探す生活が待っていると思うと憂鬱だな」

「堂々としていればいいだろう」

「王国では女が本を見るのは罪に等しかったんだよ。慣れないんだ」

「そんなもので本を諦めるのか」


 うっとビビアンは答えに詰まる。そんなもの、とは言うが生まれてこの方刷り込まれ続けた常識というのは覆しがたい。帝国ならば大手を振るっていられると分かっているものの、万一カタルセン王国にうわさ話として流れたらどうしたらいいものか。本を読んでいるのがばれたら下手すれば精神病院と父に軽く脅されていた昔を思い出す。

 留学しているから無効だろう、と思う反面、どうしても踏み切れないのだ。


「エーリヒ。その、お願いがあるんだけど」

「なにを」

「わたしの代わりに本を借りてきてはくれないか」

「断る。お前好みの本は探すのに骨がかかる」

「王都のタウンハウスにはあったじゃないか」


 エーリヒが黙り込む。ドミニクと偽って彼の部屋に通っていたあの頃、いつだってソファーのそばにはビビアン好みの本が置かれていた。その経験があれば帝国図書館からだっていくらでも本を見つけ出せるだろう。期待を込めてエーリヒの瞳をのぞき込む。


「ああ、もう。その目をやめろ」

「いいのかい?」

「ダメだ。せっかく帝都まで来てあそこの図書館をのぞかないなんて趣味が悪すぎる」

「エーリヒのけち」

「代わりに一つ案をやろう。お前、あれ持ってきているな?」


 小首をかしげてエーリヒを見る。にやりと片頬を上げて笑うエーリヒは実に楽しそうだった。


「帝国風の紳士服は用意してやる。あと、アリバイ作りもだ。ここにいたことにすればどこへでも行ける」

「それはつまり」

「大事なのは妥協点だ。お前はどこまで妥協できる?」

「君の、想像通りのところまで」


 不覚にもどきりとする。持ってきたものの寮生活では着る機会がないだろうと思っていた男性の服。鏡の中にいるドミニクそっくりのビビアン。騙していた手段を逆手にとって、お前の好きに振るまえと手を差し伸べてくれる。いつもそうだ。エーリヒは、彼の意識の有無にかかわらずビビアンの憧れを実現させてくれる。


「ドミニクとは名乗れないな」

「ダミアン、でいいだろう」

「それはひいひい爺様の名前だな。わたし達の名前の由来でもある」

「なら丁度いい。聞かれたら答えるくらいで、後は放っておけ。社交的である必要もない」

「それは助かる。……ばれると思うかい?」

「上手に化けているんだろう? なら、絶対ばれない」


 エーリヒから堂々たるお墨付きと後押しをもらう。こうしてビビアンの帝都での男装生活が幕を上げた。

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