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番外編:うわさのうわさ

 うわさ話と社交界は切っても切れない縁がある。

 学生と変わらない年で婚約に踏み切ったエーリヒ、婚約の条件として留学を提示されそれを呑んだビビアン。どちらか片方だけでもセンセーショナルなのに、二人そろえば前代未聞の婚約劇となる。

 そうなれば流れるうわさ話は玉石混交あちらこちらで日々新しいものが生み出され改造され、本人にとっては思いもしない話になって戻ってくる。

 面白がったのはドミニクだ。どちらともつながりがあるために日々知人から初対面まで声をかけられる身とすれば、楽しんだ方が勝ちだと割り切ったらしい。

 そんなわけで、フレイベルグ家のタウンハウスでは三人そろってのうわさ話大会が開催されている。


「まずおれね、これは結構やさしめ。外国に興味のあったビビアンと留学していたエーリヒが文通していくうちに互いの人柄に惹かれあい婚約に至った」

「いつの間にわたしは文通を」

「外国に興味のあったという方が初耳だぞ」

「あ、それはおれのせい。ビビの留学のはなし、面倒だから外国に興味のあったことにしてあるんだ」

「なるほどね。次からはわたしも使わせていただこう」


 ドミニクはなるべく正確に、いつも貴族の皆様に伝える内容を復唱した。手元の紙にビビアンが書きつけていく。


「次は俺か。夜会でフレイベルクの妖精を見初めた俺が爵位を盾にビビアンに迫った、らしい。国内では年上の貴族の魔の手がかかるのをおそれ結婚まで帝国に閉じ込めておくつもりだと」

「フレイベルクの妖精ってほんとどこから流れたうわさなんだろうねー?」

「爵位を盾には無理がないかい?君の家もわたしの家も伯爵家だろう」

「伯爵家長男だからな、バリエーションとしてビビアンの欲しいものを提示するパターンもある」

「ああ、それは半分事実だなあ」


 ビビアンが苦笑いをもらすと、ドミニクは逆にほほを膨らませた。帝国行きのはなしがでるとすぐこれなのでビビアンもエーリヒも特に気にしないで続ける。


「わたしの番だね。エーリヒとわたしは父同士の思惑で一緒になっただけの契約結婚であり、双方に不満が募るものの父親には逆らえず愛のない婚約に踏み切った、と」

「それ聞いた。失礼な話だよね。おれの父さんの人柄無視だよ?」

「俺の父の人柄もな。正面切ってビビアンを君から解放すると言われたのはこの話のせいか?」

「いやどうだろう。結構エーリヒ悪役だからなー」


 社交界であまり目立たない、しかしうわさだけは聞こえてくるエーリヒというものは一種ゆがめられて伝わっているらしい。本人の性格もあると思うとはドミニクの弁だ。


「ビビが悪役のやつといえばあれ、将来有望で領地の発展も約束された天才エーリヒのところにビビが打算で近づいて、持ち前の社交力と父の権力で口説き落としたってやつ。あのビビの活躍はかっこよかったなー」

「ほう、それはわたしは初耳だな。悪女か、悪くない」

「ドミニク、ビビアン。お前らそれでいいのか」

「悪女って言っても本人知ってると別人としか思えなくてさ、ついつい最後まで立ち聞きしちゃったよ」

「それは是非聞いてみたかった」


 眉間にしわを寄せてエーリヒがお茶に手を伸ばす。うわさ話を楽しもうと声をかけられたものの、ここまで自分のうわさを楽しく話す双子を見ているといろいろとばかばかしくなってきている。


「ビビアンが悪役な。悪役とまではいかないものの、ビビアンは帝国にしか興味のない生意気な小娘だと最近言われた。君も利用されてさぞ辛いだろうと」

「さぞ辛いのかい?」

「ああ、延々婚約者の悪口を聞かされて辛かったとも!」

「おれもそれはつらいなー」


 つらい、つらいねえ。ビビアンは口の中で復唱する。つらいうわさなど聞いただろうか。どちらかといえばビビアンのところに来るのはロマンに満ちた両想いの話が多かったりする。


「ああ、あったよ辛い話。エーリヒは実はドニが」

「まったおれその話はいらない気がする」

「続けろビビアン」

「うん、まあエーリヒが実はドニに片思いしていて、叶えられない恋ならばと顔のそっくりな双子の姉ビビアンを代わりに嫁に貰おうという話だ」

「聞きたくなかった! そんなエーリヒ全力で邪魔するよおれ!」

「いくら双子とはいえ代わりにならんだろう、馬鹿か」


 くつくつとエーリヒが笑う。ドミニクは自分は安全圏にいるのだと高をくくっていたのだろう。異様に落ち込んで見せている。おれは別に女顔じゃない、とかぶつぶつと呟いていた。学院でなにかあったのか、ビビアンは少々心配になる。


「俺の商売を広げるためにビビアンの父の人脈が必要となって婚約した、という話もある」

「それは聞いたな。でも父の領地は北のはずれだから、ちょっと飛躍し過ぎだろう」

「方向性の違うのとしては、年齢が近すぎて秘めたビビの恋心をエーリヒが見透かして婚約したっていうのもあったよ」

「エーリヒすごいな。わたしたち夜会でもほとんど会話していないのに」

「架空の俺を褒めてどうする」


 そういえば、とビビアンは一通の手紙を取り出す。薔薇のかおりのする質のいい便箋には、リクエストした通りパトリシアの傍で流行っているうわさ話をしたためてある。パトリシアの周りでは、と一言入れてから壮大なラブロマンスを簡単にまとめて説明する。


「なんでもエーリヒがわたしにながいこと片思いしていて、帝国に留学している間も忘れられず、ドニに取り入ってわたしを紹介してもらい婚約した、という話らしい。エーリヒずいぶんと気が長いぞ」

「ドミニクに取り入った覚えはないな。近寄ってきた覚えはあるが」

「エーリヒがつれない。こんなに仲いいのに」

「その話のビビアンはどうして俺と婚約を?」

「えーと、理知的な瞳に見つめられて鼓動が高まり……要はひとめぼれかな」

「ビビったら軽率。弟は許しませんよ」


 そうして三人で笑う。

 刺激的過ぎるうわさ話はまだ耳をふさがれるような年頃だから、揃ううわさ話なんてたかが知れている。愛のない婚約、片思いから無理やり婚約に持ち込むもの、それから両想いのラブロマンス。多少の揺れはあるもののビビアンとエーリヒにとっては予測の範囲内だ。ドミニクにとっては他人事とまではいかないものの、距離のある話。たかだかうわさ話なのである。

 だからビビアンは気が付かなかった。エーリヒがながい片思いを否定しなかったことに。たかだかうわさ話、されどうわさ話。侮れないな、とエーリヒはだれにも聞こえないように呟いた。

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