好きな悪魔(ヒト)の好きな人
体が軽い。ベルフェゴールの放つ風の刃も遅く見える。
「すげえ…この力…」
あれだけ受け入れるのに対抗していた俺もいつの間にかその力に驚いていた。人間の体よりもはるかに速く重い拳が次々とベルフェゴールに命中する。
「ッ…ニンゲン…」
明らかにこちらの方が優勢だ。しかし。
「っ…!?ぐあぁぁ!?」
急に頭に激痛が走る。徐々に頭の中が殺意に侵食されて行く。これが悪魔の力。自分が自分ではなくなってゆく感覚。
「…カガリノチカラハ…キョウダイ…ツカイツヅケルトニンゲンノカラダデハモタナイ…」
「ダマレ…ベルフェゴール…」
体が勝手に動く。自分の意識に関係なく無意識に拳を振るっている自分に恐怖を覚えた。まるで操られているかのように。
「ゴパァ…!?」
俺の拳がベルフェゴールのみぞおちに命中する。急所に重い拳を入れたのだ。いくら悪魔でも立ってはいられない。ベルフェゴールは他に膝をつき、吐血していた。
「ニンゲンゴトキニ…オレガ…」
「シネ…ベルフェゴール。」
もう一発。また一発とベルフェゴールに拳を振るう。その姿はまさに悪魔そのものであった。
「ぐ、あぁ…」
いつの間にか頭の中には殺意だけがあった。
こいつを殺す。平野を殺した憎き悪魔。
必ず殺してやる。いつの間にかベルフェゴールは意識を失い、地面に倒れていた。徐々にその身体は灰になって行き、風に吹かれ、消えて無くなった。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
突然激しい疲れが絢斗を襲う。無我夢中で攻撃をし続けたせいか、疲れなど感じていなかったのだ。
「ふ、ハは…あははは!!…!?」
なぜだ。なぜ笑った。速く4人を助けなければ。再生の能力。これを使い早く4人を…
「篝…くん…」
平野がかすれた声で名前を呼んだ。
「平野…お前…生きて…」
俺は殺意が侵食する身体の中、徐々に理性を取り戻して行った。
「篝くん…私ね…」
「平野!待ってろ…今再生の能力で…」
俺は平野の頭にそっと手を添え、傷を癒して行った。
「篝くん…街で言おうとしてた…あなたは…あなただけには無事でいて欲しかった。」
「…え?」
「私ね、篝くんのことが好きです。だから、私はどうなっても篝だけは助けたかった。だからあの時来ちゃダメって言った…」
「…!!」
「あの夜の出来事を見られた時、私篝くんに嫌われちゃったと思った。でもこうして助けに来てくれた。とても嬉しい。」
「平野…俺も…お前のことが…」
傷は癒されていく。しかし、平野は苦しそうにしている。何故だ。
「篝くん…ダメだよ…私はもう…」
「なんで!なんでだよ!クソッ!!」
「昔から篝くんは私を助けてくれた。小さい頃近所のいじめっ子からいじめられていた時、傷だらけになってでも私をかばってくれた。」
「平野…」
「中学生に上がってからもずっと仲良くしてくれていた。あまり友達がいない私をずっとよくしてくれていた。」
「それは…俺が平野の事を…」
「高校生になってからも勉強で忙しくて中々遊ぶ機会はなかったけど毎日挨拶をしたり、学校で話したりして、とても楽しかった。」
「何故だ…何故治らない!傷は癒されているのに、なんでそんなに苦しそうなんだ…」
「私はそんな篝くんのことが…大好きです。」
「平野…俺も好きだ。ずっと好きだった。」
平野は涙を流した。
「好きな悪魔の好きな人が私で…よかった…」
そういうと彼女はそっと目を閉じた。息をしていない。胸に耳を当てる。しかし心臓の音は聞こえない。彼女は眠るように死んだ。
「う、ウワァァァァァ!!!!!」
俺の叫び声が静かな闇の中響く。俺は3人の傷を癒し、そのまま眠るように倒れた。
ーーーーーー
「絢斗…絢斗!」
どのくらい眠っていたのだろう。見覚えのある天井。俺の部屋だ。
「目が覚めましたか。絢斗君」
「グラウト…ルシファー」
そこには傷だらけになって倒れていたルシファーとグラウトの姿があった。
「あの少女…ステラは?」
「あの子なら意識を取り戻した後、どこかへ消えた。まだ悪魔界に残っている。」
「そうか…でも平野が…」
「あの子は恐らく生贄に捧げられた後、多くの生命力を失っていたのじゃ。再生の能力では追いつかないくらいにじゃ。」
平野は死んだ。すぐに駆けつけていればこんなことにはならなかった。そんな自分に怒りを覚える。
「すまない…絢斗君。僕達に力があればベルフェゴールを…」
「いや、いい。過ぎたことは仕方がない」
「でも絢斗…お主、泣いて…」
「…え?」
いつの間にか涙を流していた。辛い悲しい。そんな感情が抑えられなかった。
「…奴の攻撃が早過ぎて、わしの時を止める能力も発動できなかった。」
「いいんだよ…もう…」
今更そんな事を言っても仕方がない。もう死んだのだ。受け入れるしかない。でも…
「うっ…平野…」
感情が抑えられない。彼女は俺のことをずっと好きだった。そう言ってくれた。やっと結ばれたと思った恋は無残にも散った。深い悲しみに囚われ、俺の頭の中は真っ白になってゆく。
「少し…一人にしてくれ…」
「あ、あぁ…」
「絢斗…」
そういうとルシファーとグラウトは部屋を出た。
「っ…うっ…」
平野の姿が頭から離れない。あの時の殺意に侵食された俺のことを思い出した。殺してやる。憎き悪魔を殺してやる。頭の中にはそれだけしかなかった。そんな自分が馬鹿みたいだった。
「あの時の俺はまるで…」
そうあの時の俺は…
「俺は…悪魔だ。」