平野の救出 1
無の空間。ルシファーに憑依された時にいたあの空間。暗く何もない空間。
「ここ…は」
俺は目を覚まし辺りを見回す。やはり何もない。が、かすかにうごめく影があった。
「あれは…俺?」
その影は徐々に形を変え、人型の生物に変わった。大きな羽、一本のツノ。その形状はまるで悪魔のようだった。驚いたのはその悪魔が自分によく似ていたこと。
「オマエ…ハ…」
声までよく似ている。
「お前は…俺なのか?」
「我が名はカガリ…」
嘘だ。違う。俺は悪魔ではない。たまたま名前が同じなだけだ。そう言い聞かせた。
「オマエハ…オレの…ウマレカワ…」
「違うッ!俺は悪魔じゃない!俺は人間だ!」
「…ソノウチ…キヅク…」
そう言うと悪魔は消えた。俺の意識はまた深い闇に落ちた。
ーーーー
「絢斗よ。大丈夫か」
見知らぬ天井。周りは真っ暗で何もない部屋。
「ここ…は。」
「お主の命を助けてくれた者の家じゃ。治療はあやつがやった」
辺りを見回すと銀髪の少女ルシファーの他にもう一人、黒い髪の男が立っていた。腰に剣を携え、ローブのようなものを着ていた。
「目が覚めたか…」
男は口を開いた。年齢は俺と同じくらいに見えるが恐らく悪魔だろう。ずっと年上なのかもしれない。
「お前は…」
「私はこの世界を守る騎士の一人。ルシファー様に仕える者。名はグラウト。」
グラウトと名乗る男は礼儀正しく挨拶をした。流石騎士だ。王様にも見習ってもらいたいものだ。
「平野は…どうなったんだ?」
「ベルフェゴールに連れ去られ、行方をくらませた。手遅れにならない前に探し出さねばならぬ。」
急がなければ。そう思い体を起こそうとする。
「ッ」
腹に激痛が走った。ベルフェゴールに貫かれた傷だ。
「あまり動くな。私の再生能力でも多少の時間は要する。人間のことは任せて、ここは私とルシファー様に任せてほしい」
「で、でも…」
「大丈夫じゃ。心配はするな。この男はこの世界の中でも優秀な騎士じゃ。心配することはない」
しかし平野の無事はこの目で確認したい。一刻も早く。
「街に出てはならんぞ。人間のことで騒ぎになっている。君が出てはより騒ぎになるだろう」
「本当に…ダメなのか。」
「お主が倒れては困るじゃろう。平野を助けたとしてもお主が命を落としたらお主の契約をした理由の意味がなくなるじゃろう」
確かにそうだ。もし俺が死ねば、自分の目的が果たせずに死ぬのは後悔しかないだろう。…それにこのままの俺は無力なのだから。
「分かった…平野をよろしく頼む」
「ああ、任せておけ。」
「でも何故協力してくれるんだ?」
「私も…ルシファー様と同じ気持ちだからだ」
王に仕える身である騎士。王と同じ志を持つのは立場的に当たり前なのだろう。
「頼りにしてるぞ。騎士グラウト」
「ああ。何度も言うがくれぐれも街には出ないように頼む。」
そう言い残しグラウトとルシファーは部屋を出た。暗い部屋に一人。絢斗は取り残された。起き上がれないので仕方はないが退屈だ。
「平野…無事でいてくれ…」
ただそう願うばかりだった。
辺りを見回してみる。やはり何もない部屋だ。ただ暗く…まるで夢の中の無の世界のように。
「ユメデハ….ナイ」
「!?」
何もないはずの部屋。それなのに声が聞こえた。聞き覚えのある声。普段からよく聞くまるで…
「…俺?」
自分の声にそっくりだった。ふと正面を見るとうごめく黒い影があった。その影は徐々に形を変えやがて人型の悪魔へと姿を変えた。顔も自分に似ている。間違いない。夢の中の悪魔だ。
「何故…お前がここに?」
「カラダヲ…ウバイにキタ…」
「…は?」
そう言うと悪魔はこちらに近づき、腹の傷口を探るようこう言った。
「ヤハリ…オマエハ…オレ…」
「ち、違う…」
体が震えている。声も震える。恐怖で体が動かない。悪魔は傷口から流れた血を舐めた。
「オレノ…オレノアジ…コノチハ…ヤハリ…」
悪魔はこちらを見た。その紅い目にまるで吸い込まれるように俺は眠ってしまいそうになった。その瞬間。一筋の光が悪魔を貫いた。
「そこまでよ。彼から離れなさい。」
「ヒカリノ…ミコ…」
悪魔はそう呟くと闇に溶けるかのように姿を消した。
「あ、あの…」
「大丈夫?あの悪魔、貴方に憑依しようとしていたわ。」
「大丈夫…ありがとう」
白いローブに身をまとい、かすかに光を放つ少女が立っていた。
「君は?」
「私の名はステラ。貴方と同じ人間だけど少し違うところもあるわ。」
「違うところ?光の巫女って…」
「そのことは忘れていいわ。貴方に伝えることがあってここに来たの。」
ステラと名乗る少女は言った。光の巫女のことについては触れて欲しくないのか答えてはもらえなかった。ステラは俺の傷口にそっと手を添えるとそこにあったはずの傷が無くなっていた。
「伝える…こと?」
「そう、平野といったかしら。あの子の事についてよ。」
「何故君が平野の事を…」
「平野と契約をしたベルフェゴールだけど彼、私の恋人なの。」
契約。やはりそう言う事だったか。こんな時だと言うのに俺はなんだか安心した。
「って、恋人?」
「そ、恋人。」
「いいのか?恋人がいるのに人間と…その、契約をして」
「良くないからここにいるのよ。ずっと探していた。」
それにしても恋人?この子は人間といった。悪魔と人間が共存することが許されないはずなのに良いのだろうか。人間だけど少し特殊。となにか関連があるのだろうか。
「彼の目的を止めるため私に協力してほしいの。」
「協力…?目的?」
「そう。彼が彼女と契約をしたのは彼女を生け贄に捧げるため。強力な魔力を得るために彼女を生け贄に捧げる。契約の内容は伝えずにごまかしでもしていたのでしょうね。悪魔界に連れて来たのもなんらかの理由をつけたのでしょう。」
「何故平野なんだ」
「それは運が悪かったのでしょう。人間なら誰でもいいのよ。人間は生命力が強いから。」
「…」
それならゴキブリでも良いのではないのだろうか。
「大丈夫。グラウト様とルシファー様にも伝えてある。場所も私が調べたわ。後を追いましょ」
「でも何故俺が協力する必要があるんだ?」
「貴方の力が必要だからよ。」
「俺の力?」
「そのうち気づくよ、時間がないわ、急ぎましょう」
「大丈夫なのか?俺が今街を出れば騒ぎになる」
「大丈夫。認識阻害の能力を使うわ」
なんと便利な能力なのだろう。しかし、それで大丈夫なら構わない。俺はステラと共に二人の後を追う事にした。