春菜様の1日②
「おはようございます春菜様。今日も頑張ろうね。って春菜様!? クマ酷いけど大丈夫?」
秋人くんがやってきた。良かった。泣き後は残っていないようだ。それでも調子が悪そうなことは見破られてしまった。と言ってもこれで見破られないとは思ってなかったけど。
「大丈夫よ。少し昨日夜更かしをしてしまっただけよ。別に今日は体育とかもないし普通に授業を受ける分には問題無いわ」
実際つらい。別に、普段徹夜で学校に行くくらいならきっと大したことはないはずだ。やったことがないからわからないけど。でも、今回は精神的にも参ってしまってるそれがつらい。
「本当に? 今日は休んでもいいんだよ? 僕が原因みたいだし、一日中看病するから今日は寝てても良いんじゃない?」
それは、なんて甘美な誘惑でしょうか。きっと1日中そばで看病してくれるのならば、それはもう幸せな1日でしょう。でも、ここで頷いたらきっと秋人くんは、僕のせいだと気に病んでしまうでしょう。それは嫌ですね。
「僕が原因? 自意識過剰じゃないかしら。断じてあなたが思っているような理由で寝れなかったわけではないから、安心しなさい。それに、寝不足だから学校休みますー。なんてできるわけ無いでしょう」
実際は秋人くんが原因だけど、あなたが思っているような理由ではないことは確かですから嘘ではないですよ。でもここで、僕のせいじゃなくても休みなよ。看病するから。とでも言って貰えるのならば、今日は1日秋人くんにそばで看病してもらいましょう。
「ほんとうに大丈夫? 春菜様が学校行くって言うなら僕は従うけど、ほんとうに無理そうになったら、保健室行こうね。というより、僕が春菜様が辛そうだなと思ったら、無理やりにでも保健室連れて行くからね」
言ってはもらえませんでした。それは少し残念ですが、私が辛そうなら、無理やりにでも行動を起こすと行ってもらえるのは、嬉しいですね。
秋人くんは、まだ私が心配なのか観察するようにこっちを見てくる。嬉しいけど恥ずかしいし泣き後が見えてしまうかもしれないからやめて欲しい。
「なに? そんなに凝視してくると、少し気持ち悪いんだけど」
秋人くんは、私の言葉を聞くと苦笑いを浮かべている。もっと言い方が合ったかもしれない。少しフォローしておきましょう。
「そんなに心配しなくても、大丈夫よ。確かに少し調子は悪いけれども、どうにかなってしまうほど悪いわけではないわ」
ここで、でもありがとう。とでも言っておけばよかったですかね。まあ言える気がしないんですけどね。秋人くんは、少し気合が入ったようだ。多分、辛そうだったら、僕が無理やりにでも休ませないといけないとでも考えてくれているんだろう。
「そろそろ行かないと遅刻してしまうわ。行きましょう」
学校には行くけど、午後は帰ってきて看病してもらっても良いかもしれないわね。
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午前中は、つらかったけれども、特に問題はなかった。それどころか、いつもより私を気にしてくれる秋人くんの視線が嬉しかったくらいだ。
「少し先に飲み物を買ってきますね」
秋人くんは自動販売機に飲み物を買いに行くようだ。といっても階段の隣に自動販売機があるのだから、喫茶店に移動する私たちと合流する形になるのでしょう。
「夏樹大丈夫か?」
冬歌さんと香月さんは夏樹様を起こそうとしている。今日も少し頑張ってみた結果、見事に轟沈したらしい。あれは起こすのに少し時間がかかるでしょう。
「私は紅葉が飲み物を買いに行ったので、先に階段の前で待っていますね」
「ん、そうか。私たちも、夏樹を起こしたらすぐに行く」
秋人くんとあったら、今日はもうつらいから帰ると話しても良いかもしれない。今日の午後は、部屋で1日中看病してもらおう。そう思いながら廊下を進んでいると、皐月さんと話す紅葉を見つけた。そういえばあの場所に皐月さんもいなかったですね。
「紅葉さんはいつも十分に、春菜様を見てる気がしますけど? それこそ私がまだ同士なのではないかと諦められないほどには。それもあって、紅葉さんのことはよく見ているんですよ」
私と秋人くんについて話をしているらしい。同士という意味が少し分からないが、なんとなくよい意味っぽいので良しとしておこう。取り敢えず、後ろから声をかけようとすると。
「前も言いましたけど、確かに春菜様のことは好きです。けれどそれは親愛の情であって、そうですね家族に向けるような愛情ですから。決してLoveではありません」
「あっ……」
知っていました。知っていましたとも。けど、実際に聞くと本当につらい。私が異性としては、全く見られていないことは昨日の夜も考えていた。
だけど、あれから何年もたった。いくら近くに居るからといって、心はみることができない。だから、もしかしたら、嘆いてはいても、心のどこかで、成長した私を少しは異性としてみてくれていないかと、心のどこかで期待していました。でもやっぱり、そんなことはないのが現実。
「……も……み」
声が出ない。秋人くんを呼ぼうとしても、目の前がゆがんで声が出ない。泣いているわけではない。それなのに声が出てくれない。これじゃ駄目だ。このままじゃ、秋人くんに不審がられてしまう。しっかりしなければいけない。
もう秋人くん離れを本当にしなければいけないのかもしれない。昨日は諦めきれないといったが、これ以上進むと私は本当に壊れてしまう。ばらばらになってもう戻れなくなってしまう。それならば、ここで少しずつ秋人くんと距離を取るべきなんでしょう。私が私でいたいのならば。
「何を話しているのですか?」
私ながら上できな声と態度だったと思う。心を押し殺しいつもの様に声をかけられたはずだ。その証拠に秋人くんも特に不審がってはいない。
その後すぐに、冬歌さんと夏樹さんたちがやってきた。よかった。このまま3人で話していたら少し泣いてしまったかもしれない。
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午後の授業は正直覚えていない。倒れていないということはやりきったのでしょう。あそこで、秋人くんを見つけていなかったら、今頃は何も知らずに幸せに看病をされていたのでしょう。だが、遅かれ早かれきっと気付いていた。今知らなかったら、壊れていたかもしれないと思えば、今知ることができてよかったのでしょう。
「では帰りましょうか」
取り敢えずは、帰ろう。帰ってもう寝てしまおう。明日は本当に休んでも良いかもしれない。
「春菜様大丈夫ですか? 肩かしましょうか?」
秋人くんは、私のことを心配してくれているのだろう。だが今は逆効果だ。今秋人くんに優しくされたら、もうダメになってしまう。それにさっき秋人くん離れをしようと決めたのだ。
「廊下とはいえ、今ここで肩をかりたら目立つでしょう。それにあなたに肩を借りるほどひどくはないわ」
嘘だ。正直目の前が定かではないくらいにはひどい状況だ。
いつのまにか車の前についていたらしい。取り敢えずは車に乗りましょう。
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「ありがとうございます。よいしょっと」
私の意識は車に乗った所で限界だったらしい。いつの間にか寝ていたようだ。
『秋人くんの顔?それに温かい』
私はいつの間にか秋人くんに背負われていた。
「起きる気配はないようですね。では行きましょうか」
私は起きていますよ。そう言わなければならないことは、わかっている。でもだめだ。どうしてもそういうことができない。それどころか寝たふりをしてしまう。どんどん私が壊れていってしまいます。
「ねえ春菜様」
秋人くんが話しかけてきた。返事を返さなければなりません。そろそろ起きたと言わなければいけません。でも私はこの暖かさを手放すことができないでいます。そして暖かさと同時に私が壊れていくのも感じます。
「いつもありがとうね。僕は春菜様のおかげでとても助かってるし、とても楽しいよ。でもね、前も言ったけど僕は春菜様と一緒に楽しみたいんだ」
私だって楽しんでいます。私は秋人くんと一緒にいるだけで、何よりも幸せなんです。秋人くんと一緒に居ない時が、楽しくない時で、一緒にいる時が楽しい時なんです。だから今はとっても楽しいんです。もうダメですね。
「だからね、少し頼りないかもしれないけど、なるべく僕を頼ってほしいな。一緒に楽しんで、一緒に悩んでこその、1度きりの輝かしい学園生活だと思うから」
頼っています。秋人くんに頼っています。いえ違いますね。私は秋人くんに依存しているのでしょう。それはいけないことなのでしょう。でももうダメです。やっぱり私は秋人くんが、他の誰かのものになるなんて許せません。秋人くんは私のものですし、私は秋人くんのものなんです。
私は彼の背中の暖かさを知ってしまいました。彼の体温を知ってしまいました。もうさっきまでの離れる気なんて一切ありません。きっと私は壊れてしまったのでしょう。もう少し前の私ではないのでしょう。
執事だからダメ? 異性として意識されてない? そんなの知ったことではありません。もとから私はガンガン攻めていくタイプでした。正直告白は怖くてまだできそうにありません。ですがもうそれ以外で自重する気は一切ありません。何をしてでも手に入れます。今までは秋人くんとの今を思って少し踏み出すことができませんでした。でも今は違います。私は秋人くんとの将来を絶対に手に入れて見せます。
「て、眠っているとはいえなんか恥ずかしいね」
眠っていませんよ起きています。絶対に言いませんけどね。さてまずはどうしましょうか? そうですね、取り敢えずは今できることとして、さらに秋人くんと密着することにしましょうか。その後のことはその時に考えて、今はこの暖かさを体全体で噛み締めましょう。




