後ろの後ろは前
「春奈様、お互い後ろを向いて着替えることにしましょうね」
結局僕たちは、2人で更衣室に入り、着替えることになった。だが貴替えを始めても春奈様が元気を取り戻すことはなかった。
「ごめんなさい。やっぱり、秋人くんをメイドにして学校に通うのは無理があったかもしれないわ」
春奈様は、僕が着替えている背中に向かって語りかけてきた。こんな弱気なのは春奈様らしくない。
「弱気にならないでください。春奈様。確かにメイドとして学校に通うのはどうかなとは思いますが、今日1日だけでも新たな出会いに新たな喜びがありました。春奈様。こんな機会を与えてもらいありがとうございます」
確かにメイドとして、バレないかと心労はたまる。それでも今日1日だけで、こんなにも楽しい気持ちになれた。それを僕が、感謝しないはずがない。いま一度、ありがとうございます。春奈様。
「それでも、1日目で、もう危なかったじゃない。今回は、中の紅茶が少なかったからいいけど、それでも、透けることはあるし、冬歌さんが責任を感じて、皐月さんに気替えを手伝だわせようとしたら、ことわれないかもしれない。」
春奈様は、重く考え過ぎな気がする。体のラインが出たからって、少し怪しまれるかもしれないけど、それでバレることはないでしょうし、皐月さんにしたって、そこまで無理強いしてくることはないはずだ。
「大丈夫ですよ。春奈様。そんなことではバレません」
「でもこれが1日目なのよ? こんなことがいくつもあれば、いつかバレるかもしれないわ」
朝まで強気に見えたのも、僕に心配させないための演技だったのだろうか。見破れなかったのは悔しいな。
確かに昨日、目にくまがあったじゃないか。それなのに本番でいきなり元気になるはずがない。
「春奈様。こんなこと、よくあるはずがありません。それを今日の段階で、起こせたんです。しばらくはありませんよ。それに教室とかじゃなくてよかったじゃないですか」
「それでも……あなたが近くにいない日常なんていやよ。あなたがいなくなるなんて絶対にいや」
春奈様の声は消え入りそうだった。僕だってそうだ。今まで春奈様といつも一緒にいたんだ。たまにはいやになるけど、それでも大事な人なのだから。でもそれ以上に落ち込んでる春奈様を放っておくことはできない。
「僕だって、あなたのいない生活なんて考えられない。あなたと一緒にいたい。でも、そのせいで春奈様が笑えなくなるのはもっといやだ。だから春奈様、笑って僕と学園生活を送りましょう」
春奈様は、でもでもと涙目で、僕を見てくる。そんなにも僕と離れたくないと思ってくれて、僕は嬉しいよ。
「それでも、もしバレちゃって、僕が執事でいられなくなったら、今度は友人として僕と一緒にいてほしいな。まあ表立って仲良くすることはできないですけどね」
春奈様はそのセリフにピクッとなった。
「その、もし執事じゃなくなったら、私と対等に付き合えるってことかしら?」
え、問題そこなの? 本当に一緒にいられるの? とかじゃなくて
「対等は無理じゃないかな? お嬢様とただの一般市民なわけだし。でも今に比べれば対等に近いのかな?」
僕の言葉を聞き春奈様は突然ふふふと笑いだした。そして邪悪な笑みを浮かべて僕を見てくる。……えぇぇ、元気になったと思ったらいきなり邪悪な笑みってどういうこと。
「そうね、こんなことでバレるはずがなかったわ。それにバレたからって家には問題あるかもしれないけど、そんなこととで傾く家でもないし、私にはどうでも良かったわ。というわけで明日からスカートをミニにしなさい」
えぇぇぇぇ。さっきまで、ばれたらどうしようって、落ち込んでたのに、なんで、いきなりバレやすくしようとするの!?
「いやだよ。そんなのすぐにバレちゃうよ。僕はまだ春奈様と学校に通いたいんだから」
春奈様はほほ笑んでくれた。それはいつも僕に向けるバカにした笑みとも外向けの笑みともちがう、とても魅力的な笑みだった。
「そうね、取り敢えずはまだあなたと学校通いたいし、許してあげるわ」
僕たちは生替え中なのも忘れて向かい合いながら笑いあった。彼女の下着は少しフリルがついた紫色で、とても魅力的だった。
「じゃあ生替え再開しようか」
僕は後ろをむこうとしたが、その肩をガシっと掴まれた。誤魔化すことはできないようだ。
「後ろを向いて着替えましょうって言ってたわよね。どうしてこっち向いてるの?」
春菜様だってこっち向いてたじゃないですか。それにあそこで向かないことは僕にはできません。
「痛い、痛いです春奈様。ちょっとした事故です。おゆるしください」
「そういえば、さっき私のこと、ゴリラとも言ってたわね。少し説明してもらおうかしら」
覚えていらっしゃいましたか。これは言い訳できない。これは万事休すと僕が、神に祈っていると救いの女神は現れた。
「おい、少し遅いようだが大丈夫か?」
救いの女神の声に肩をつかむ手をやめた春菜様は僕を睨みながらも返答を返した。
「すいません。少し話をしていまして。すぐでます」
春奈様は後で問い詰めるからと囁くと後ろを向いて既替え始めた。……救いの女神でも僕は救えないらしい。
生替えを終え皆のもとに戻ると改めて、2人に謝られた。それに対し、春菜様もいつものように、大丈夫ですよと答えている。良かった。やっぱりいつもの春菜様が一番だ。
その時喫茶店のドアが開き、皐月さんが帰ってきた。
「遅かったな。どうかしたのか? 」
「いえ教務にこれしかなくて、他にないか探してもらってたのですが結局なくて……」
そういって、彼女が手にしていたのは、体操着の上とブルマだった。
マスターが居なければ今日で学園生活が終わるところだった。危ない。