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はじまりの日

 世界は幸せに満ちている。そう僕は信じて生きてきた。でもこれは、ちょっと幸せには思えないかもしれない……


「君にはわが娘とともにスラブ女学園へ通ってもらいたい」


 スラブ女学院。それは日本に存在する女子校の中でも、有数のお嬢様学校だ。そして僕は男だ。その事実とご当主様の言葉。そして、その隣で外見では一見申し訳無さそうな顔をしている、可憐で清楚な美少女。実際は目の奥で高笑いを浮かべる小悪魔を見てすべてを悟った。


 僕、秋人(あきひと)と彼女、春菜(はるな)様との出会いは幼少期にもさかのぼる。僕はこの家、(くれない)家に使える執事とメイド、2人の子として生を受けた。ご当主様が優しかったこともあり両親が仕事をしている間はこの家で暮らすことを認められ僕はこの家で1歳の誕生日を迎えた。


 そんな両親と僕に触発されたのか、その頃には紅家の奥さまにも新しい命が宿っていた。

 そして、ご当主様にも僕の1つ下として娘が生まれた。それが春菜様だ。僕と春菜様は家に仕えるメイドと執事にとても愛されて育てられた。

 だが幼稚園へ通う年齢にもなれば、幼稚園に預ければいいので、僕はこの家にいる必要がなくなる。それは可哀想だと考えたご当主様はある決断をした。


「そうだ、秋人くんを春菜の遊び相手として雇おう。そしてゆくゆくは春菜の筆頭執事になってくれたら嬉しいな」


 勿論他にやりたいことがあるのならば、何時でもやめてもらっていいとは言われている。だが僕はこの関係を続けている。

 ご当主様には本当に感謝している。ご当主様のおかげで、僕は親と一緒に入にいれた。そして多大なる愛情と幸せの中で育ててもらえた。


 だが問題は彼女、春菜様だった。彼女は小さい頃はヤンチャだった。それはもうヤンチャだった。


「秋人くん! 今日はあの公園に行くわよ!」


どこか行く時は僕の手を引いて走り出し。


「秋人君! 今日は、木登りをしましょう!」


「すみません今日は用事があって……」


「ダメよ! 私の遊び相手が第一なの! どうせ家事の手伝いとかでしょ。私が言っとくわ!」


 何かをやるときは何時も強引に参加させられた。それもあり僕が女の子にまあほんのちょっぴり、ほんの米粒くらい近い容姿をしている事もあって、子供みたいにかわいがってもらっていたメイドや執事たちに男女が逆みたいですねとよくからかわれたものだ。それに怒るどころか、彼女は僕に自分の洋服を持ってきては僕を着せ替え人形にしてい楽しんでいた。


「秋人くんにはやっぱり白のドレスが似合うわね! でも黒もいいかも……」


「もうやめてよ。僕男なんだよ……」


こんな風に、今でも2人ファッションショーが開かれていたことを覚えている。流石に奥さまに止められてやめたが、不満そうな顔をしていたのをよく覚えている。


 そんな彼女も、年を取るに連れ活発な行動は鳴りを潜め、可憐で清楚な少しだけきつい目をした美少女に変化していった……様に見えた。そう様に見えただけだ。いや実際言動も柔らかくなり動きも優雅にはなった……僕以外には。僕と2人きりになった途端にそれは崩れる。言葉遣いはいいものも、僕を面白いおもちゃと間違えているのではないかと、思うような態度で接してくるのだ。今回だってそうだ。彼女のあの目はこう言っている。


「久しぶりにあなたの女装が見たかったのよね」


そこまで考えたところでご当主様から心配の声が上がった


「大丈夫かね? ……いや大丈夫かねでは無いな。いきなりの事だ。こうなってしまうのも、当たり前のことか」


 ご当主様は申し訳なさそうにしている。ああわかっているきっと頼んだのは彼女なのだろう。彼女は昔と違い、今はほとんど親におねだりやお願い事をしなくなった。その娘が久々に頼み込んできたのだ。断ることはできなかったのだろう。


だがそれでも唯一の抵抗として、訴えだけはしていこう。


「僕は男なのでその女子校に入ることはできないと思うのですが……」


「いや、わかってはいるんだ。だが、娘がな……」


 ご当主様がそう隣に向かって視線を向けた。そこにはあたかも寂しいのです。というような顔をした、ご当主様の1人娘の春菜様が目でこう訴えかけていた。


「無駄なあがきをせずに、速く頷きなさい」


その目線に、僕も無理だとは思いつつも、ご当主様にバレないように睨み返しておいた。


「いや、私も説得はしたのだ。だがどうしても一緒に学校に行くなら秋人がいいと聞かなくてな。悪いがメイドとして彼女の付き人として学校に通ってほしい」


「ん? メイドですか?」


「ああそうだ。春菜がスラブ女学院に通うのは知っているな」


「ええはい。ですがメイドと言う話は知りません」


確かにその話は春菜様から何度も聞かされている。だがメイドの話なんて一度もされていない。


「ん? 春菜から聞いていないのか。春菜が通うクラスは、スラブ女学院の中でも上流階級のお嬢様が通うクラスになる。そこは1人につき1人のメイドのお付きを付けても良いという決まりがある。そこで私は、この家のメイドを1人付けようと思ったのだが……」


「私が秋人君が良いと無理を言ってしまったんです……」


 彼女は申し訳無さそうに顔を伏せながら言葉を発した。だが僕は知っている。彼女は申し訳ないから顔を伏せたのではなく、笑ってしまいそうだから顔を伏せたのだと。彼女の伏せた顔は、邪悪な笑みを浮かべているのだろう。彼女がメイドの話をしなかったのはきっとこのためだ。この瞬間の僕を楽しむために話をしなかったのだ。


「だが無理にとは言うことはできない。このようなこと、本当は頼むこともいけないことだとはわかってはいる。だがそれでも娘の頼みを聞いてはくれないか……」


 ご当主様は多分断ったからって僕を恨むことはない。それどころかこんな話をして済まなかったと誤ってさえくれるだろう。だが僕は断ることができない。彼女が久々にご当主様に頼ったように、僕だってご当主様にお願いされたことなど無いのだ。今まで本当に良くしてもらった。僕にかけがえのない日常をくれた。親の愛情を受ける場所をくれた。そんなご当主様の気持ちに応えたい。

 それにこんな春菜様でも、僕は生まれた時からそばにいるんだ。愛着がないわけがない。その気持から僕は返事をしてしまった。


「わかりました。やらせてもらいます」


「ありがとう……これから3年間学校での彼女を頼む」


 そう顔を下げるご当主様に僕は何かを返せたのだろうか。そう思いながらも満足気な気分で事に臨むことができそうだと思った。隣で釣れたという目をしながら感謝を告げる彼女から目をそらして。




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