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氷晶華に纏わるそんな御話

作者: たかこ。

 

 私はゆっくりと目を開けた。

 腕にのせていた頭を持ち上げ、周りを見渡す。

 月の灯りによって外は少しだけ明るい。

 人間共とは違い、私には暗さなど関係のないことではあるが。

 私は、いつも寝床にしている場所ではないことに気付き、また食事を終えそのまま寝てしまったのだと理解した。

 か弱い生物とは無縁な私は、特に周りを気にすることなく気ままに活動をする。

 それでも一応縄張りというものはあるもので、面倒くさいことになる前に寝床へ帰ってもう一度寝直すかと大きく欠伸をした私は、ある一定の場所を見つめる。


 まただ。

 また人間の声がした。


 私の存在は人間共にはさほど知られていないはずではあるが、もしかすると私を倒しにやってきた狩人たちかもしれない。

 けれど、狩人たちにしてはあの下品な笑いも、楽しそうな歌声も聞こえてこない。

 動物たちに聞こえないように小さくしているみたいだが、些細な話し声でさえ、私たちが人間共より優れている聴覚で聞き取れることをあいつらは知らないようだ。

 だが、今日の狩人は同じ言葉を繰り返し叫んでいる。誰かの名を呼んでいるようだ。

 私はだんだん近付いてくる声に、ただじっと佇んでいた。

 暫くすると、がさりと大きく草を掻き分ける音と共に、1人の男が現れた。

 男は大きく目を見開くと、素早く剣を抜き私に構えた。

 だが、男は私に斬りかかって来ず、動向を窺っているようだった。

 男の判断は正しいと評価しておこう。

 私に斬りかかった時点で、男の首と胴体は別々に転がることになっていただろう。

 私は無駄な殺生は好まない主義であるから、男が動きを見せない限り、私も動くことはない。

 襲いかかってこない私に、男は少しだけ殺気をおさめ、私に問いかけた。


「お前は、ファルカスか?いや、だが、こんな真っ白なファルカスは見たことも聞いたこともない。新種か?それに知性も備わっているようだ」


 私に、というより、自分に問いかけた様子の男に、眠気が再び襲ってきた私は興味を失って、踵を返して寝床へと向かった。

 男の気配は、私が寝床へ帰るまで動くことはなかった。


 それが、ガルシアと私の出会いだった。




 日が上り温かな風が吹き出す頃、私はゆっくりと起き上がり、飢えを凌ぐ為に餌を探しに寝床を離れ川辺へと進んだ。

 今は近くに狩れる動物もいない。私は川を泳ぐ魚たちを捕まえ、食を終えた。

 お腹が多少膨らんだところで、やはり眠たくなった私は、うつらうつらとそこへ伏せて目を閉じようとしていた。


「お前、眠ろうとしているのか?」


 折角近付いて来ているのを見逃してやったというのに、わざわざ私に話しかけるとは、こいつは命が惜しくないのだろうか。

 片眼を僅かに上げ男を見上げると、男は不思議そうな顔をしてこちらを覗いていた。

 ……眠ろうとしていると分かっているのなら、眠らせてくれ。

 存外にそう分かるように、私は大きく息を吐き出して目を閉じた。

 男はその私の様子に理解したのか、立ち上がる気配がした。

 私は確認するのも億劫で、そのまま意識を薄れさせていった。

 すると、突然腹の辺りに重みが加わった。

 流石に目を開けそちらを振り向くと、何と男が私の腹を背に凭れかかっているではないか。

 呆れたことに、男は私と一緒に昼寝をすることにしたらしい。

 振り払おうとしたが、思った以上に心地好い温かさに、私としたことが再び目を開けるまで深い眠りについてしまっていたのだった。


「私はガルシアという。お前の名はなんだ?」


 目を開けた私に、男は目を合わせて問いかけた。

 動物相手に真剣に問う目の前の男に、呆れを通り越して可哀想になり、私は話を聞いてやることにした。

 反応のない私に、男は「それならば私がつけよう」と勝手に話を進めた。


「そうだな………真っ白で綺麗なもの………おお、あれがいい。氷の水晶のように綺麗だといわれる氷晶華(フィジサヴィア)。お前はサヴィアと呼ぼう。どうだ?いい名だろう?」


 1人で満足そうに頷いている男に、私は仕方がないので小さく唸り声を出して同意しておいた。





 それから男、ガルシアは、私をサヴィアと呼んだ。


 ガルシアは、日が上れば私に会いに来るようになった。

 何が面白いのか分からないが、男は私を見ると途端に笑顔になり、私を撫でてくる。

 初めは人間に触らせるなどもっての他だと拒んでいたが、しつこく触ろうと躍起になっているガルシアを見るとどうでもよくなった。

 それに、案外撫でられるという行為は気持ちいいと知ってから、むしろ自分から撫でられにいくようになった。

 ガルシアはどうもそれが嬉しいらしく、私がねだると、デレデレとその整っているだろう顔を崩して触ってくる。

 人間の顔の良し悪しはよく分からないが、その瞬間はとても残念な気配を漂わせている気がしてならない。


 今日も今日とて私を撫でていたガルシアが、1つ大きな溜め息を溢した。

 なんだ、と閉じていた目を開けると、ガルシアはいつものデレデレとした顔ではなく、どこか影を落とした憂鬱そうな表情をしていた。

 私がガルシアを見つめているのに気が付くと、ガルシアは「心配してくれてるのか?」と眉を垂らして苦笑いをした。

 心配などしていないが撫で方が雑だと心の中で考えていると、ガルシアは私の腹に凭れ空を仰いだ。


「………私が、何故こんなところに来ているかと言うとな、迷い人を探しているからなんだ」


 確かに初めてここに来たときは誰かの名を呼んでいたような気がするが、それ以降は私を構いに来ただけではないだろうかとじとりとガルシアを睨めつける。

 ガルシアは慌てて、お前との時間の後でちゃんと探していた!と弁明するように付け加えた。

 私は息を吐きながら前を向いて腕に顎をのせる。

 改めるように、ごほん、と咳払いをしたガルシアは再び話を始める。


「その迷い人というのが、私の花嫁となる娘なのだ。だが、私は一度しか会ったことのないような娘と結婚するつもりはない。それなのに、父上は娘を探しだすまで王の座にはつかせないと申すのだ。しかもその娘、確かに綺麗ではあったが、無表情で何を考えているか分からない上に、奇妙な術を使うという話だった。………ああ、確かその娘も、氷晶華(フィジサヴィア)と呼ばれていたな。だが、サヴィアとあの娘は似ても似つかないな。サヴィアはこんなにも温かい」


 そう言って、私の腹に顔を埋めるガルシアに構わず、私は立ち上がった。

 後ろで「ぬおっ」と変な声が聞こえたが、気にせず振り向いた。

 尻餅をつく格好をしているガルシアに、ふんっと鼻息を吐き出した私は、辺りの材料に魔力を這わせた。

 魔力を行き渡した感覚を掴み、私はそれらを持ち上げた。

 辺り一体の砂が、キラキラと輝きながら宙を漂う。

 目を白黒させるガルシアに心の中で笑いながら、私はそれらを更に空へと舞わせた。

 楕円を描いてくるくると回るそれらに、ガルシアは目を離せないようだった。

 私は螺旋を描くようにそれらをガルシアの目の前へと集結させ、少しずつ形取らせる。

 最後の一粒をもその中へ入り込むと、ガルシアはそれを手に取った。


「これは、氷晶華(フィジサヴィア)……?」


 私は砂を氷に纏わせて操ることができる。

 私が私であると認識してから使えるのだから、そういう種族なのだろう。

 私自身が強いが為に余り使うことのない術だが、偶には使うのも悪くないだろう。

 私が鼻を鳴らして立ち去ろうとすると、腹に衝撃が伝わった。

 それにもう1つ溜め息を吐き、私はそこに腰を下ろした。


「サヴィアは、本当に優しいな」


 こいつの馬鹿そうな表情を見てないと、調子が狂うからな。

 伝わらないとは分かりながらも、私は心の中で呟いた。





 ガルシアが来る前に食事を終えてしまおうと、近くにいる草食動物を狙い気配を消して近付く。

 何故かあいつには、獣の本能のようなところは見せなくないと思う。

 目の前の獲物の首を噛みきり、楽に死なせてやる。

 初めは抵抗のあったこの行為も、今では慣れたものだ。

 息絶えたところで新鮮な肉に歯を突き立てると、大きな発砲音と共に近くの木に小さな穴があく。

 私はそれを横目で見ながら獲物を飲み込む。

 続けて、更に私の近くに弾が走る。

 近くの物影から怯えた様子の狩人が出てきた。


「ひっ、こ、この野蛮な狼め!お前なんか殺してやる!」


 面倒くさいのが来たな。

 私は現れた狩人の首に噛み付こうと飛びかかった。

 だが、私の歯が捕らえたのは、狩人の首ではなかった。


「っ、早く、逃げろ!」


 ガルシアがそう言うと、狩人はガルシアを振り返ることなく逃げていった。

 私はゆっくりとガルシアの腕から自らの歯を抜き、鼻を鳴らした。

 勝手に出てきたお前のせいだからな。私のせいではない。

 態度でそう言ったつもりだったが、ガルシアは痛そうに顔を歪めながらも私の頭を撫でた。


「そんなに、罪悪感を、感じることは、ない。サヴィアが、人を殺すのを、見たくなった、私が勝手にした、ことだ。サヴィアは、悪くない」


 当たり前だ。ガルシアが勝手にしたことだ。私は悪くない。

 分かっている。

 ならば、どうして私はこんなにも、胸が張り裂けそうなんだ。

 私はガルシアの腕に氷を纏わせ、これ以上血が出ないように蓋をした。

 獣である自分には、治すことは出来ない。せめて、これくらいならば。


「サヴィアは、本当に、優しい」


 じっと腕を見つめる私にガルシアはそう言って頭を撫で続けた。

 優しくなんて、ないだろう。

 お前を、こんなにした野蛮な獣に、優しいなんて、馬鹿げてる。

 だから、こんな怪我をするんだ。

 ガルシアは、本当に、馬鹿だ。


 どうして私は、獣なのだろう。

 どうして、ガルシアと同じ、人間ではないのだろう。

 私の呟きは、小さな唸り声にしかならなかった。






 それから暫く、ガルシアは現れなかった。

 それはそうだ。

 あんな怪我を負わせた獣に近寄りたいなどとは思わないだろう。

 私はまた寝床でのんびりと過ごす日々に戻った。

 ガルシアが現れる前は、好きなときに食べて好きなときに寝て好きなときに動いていた。

 それが、ここ最近は日が上れば食事を済ませるようにし、日が高くなれば決まった場所で待ちぼうけ。ガルシアのつまらない話を聞き昼寝をし、日が沈み出せば寝床へ戻る。

 なんて窮屈な生活をしていたのか。

 私はやっと羽を伸ばせると、大きく欠伸をし、何も考えず歩きだした。

 はっと気が付くと、そこはいつもガルシアと会っていた、暗黙の了解のように決まった場所だった。

 私は辺りに魔力を這わせ、目の前に固体を作った。

 ぽとりと落ちたそれは、いつか私がガルシアに贈った氷晶華(フィジサヴィア)だ。

 私はそれを掴もうとし、ぐしゃりと潰してしまった。

 獣の手では、自分の作った物でさえ掴むことも出来ない。

 あの、ガルシアのようにすらりと長い指が欲しい。

 そうしたら、私はガルシアを抱き締めることが出来るのに。

 獣の手では、ガルシアを傷付けることしか出来ないのだから。


 獣の私では、こんなに想っても、涙を流すことすら、出来ないのだから。






 温かい風に、少しだけ冷たいものが混じり始めた頃、ガルシアは突然戻ってきた。

 固まる私に、ガルシアはふわりと抱き締めて再会を喜んだ。

 けれど、すぐに離れると、「すまない」と頭を下げた。


「実は、あの狩人が、サヴィアにこの腕をやられたことを国に伝えてしまったんだ。戻った時にはすでに広まっていて、取り返しがつかないことになっていた。私の怪我が治るまでは討伐隊を鎮まらせていたんだが、もう私の力では抑えきれなくなった。だから、早く逃げるんだ、サヴィア」


 私が心配するなと頬を擦り寄せると、ガルシアは私を抱き締める手を強くして、私の首に顔を埋めた。


「サヴィアが、人間だったらよかったのに……!」


 その言葉に、私は静かに目を閉じた。



 ガルシアが帰った後、私は森の奥深く、魔女の森と呼ばれる場所へ来ていた。

 名前の通り、魔女が住まうこの森には、人間であれば魔力の強い者しか辿り着けないと言われる道がある。

 その道を進み、私は魔女の館へ足を踏み入れた。


『魔女よ、いるのだろう、出てきてくれないか』

「なあに?あたしを呼ぶのは、あんたねえ?真っ白い狼さん」


 私が呼び掛けると、魔女は足から徐々に姿を現した。

 宙に浮く魔女に(こうべ)を垂れると、私は願いを告げた。


『どうか、魔女よ。私の願いを聞いてはくれないか』

「んー、願いによるわねえ。言ってみなさあい」

『私を、人間にしてくれないだろうか』

「人間?どうしたの、人間に関わりたくないって言っていたあんたが人間になりたいだなんてえ?……あら?ちょっーと顔上げてみなさあい」


 私が魔女に顔を向けると、魔女はにんまりと笑った。


「あらあ?あんた、人間に恋しちゃったのねえ?んもう、仕方がないんだからあ。いいわよお、人間にしてあげる!」

『ありがとう』

「けど!対価はちゃーんと貰うわよ?そうねえ、人間になった時の声を頂こうかしらあ?」

『……ああ、分かった。問題ない』

「はあい!じゃあ、交渉成立ね?ちょっーと痛いかもしれないけど、我慢してねえ?」


 魔女はそう言うと、えいっと私に何かを振りかけた。

 その瞬間、身体中を引き裂くような痛みが走り、耐えきれなくなった私は地面に倒れた。

 暫くその痛みに悶えていると、ふっといきなり痛みがなくなった。

 立ち上がろうとしたが、掌が上手く地面に着かない。

 そこを見ると、私の手にあのガルシアのような長い指がついているのが見えた。

 そこから腕、胴、足を、全身を見ていくと、全てがあの焦がれた人間の姿になっている。

 私は喜びに叫びそうになったが、声が出ないことに気が付いた。

 喉を抑えると、魔女は心底可笑しそうに笑った。


「あはははっ、面白おい!あんた、これで晴れて人間よーう!早く愛しの彼の元へ行きなさあい!」


 私は魔女の言葉に、急いでガルシアの元へと向かった。

 後ろで小さく呟く言葉に、気付きもしないで。


「ああ、面白おい。誰が、ずうっと人間の姿にするなんて、言ったかしらあ?」



 走る私は、自分の身体の違和感に気付き始めていた。

 やけに鼓動が早い。けれど、人間になった副作用のようなものかとその時はそう考えていた。

 けれど、それが間違いであったと、ガルシアの姿を見つけてようやく分かった。


「サヴィア!どうしてお前……!」


 凄い!どうしてすぐに分かったんだ!と驚いていた私は、自分の腕を見て目の前が真っ暗になった。

 何故、獣の姿に戻っているんだ………!

 あの性悪魔女め、騙したな!

 私が気付いた時にはもう遅い。

 ガルシアの後ろには、沢山の討伐隊が列を揃えて並んでいた。

 ガルシアの隣にいる男が、私に向けて腕を降り下ろした。


「攻撃、開始!」


 その瞬間、数えきれない程の矢が飛んでくる。

 いつか見た狩人が、これで私を殺そうとしたことがある。

 あの時は、少ない数で避けることも出来たが、これは魔力を使わないと対処しきれないと考えた私は、氷の壁を造る。

 それを見た討伐隊が驚いた様子を見せる。


 今度は、私の番だ。


 私が辺り一面の砂を限界までかき集め、先程のような沢山の矢を造る。

 その様子を怯えるより見惚れるようにして見つめるやつらに、矢を放つ。


「やめろ!」


 あと少しで一番偉そうなやつを貫くことが出来るというところで、私はピタリと矢を止めた。

 その目の前には、ガルシアがいたからだ。


「サヴィア、やめてくれ、こんなでも、私の父上なんだ。なあ、サヴィア、頼むから、この場から逃げてくれないか……?」


 泣きそうなガルシアに、私は戸惑った。

 ああ、そうか、ガルシアは、こいつらも、私も殺したくなくて、苦しんでいるんだ。

 私は魔力を使うのをやめ、ボロボロと矢が崩れていく。

 ガルシアのホッとした表情に、私は気を抜いていた。

 バン!という発砲音が聞こえたと思ったら、私の身体から力が抜けた。

 驚いた顔のガルシアが斜めに向いていって、ついには横になった。

 身体の右側に走る衝撃に、私が倒れたのだと理解した。


「は、はは。やってやった。俺が狼を倒したんだ!やったぞ!はは、ははは!」

「サヴィア!」


 あの声は、あの時逃がした狩人か?

 ああ、やっぱり殺しておけばよかったかもしれない。

 顔を歪ませたガルシアをボヤけた視界で捉えながらそう思った。


「ああ、ああ、すまない、サヴィア。私はいつも間違えてばかりだ。すまない、サヴィア。ああ、サヴィア、死なないでくれ!」


 可笑しいな、私はこんなに柔じゃなかったはずなんだがな。

 変な術をかけられて、体力が落ちたのかもしれない。

 仕方ない。これも私の運命なんだろう。

 私は、泣きながら私にすがるガルシアを見ながら、残り少ない魔力を使い、砂を集める。

 ガルシアは、目の前の氷になっていくそれらを眺めていた。


 どうか、最後にあの優しい笑顔を見せてくれ。


 ガルシアは、宙に浮く氷晶華(フィジサヴィア)を見て、私の思惑とは反対に、更にくしゃりと表情を歪めてしまった。

 けれど、そんな顔も愛しいと私が目を細めると、ガルシアは私に顔を近付けた。


「…サヴィア、愛しているよ」


 口元にガルシアの唇が当たった瞬間、私は再び引き裂かれるような痛みを感じた。

 苦しむ私に戸惑うガルシアは、次第に目を見開いていった。


「お、まえ、まさか……」


 痛みが消えた時、上からあの甲高い笑い声が聞こえた。


「あっははは!うっそお!自力で人間に戻っちゃったあ!皇子様のキスで人間に戻るなんて、何て素敵な御話かしらあ!ガルシア皇子のお妃様候補の氷晶華(フィジサヴィア)が望んで狼になったのに、狼になったら今度は人間にしてくれって、おっかしいよねえ?あんまり我が儘なもんだから、つい意地悪しちゃったあ!ごめえんね?でも、結局皇子様とくっついちゃったみたいだし、雨降って地固まるってやつう?よかったねえ!それと、自力でちゃんと人間に戻ったから、対価は戻してあげる!それじゃ、あたしはお役御免ってことで、じゃあねえ?」


 頭から徐々に消えていく魔女に、言い知れぬ不満が沸き上がってくるのは何故なのだろう。

 何故か傷が塞がっている身体を見つめて、ガルシアを見た。

 ガルシアは未だ固まったままで、私を凝視している。

 私は、固まったガルシアに静かに姿勢を正すと、頭を下げた。






「本当に、すみませんでした」

「ああ、もういい」


 完全に人間に戻った時、私は人間だった時の記憶を取り戻した。

 表情が豊かでない私は、綺麗だが冷たい氷のような人間だと、更には氷の術を使うなんて、まるで氷晶華(フィジサヴィア)だと囁かれる日々に辟易していた。

 更には、一度しか会ったことのないような男との婚約をしなければならないという事実に、私の中で何かがキレた。

 そんな私は、このまま何も考えずに気ままに生きていきたいと、魔女に願った。

 人間の時の記憶を対価に狼になった私は、本物の獣のように森で過ごしていた、という訳だったのだ。


 隣に立つガルシアに、私は謝る。

 ガルシアは1つ溜め息を吐いて、肩を竦めた。


「まあ、君が獣にならなかったら、私たちはずっと気持ちがすれ違ったまま結婚していたかもしれないからな。それには感謝する」

「でも、迷惑をかけてしまいました……」

「……サヴィア、いや、私の氷晶華(フィジサヴィア)。どうか、この素晴らしい私たちの結婚式、笑って披露してくれないか?」

「……ええ、そうですね。皆さんに披露しなければ。私たちは、今とても幸せです、と」



 ある国で行われた結婚式。

 花嫁が両手を広げると、キラキラと輝く結晶が、辺りを綺羅びやかに彩らせたという。

 その花嫁の飾りには、それはそれは綺麗な氷晶華が着けてあったそうだ。

 それから、その国では結婚式をすると必ず、花嫁の飾りには氷晶華が添えられる。

 自分たちの国の王と妃のように、仲睦まじく過ごせるようにと願って。





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― 新着の感想 ―
[一言] 独特の雰囲気を出しつつ、しっかりとした軸のあるストーリー読んでいて引き込まれました。ほっとした気分にさせて頂きました。
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